一休み 竹中半兵衛
俺の名は岩原新之助。
この挨拶を忘れないように頑張る男だ。
さて、さっそくだが、竹中重治なる人物をご存じだろうか?
重治よりも、通称の半兵衛のほうが有名かな。
竹中半兵衛。
美濃の斎藤家に仕えていた竹中家の若き当主である。
斎藤家は上総介殿によって滅ぼされたので、現在は竹中家は織田家に仕えている。
この半兵衛殿、やたらと未来人から評判が高い。
なんでも、未来の天下人たる木下殿の若かりし頃を支えた希代の名軍師。
そのうえで病弱で美形ときたもんだ。
女の子がキャーキャー言うね。
男の子だってキャーキャー言う。
俺だってキャーキャー言うさ。
うん、間違いない。
ところで話は変わるのだが……
いま、俺の目の前でプロテインを片手にササミを食べている長身の筋肉が、その半兵衛殿で間違いないのかな?
噂と違い過ぎるのだが?
その質問に一縷の望みを託したが、俺の横にいた木下殿は無情にも間違いないと肯定した。
……
木下殿。
なぜ、こうなるまで放っておいたので?
「知り合ったときには、すでにこうなっておった」
いつごろ、お知り合いに?
「プレハブ工法で墨俣城を作ったあとぐらい」
斎藤家が健在だったころから、ああだったと?
「たぶん。
本人に聞いたほうが早いと思うが」
そうなんだろうなぁ。
だけど、彼に声をかける勇気がない。
なぜなら、彼はブーメランパンツ一丁。
ときどき、奇声を発しながらポージングをとっている。
フロントダブルバイセップスからサイドチェスト、バックラットスプレッド、アブドミナルアンドサイ、モストマスキュラー……
『ダ●ベル何キロ持てる?』の漫画やアニメを見て覚えた単語が次から次に出てくる俺も俺だが、ビシッとポーズを決めている半兵衛殿には声をかけにくい。
あと、変に知識があるとバレると、仲間に引きずり込まれそうな怖さがある。
俺にできるのは木下殿と一緒に、筋肉を褒めるぐらいだ。
「きれてる、きれてるよー!
肩に小っさい重機、乗せてるのかーい!」
褒めないと、筋肉がまだまだなのかと思ってパンプアップを始めるから。
あ、木下殿、香を忍び持つなんて雅!
さすが未来の天下人!
こっちにも貸して。
うん、ちょっと汗の匂いがね。
噂の半兵衛殿が木下殿のところに与力としていると上総介殿に聞いて、会ってみたいと言ったのが悪かったのだろうか。
上総介殿が木下殿に話を通してくれて、『和食さ●』の個室で会うことになったのだが……
参加者が俺、木下殿、半兵衛殿、半兵衛殿の弟である久作殿の四人。
気兼ねなく話せると思ったのだが、気兼ねなく筋肉を見せつけられるだけだった。
ちなみにだが、久作殿も兄の半兵衛殿と同じように筋肉だ。
もちろん、ブーメランパンツ一丁だ。
「失礼。
つい、弟との筋肉談義が盛り上がってしまい」
「ははは。
申し訳ないです」
ある程度のポージングで発散できたのか、半兵衛殿、久作殿の二人が落ち着いた。
よかった。
ずっとあのままだったら、どうしようと思った。
ほんとうによかった。
そして、汗を拭いて消臭剤を撒く気配りもできるんだ。
……
服は……着ないのかな?
筋肉を隠すなんてとんでもないことか。
そっかー。
そうなんだー。
えーっと、気を取り直して……
まずは注文を。
さ●しゃぶでいいですかね?
食べ放題ですし。
出汁の味は適当に選びますね。
あと、食材は……
半兵衛殿、久作殿は食べそうなので、一気に頼んじゃいましょうか。
わかってます。
バランス良くですよね。
木下殿、そんなにサイドメニューを頼んでもテーブルに乗らないから。
食べ放題で元を取りたい気持ちはわかるけど、楽しむことを忘れてはいけないと思う。
料理は……これでよし。
あと、ドリンクバーもつけて……
あ、さ●バル(お酒のドリンクバー)にします?
