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第99話「磁石の迷宮-4」

「屈辱ですわ……」

「これしか手が無かったんですから諦めてください」

 私たちは時折爆音や衝突音が響くのを感じつつも『迷宮』の中を駆けていきます。


「次は右っすけど、大丈夫っすか?」

「大丈夫、アタシが確認できる範囲には例の立方体は無いよ」

「同じく、私が確認できる範囲では空気の乱れは有りません」

 そして移動する中で障害となる二つの罠の内、金属製と思しき立方体が超高速で移動して進路上に存在する相手をひき潰す仕掛けについては、ソラの遠視と風見さんの感知能力でその位置を逐一確認して万が一こちらにまで来そうな時にはいち早く退避できる場所を探し出す事で対応し、


「布縫さん、結界の方は?」

「ご心配なく、問題なく維持できています」

「穂乃さんの方はどうですか?」

「……。問題ありませんわ」

 もう一つの地雷の罠に関しては私たちの移動に先行する形で穂乃さんが薄い炎の膜を展開し、同時に布縫さんが私たちの周囲に障壁を張る事によって対応しています。

 具体的には穂乃さんの炎によって地雷をわざと起動させて爆破処理し、爆炎そのものは布縫さんの障壁で防いでいます。


「トキさん……改めて言わせてもらいますが、他に何か方法は有りませんでしたの?」

「無いですね」

 で、穂乃さんに爆破処理をしてもらうに当たって、炎の膜を展開している間穂乃さんには走るだけの余裕が無いという問題点が有ったわけですが、それについては私の策でどうにかすることが出来ました。

 穂乃さんはどうしてだかこの策に対して不満があるようですが。


「実際の所、この策を実行できるのはアタシとトキ姉ちゃんぐらいだよ?」

「と言うか、喋ってる暇があるならしっかり炎の膜を維持する方に集中して欲しいでやんす」

「ぐぬぬぬぬ……風見さん!布縫さん!二人はこの策に何か思う所はありませんの!?」

「実際それ以外に方法は無いと思いますからー」

「すみません……私からは何とも……」

「ううう、味方が居ませんわ」

 それにしても穂乃さんは一体この策の何処に不満が有るんでしょうね?

 私はただ単に穂乃さんを私の背中に縛り付けて、穂乃さんが自分の足で走らなくても移動できるようにしただけなんですが……?


