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祝って逃げる


 朝廷により、覚慶かくけいが将軍に任じられた。


 将軍宣下である。


 これにより、十五代征夷(せいい)大将軍の誕生である。


 以上、目的達成!


 さあ、尾張に帰るぞ。


 となったらよかったのだけど、そうもいかない。


 将軍になったことを周知する儀式イベントで、のうを観る会が開かれる。


 新将軍の顔見せと、将軍になることに協力してくれた者へのお礼も込みだ。


 各地の大名に声をかけられる。


 まあ、だいたいの大名は名代みょうだいを送ってお茶をにごすが、京に近い場所に領地を持つ者は断りにくい。


 京にいる上総介殿は堂々と断ったが。


 さすが上総介殿。


 まあ、幕臣たちの必死の説得で、参加することになったけど。


 さすがに俺は不参加。


 参加したいと思っても参加できない。


 気楽な立場でよかった。


 俺のあるじは参加。


 今は上総介殿の部下だけど、その前は覚慶のために働いていたからね。


 現在も上総介殿との連絡役として頑張っているし。


 ああ、そうそう。


 新将軍の名は、足利あしかが義昭よしあきが正式な名になった。


 覚慶、義秋よしあきの名での借金が多く、義昭の名での借金が一番少なかったからだ。


 その義昭の名での借金も、上総介殿が立て替えて綺麗にした。


「どうしてワシが、あいつの借金を肩代わりせねばならんのだ!」


 上総介殿は嫌がったが、新しい将軍の身は綺麗であってほしい朝廷からのお願いでは仕方がない。


 新将軍の義昭もさすがに悪いと思ったらしく、さかいから矢銭やせんを集める許可を上総介殿に渡した。


 堺は摂津せっつ河内かわち和泉いずみさかいにある、商業都市。


 そこからの矢銭となると、高額を期待できる。


 ありがたい。


 だが、堺は将軍のものじゃないぞ。


 現在の幕府では堺から矢銭を集められないから、上総介殿にパスしただけじゃないかな?


 そう考えると、幕府としては痛くない褒美ほうびで上総介殿をねぎらったわけだから、感心する。




 能を観る会でトラブルがあった。


 アニメやドラマを観ている上総介殿にとって、能は刺激が弱く、長かった。


 能が悪いわけじゃない。


 能を観るには、それなりの知識というかルールを知っている必要があるだけだ。


 いや、知らなくても楽しめる演目もあるけど、伝統と格式に乗っ取った新将軍の顔見せでは、小難しい……いや、なんと言えばいいのか……うーん。


「退屈だったのだ」


 そういうことなのだろう。


 上総介殿は寝てしまった。


 これは大問題……


 ではない。


 新将軍の義昭や、招待客の大半が寝てしまっていたのだから。


「いや、さすがにワシもいかんと思い、ときどきは目を覚ましていたのだぞ」


 結果、披露された能は十三番であったが、上総介殿が覚えているのは五番だけだそうだ。


 今度、能をやってくれたに、菓子折りを持って謝りに行きましょう。


「うむ」


 これはこれで問題だが、次の問題に比べれば軽い。


 次の問題は能を観たあとに行われた宴会で発生した。


 なんでも、新将軍の義昭が酔った勢いで、上総介殿につづみを打てと無茶振りをしたらしい。


 上総介殿が鼓をたしなんでいるのはそれなりに有名だし、趣味の欄があれば「鼓」と書くぐらいの腕前ではある。


 しかし、練習もなしに他人の前で披露できるほどではない。


 また、直前まで能で見事な鼓を聞いていたのだから、状況も悪い。


 上総介殿は断った。


 新将軍の頼みを断るなんてと場がこおりついた。


 さすがにまずかったかと、上総介殿はとっさにフォローした。


「鼓は苦手ゆえ、ご寛恕かんじょください。

 代わりに一曲、声で披露しましょう」


 歌ったのだ。


「歌ったのがそんなに駄目だったか?」


 いえ、歌はかまいません。


 上総介殿は歌も上手い。


 カラオケで何回か聞いている。


 プロ並みだ。


 しかも、アカペラではなく、宴会の場に控えていた上総介殿の部下が各々の楽器で伴奏ばんそうしてくれたわけですから歌が悪いわけじゃない。


 ただ、曲がよくなかった。


 上総介殿は『中●みゆき』の曲を熱唱したそうだ。


「『中●みゆき』のなにが悪いんだ!」


『中●みゆき』は悪くないですよ。


 日本の誇る、すごいシンガーソングライターです。


 ええ、『中●みゆき』は悪くない。


 よくもあんなに名曲ばっかり出せるなと感心するぐらいだ。


 ただ、新しい将軍を祝う席で歌うには、ちょっと……な曲が多い。


 ぶっちゃけ悲恋とか悲哀とか、そっち方面の曲が多い。


 いや、明るい曲もある!