「さ●バルは嬉しいけど、飲みすぎちゃうから」
「うんうん。
自分で作るのが楽しくて、ついつい飲んでしまう」
「元を取ろうと飲んでしまう……」
半兵衛殿、久作殿、木下殿の意見。
じゃあ、普通のドリンクバーにしますね。
はい、注文完了。
全員でドリンクを汲みに行き、戻って来るとテーブルにはさ●しゃぶの準備がされていた。
まあ、食べ始めるにはまだ少しかかる。
なので……
まずは、乾杯!
「「「乾杯!」」」
でもって、自己紹介でもしますか。
お互いのことをあまり知りませんし。
まずは俺から……
「そんなそんな。
有名な岩原殿のことは、よく知っております。
自己紹介など、恐れ多い」
有名?
俺ってそんなに有名かな?
「殿に遠慮なくつっこめるお方と、家臣一同で称賛されております」
いやいや、俺ぐらいのつっこみなら、いくらでもいると思うぞ。
木下殿だって、つっこめるし。
俺がそう言って横をみると、木下殿は無理無理と首を横に振っていた。
そんなものだろうか。
まあ、自己紹介はいいとして……
それじゃあ、半兵衛殿の話などを聞かせてもらえると。
「わかりました。
私の話ですね。
となると……
まずはこの筋肉が気になりますよね」
正直に、うん。
「私がなぜ、こうまで筋肉を愛するようになったか。
それは筋肉だからです」
ん?
「筋肉は素晴らしい!
筋肉は全ての悩みを解決する!
筋肉はあらゆる敵を粉砕する!
筋肉さえあれば、人は人として生きていけるのです!」
えーっと、落ち着いて。
ポージングがまた復活しているから。
あと、久作殿。
筋肉筋肉と半兵衛殿にコールを送るのは止めて。
「すみません。
筋肉のことになると、つい。
ですが、私は筋肉に助けられたのです」
ほう。
「実は私が若いころに父が亡くなり、竹中家を継ぐことになったのですが……
そのときの私はいわゆるヒョロガリ。
誇れる武功もなく、周囲からは頼りないと冷たい視線を向けられていました」
竹中家は斎藤家で冷遇されていたのか?
「先代様のころは、そうでもなかったのですがね。
まあ、あれです。
虐めの対象にされていたというやつで」
むう。
どこの家中でも、そういった問題とは無縁になれないものか。
「私の意見は通らず、なにをやっても認められず……正直、あのころの私は腐ってました。
出家すら考えたぐらいです」
追い込まれていたのですね。
「はい。
ですが、私は運命の出会いをしました」
運命の出会い?
「はい。
尾張からやってきたお坊様と出会ったのです」
へ、へー。
「そして教えてもらいました。
なぜ私の意見が通らないのか。
私のやることが認められないのか。
相手が悪いのではなく、私に足りなかったのです」
……
「そう筋肉が!」
たぶん、そのお坊様。
未来人の変装だ。
「そして、私はお坊様から筋肉を育てる方法を学び、実践してきました」
なんてことを教えるんだ。
「私に筋肉がつくたびに私の意見は通りやすくなり、私のやることも認められていくようにもなりました。
もちろん、虐め問題も解決。
筋肉で分かり合いました」
斎藤家、筋肉にビビッて意見を通しただけじゃないよね?
虐めてた人、筋肉で脅されたわけじゃないよね?
抱きしめただけ?
筋肉に包まれれば、全て解決?
あー、ま、まあ、虐めてたわけだから、それぐらいはされても仕方がないのかな?
「筋肉を愛する仲間も増え、全てが順調!
だったのですが……」
だったのですが?
「大きな失敗をしまして」
失敗?
筋肉で?
「はい。
弟を含めた仲間たちとの筋肉訓練に夢中になり、ついつい大量の汗を流してしまいました」
汗……まさか。
「汗の匂いがすごいことになり、稲葉山城をしばらく使えなくしてしまったのです」
稲葉山城。
現在の岐阜城である。
「消臭に半年かかりました。
あれはいけなかった。
筋肉が周囲に迷惑をかけるなど。
恥ずかしい。
反省を示すため、消臭後に私は斎藤家を辞し、家督を弟に譲り、隠居しました」
隠居してこれ幸いにと、筋肉のトレーニングに集中していたんだろうな。
きっと。
「しかし、隠居しても汗の匂い問題は解決しません。
汗のことを考えると、筋肉訓練にも集中できず、困っておりました」
ん?