「その荷物扱いに不満を持っていますの!と言うか人一人背負っていざと言う時の反応が遅くなったりしたらどうしますの!?」

「別にアキラさんと比べたら穂乃さんはまるで重くないですよ?それにソラには周囲の索敵と言う仕事が他に在りますから任せられませんし」

「くうっ……まるで暖簾に腕押しですわ……」

「??」

「そう言えばトキ姉ちゃんって意外と天然だったよね……」

「と言いますか、トキさんにはアキラさんを運んだことがあるんですか?」

「これが特別顧問の力だと言うのですか……」

「すっげぇ肩身が狭いでやんす……」

「ぐぬぬぬぬ……なんか色々と悔しいですわ……」

 私の背中で炎の膜を維持しつつ穂乃さんが文句を言います。

 別に暴れたりはしてませんから構いませんけど。

 それにしてもソラたちも一体何を言っているのやら……もっと自分の仕事に集中して欲しいですね。

 他にやれる事が無いので穂乃さんの運搬役になった私が言うのもなんですが。

 ちなみにアキラさんを運んだと言うのは治安維持機構の新人女子歓迎会の後始末の時の話です。

 意識が無く、自分よりも大きい人間と言うのは存外運びづらくて苦戦させられました。


「それにしても少々妙ではありませんか?」

 と、ここで布縫さんが今まで通って来た道を軽く見てからそう呟きます。


「何が?」

「この大量の罠が仕掛けられている領域に入ってから、他のモンスターや討伐班の人たちを見かける事すらなくなった事がです」

「あー、確かに妙と言えば妙だね。報告の通りなら相手は結構派手に動いていたはずだし、移動する方向もあまり変わらなくなってきてるよね」

「移動する方向に関しては目標が近づいてきたって事で納得はできるっすよ。ただこんな大量の罠がある場所に普通の人間は入ってこないっすから……」

「誘われている可能性がある。と言う事ですか」

「有り得ない話ではありませんね。結局『迷宮』の中と言うのは相手の領域です。『マリス』程の知性があるなら、私たちが迫ってきている事に気づいた時点で他の討伐班は無視して万全の態勢で待ち構える。ぐらいの知性は当然の様に発揮してくるでしょうから」

「「「…………」」」

 私の結論に全員が押し黙ります。

 それは恐らく相手の手の内が読めない事への不安だけでなく、アキラさんをあの状態にまで追い詰めるほどの実力を持つ相手に自分たちが通用するのかと言う不安や、このまま正面から突っ込んでもいいのかと言う逡巡もあるでしょう。

 未知こそ最大の脅威と言う言葉をどこかで聞いたことがありますが、本当にその通りですね。

 ただしかし、このまま戦いになったのでは全員自分の力を十全に発揮できません。

 それは非常に拙いです。

 となれば特務班総班長代理として皆の命を預かる者としてはこう言うべきですね。


「大丈夫です。私たちは今日の為に訓練を積み、装備も整えてきました。その力は必ず通用するはずです。だから全員今は自分のやるべき事にだけ集中しなさい」

「そうですわね。あの時の私たちとは違います」

「アキラお姉様が帰って来た時に失望させるわけにはいかないしね」

「絶対に皆さんをお守りします」

「全員で帰りましょう」

「皆さん威勢が良くていいっすねぇ。ま、あっしもやれる事はやるっすよ」

 私の言葉に全員がそれぞれの言葉で返し、班の中に漂っていた重い空気が払拭されていきます。

 この感じならきっと大丈夫ですね。


「三理君」

「そうっすよ」

 やがて私たちの前に通路の終わりが見えて来ると同時にその先の空間に例の立方体が柱の様に積み重なっているのが見えてきます。


「あそこが目標地点。つまりは……」

 そして、その柱の根元部分には一人分の人影が在るのが見えてきます。


「奴が『マリス』っす!」

 三理君がそう言い切ると同時に私たちは通路から円筒状になった広い空間に踏み込み、私は穂乃さんを下ろすと同時に盾を構え、他の皆もそれぞれに武器を構えます。


「貴様らが特務班とやらか」

 そこは部屋の中心に例の立方体が柱の様に積み重なり、時折電気の様なものが表面を走ったかと思えば、通路に向かって立方体が放たれていっていました。

 恐らくはあの立方体はここから射出された後に通路を駆け廻っていくのでしょう。

 そしてそんな中で、柱の根元に立つ赤い髪を頭頂部で一纏めにした男はゆっくりとこちらに振り返り、武器を構える私たちを見るとその口元を大きく歪め、私たちはその顔を見て一瞬ですが思わずたじろぎます。


「さて、小娘ばかりで『軍』様が危険視する奴は居ないようだが……まあいい」

 事前の情報通りに軍服を身に付け、明らかにジャポテラス人とは違う彫りの深い顔立ちの男は、手には何も持たずにゆっくりと両腕を大きく横に伸ばし、靴も履いていない右脚を前に出します。

 一見すれば隙だらけ、けれど迂闊には近寄れば一瞬にして殺される。そんな歴戦の戦士だけが持てるであろう気配を漲らせながら。

 やがて男は口を開きます。


「元『コンドロナイアス』の戦士にして、今は忠実なる『軍』様の下僕である。この『地雷(マイン)』のクラス・クレイ・クイクサンドォが相手をしよう。精々拙者を楽しませてみせよ!」

「来ます!」

 そして男……『マリス』クラス・クレイ・クイクサンドォが私たちに襲い掛かってきました。

第三の『マリス』登場でございます。

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