 ドラマの主題歌とかになったやつは、『中●みゆき』の色が弱かったりする!


 曲さえ選べば問題はなかったはずだ。


 なのに、場の空気より、自分の好きな歌を選びましたよね?


「好きをゆがめるのはよくないと思わないか?

 ワシ、八十年代、九十年代の曲が好きだから」


 そうかもしれませんがね。


 だからって、五曲も歌う必要はなかったのでは?


「それに関しては……刺激が足りなくて、つい。

 反省している」


 そのまま宴会がカラオケ大会になったのは流すとして、新将軍の義昭が歌っているのを邪魔したそうじゃないですか!


「だってアイツ、『あ●みょん』を歌うから……」


 誰が!


 なにを!


 歌っても!


 いいじゃないですか!


「ううっ」


 これはさすがに上総介殿が悪い!


 10対0で上総介殿が悪い!


 酒の席だったとはいえ、カラオケで人の歌を邪魔するなど言語道断!


 謝りに行きますよ!


「ま、待て。

 一応、ワシも悪かったと思ったから、その場で謝ったし、一緒にデュエットして和解したから」


 だとしてもです。


「蒸し返すことにならんか?」


 その可能性はありますが、しっかりと謝って清算しておかないと、後々に面倒になりますよ。


「なるか?」


 義昭の性格から、都合が悪くなったときにこの出来事を思い出して盾にしてきます。


 何度も。


「むう……ありえそうだな。

 わかった。

 謝罪に行こう」


 よろしくお願いします。


 手土産は……


「ポテチでいいだろ。

 テレビゲームをやったときに食べて、やたらと気に入っておったし」


 では、段ボールひと箱分ぐらい渡しましょうか。


 健康を考え、野菜ジュースもセットで。


「惜しい気もするが……」


 反省していると形で表すのですから。


 それに、悪いことばかりじゃありませんよ。


「なにかあるのか?」


 ほら、副将軍に任じられるかもって言ってたじゃないですか。


「不本意ながらな」


 今回の件でおのれの未熟を知ったと副将軍就任を断り、そのまま尾張に帰りましょう。


「おおおっ!

 お主……天才か!」


 褒めすぎですよ。


 俺も尾張に戻って、吉●家とかに行きたいだけですから。




 こうして織田家は、電撃的に京から尾張に戻ることになった。


「正確には美濃だがな」


 政治拠点を美濃に移しましたからね。


 まあ、どっちでも同じですよ。


 吉●家があれば。


 あと、カラオケ行きましょう。


 話を聞いていたら、行きたくなって。


「ははははは。

 よし、カラオケに行くか!

 お主の下手な『ボン・ジョヴィ』を聞きに」


 へ、下手ではない!


 味があるだけだ!





 後日、一緒に上洛した徳川家、浅井家、六角家、あと松永家から文句が届けられた。


 帰るなら連絡してよと。


 織田家の軍が不在となった京では治安に不安があるため、なかなか帰らせてもらえなかったらしい。


 すまぬ。


 うっかりしていた。


 そして俺の主よ。


 義昭との連絡役が継続だからって、毎日のように手紙を出す必要はないですよ。


 言われなくても、尾張の食べ物を送りますから。





六角「え? 帰った?」

徳川「嘘でござるよな!」

浅井「残念ながら本当だ。トラックがない」

六角「わしら、帰りは歩きか?」

徳川「上総介殿の手紙を送って、迎えに来てもらうでござるよ」

浅井「そうしよう」


六角「ところで、織田軍がいないと知られたら三好が逆襲してくるんじゃ?」

徳川「それに関しては、すでに撃退しておる」

浅井「暇潰しで相撲をやっているとき、降伏してきたやつだな」

徳川「二条城も建てたし、問題ないでござろう」

六角「だといいが……」


幕臣「待って! 帰らないで! 戦力が無さすぎるの!」

徳川「いや、そう言われても……」

浅井「領地が心配だし……」

六角「呼ばれたらすぐ来るから」

幕臣「お願いお願いお願い! せめて幕府が兵を揃えるまでは待って!」


松永「……わし、影が薄いなぁ。目立つことしなきゃ駄目かなぁ」

明智「嫌な予感がする……」


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