そうなの?
隠居したんだから、迷惑のかからない場所で筋肉のトレーニングをすればいいのでは?
「そうしたいのですが、妻がいますので」
ああ、なるほど。
さすがに奥さんを放って筋トレ三昧ってわけにもいかないのか。
「無職ですしね」
ははは。
笑えない。
俺も少し前まで無職……主はいたけど、ほぼ無給というか主の生活を助けるためにこっちがお金を出している感じだったからなぁ。
「そんな私のところにやってきたのが木下殿です!」
木下殿は、未来人の作った消臭剤を持って行ったそうだ。
半兵衛殿が汗の匂いに悩んでいると知って。
さすが未来の天下人!
人たらし!
「いえいえ、拙者は殿に言われて織田家に誘いに行っただけですから」
木下殿が照れている。
「それでもです。
あれは嬉しかった。
貴方のために頑張ろう。
そう思いました」
「ははは」
「だから私は、織田家に仕える条件として木下殿の与力になることを望んだのです」
おおっ。
出世を考えるなら、殿の直臣になるのが一番のはずなのに!
「出世は必要ありません。
恩を返す。
それだけです。
それに……ふふっ。
岩原殿も、出世を考えるなら殿に仕えるのが一番ですが、そうはしていないでしょ?」
ま、まあね。
貧乏なときを共にした主だから、そう簡単には変えられない。
おっと、鍋がいい具合ですね。
食べましょうか。
「そうですね。
いただきましょう」
あー……
半兵衛殿。
「なんでしょう?」
あまりこういったことは言いたくないのですが、言わずにはおれません。
一つ、いいですか?
「はい、遠慮なくどうぞ」
飲食店に、飲み物と食べ物を持ち込むのは、いかがなものかと。
「ははははは。
ご安心を。
事前に店主に許可をもらっております。
ほら、口約束だけでは信じてもらえないでしょうから、ちゃんと紙に書いてもらいました」
そう言って出された『和食さ●』の店長からの許可状を見る俺に、木下殿が小さい声で教えてくれた。
「筋肉ですが、頭脳は噂通りの知恵者です。
手抜かりはありません。
また、軍略、築城に関しては織田家の重臣たちを凌ぐと拙者はみております。
筋肉ですが」
へ、へー。
まだ若いので、どうしても経験の不足が目立つが、それもこれから解消されるだろうとのこと。
ただ、周囲に軍略を語っている最中に、気分転換と称して筋トレをするのが困りものだそうだ。
敵が多数でも、筋肉がなんとかすると主張するのも。
あと、食べ物にプロテインを投入することも……って、鍋にプロテインを入れるんじゃない!
プロテインを入れたければ、個別の取り皿内でやるように!
ササミも……ササミは悪くない!
鍋に入れてもよし!
美味しくいただいた。
信長 「稲葉山を一日で乗っ取った男がいる? 優秀だな。当家に誘え!」
藤吉郎「承知しました。とりあえず下調べをして……汗の匂いを気にしていると。ふむふむ」
藤吉郎「連れてきました!」
信長 「よくやった! ……筋肉?」
藤吉郎「はい、筋肉です。ちゃんと面倒をみてくださいね」
信長 「えーっと……」
半兵衛「私、木下殿の与力になりたいです」
信長 「おかのした! 藤吉郎に預ける!」
藤吉郎「ええっ!」
久作 「兄は鍛えすぎて、一時は言語がおかしくなっていましてね」
半兵衛「こらこら、その話は恥ずかしいからするなと言っただろう」
久作 「脳に筋肉をつけるのは駄目だと、あれで判明しました」
岩原 「脳って筋肉つくんだ」
半兵衛「尊敬する人は、アー●ルド・シュ●ルツェネッガーです」
筋肉キャラを書いたことがなかったので、書いてみた。
まだまだ甘いと反省。
もっと、こう、筋肉に対する狂信を出さないといけないなぁ。