第98話「磁石の迷宮-3」
「結構『箱』が多いですわね……」
「モンスターと罠も同じくらい多いけどね」
私たちは『迷宮』の中をモンスターを倒し、罠を避けるか解除しつつ進んでいました。
当然ながら道中で先行していた討伐班に遭遇することも有ったので、その時は情報の共有を図りつつも必要なら怪我人の救護や出口のある方向を教えるなどもしましたが。
「と、あの扉は自動でやんすね」
「分かりました。全員止まってください」
そうして探索している内に分かってきた事が一つ。
それは今の私たちにとって恐ろしいのは、茉波さんの装備のおかげで簡単に倒せるモンスターよりも、不意の一撃で場合によっては命を奪う可能性もある罠の方だという事です。
現に私たちが今歩いている通路の少し前に小部屋に通じる扉がありますが、以前に私たちが似たような扉の前を通った時はそれだけで扉が開き、中から高速で金属製の鋲が飛んでくるという事もありましたし。
「ソラ、布縫さん」
「はいはいっと」
「分かりました」
と言うわけで布縫さんに私たちの周囲に常時掛かっている防御の神力を強化してもらった後、ソラが一人で扉の傍に移動、扉のすぐ横に立つ事で扉を開けてから中を遠視の応用によって確認してもらいます。
「どうですか?」
「うわー、内部に潰されたっぽい討伐班の死体が一人分。たぶんだけどこの部屋には圧殺罠が仕掛けられているんだと思うよ。どっちが動くのかは分からないけど、とりあえず中に入らなければ大丈夫だとは思う」
「分かりました。先を急ぎましょう」
「了解っと」
ソラが部屋の中を調べ終わったところで、私たちは赤黒い何かが床と天井にこびり付いている部屋の前を通って先を急ぎます。
それにしても圧殺罠ですか。
恐らくは部屋の中に入ったところで部屋の扉が自動的に閉まり、床と天井のどちらかが動くのでしょうね。
アーマーの移動にも似たような罠が使われていたようですし、この『迷宮』にはよくある罠なのかもしれません。
「と、十字路ですか。次はどっちに?」
「ちょっと待ってくれでやんす……ん?」
「どうしましたの?」
と、しばらく移動した所で私たちの前に十字路が現れます。
見た目では特に何の罠も仕掛けられているようには見えませんが……十字路の中央に立って道を探っている三理君の反応からしてそうではないようです。
「うーん、多分すけど高速で移動する罠か、モンスターが居るっすね。最初のとはまた違う感じで道がブレまくって……っつ!?」
「全員下がって!!」
「何か来ます!」
そこまで三理君が言ったところで、ソラと風見さんが全員に向けて注意の声を上げ、私たちはそれに従って急いで元来た道に戻り、それぞれに装備を構えます。
「なっ……!?」
「!?」
「なるほどブレるわけっすね……」
そして私たちの前を目に留まらぬとしか表現できない速さで、通路を埋め尽くすような大きさの……恐らくは一辺が3m程有る立方体状の金属が飛んでいきます。
やがて立方体が飛んで行った先から聞こえてくるのは、重たい物同士が激しくぶつかり合うような金属音に何かが爆発する音。
金属音については恐らく先程の立方体が壁か何かにぶつかったのでしょう。
爆発の方は分かりませんが。
いずれにしても今考えるべきなのは……
「布縫さん。仮に万全の体勢でアレに遭遇したとして防げますか?」
「私には無理です。アーマーの突進とは重量も早さも桁違いすぎますし、恐らくはトキさんにも厳しいのではないかと」
「私も同意見ですね」
アレと逃げ場のない状況で遭遇した際に突進が止められるかです。
尤も、私も布縫さんもその実力では厳しいと判断せざるを得ないようですが。
「でも、速さと危険性の両方を鑑みた時に一番早いのが今のルートっすよ」
「それは分かっています。ソラ」
「分かってるよトキ姉ちゃん。アタシと風見さんが命綱なんでしょ」
「いち早く接近に気づいて逃げ場を確保する。と言う事ですね。分かりました」
「二人ともよろしくお願いします」
ただそれでも目標がこの先に居る以上は、私たちはこの奥を目指すしかありません。
なので、先程の立方体についてはソラと風見さんの探索能力に任せていち早く発見し、その動きを先読みして避ける事にします。
後、予め指示を出しておくこととしてはこの先、少なくともあの立方体が飛び交う領域を抜けるまでは基本的に走って移動をし、モンスターは見つけても無視するか、消費を考えずに最大火力で持って即座に落とすかの二択とするべき事ぐらいですかね。
「どうやらこの先の罠は先程の立方体だけでは無いようですわよ」
と、私がそんな指示を出そうとする前に穂乃さんが直進する通路を睨みながらそう言います。
「んん?アタシの目には何も無いように見えるけど?何か有るの?」
「私も気づいたのはついさっきですわ。気づけたのは……多分使っている力の属性が近いからですわね。布縫さん、防御をお願いしますわ」
「?分かりました」
どうやら穂乃さんには見えて、他の皆には見えない何かが中央の通路には仕掛けられているようで、穂乃さんは布縫さんに防御の指示を出すと儀礼剣の剣先に小さな灯を点します。
流れからしてその火で何があるのかを試すつもりのようですが……
「では」
穂乃さんが剣先を床に付け、その一点から地面を這うように火が薄く、ゆっくりと波の様に通路全体に広がっていきます。
そして中央の通路の中ほどにまで到達した所で……
「なっ!?」
「一体何が……!?」
「!?」
「やってくれるっすね」
「地雷……ですか」
突如として床から爆発が起き、もしこのまま直進していたら間違いなく致命的な傷を全員が負っていたと言える量の熱と破壊を周囲に撒き散らします。
これはアレですね……茉波さんに見せて貰った兵器の一つである地雷に近い感じですね。
確かアレも設置した場所に生物が近づくと爆発して、踏んだ相手とその周囲に被害をもたらすものだったはずですから。
となると先程の爆発音もあの立方体がこの地雷に触れて起きたものと考えるのが適当でしょうか。
「その地雷と言うのはよく分かりませんが、この罠はかなり厄介ですわよ。どうしますの?」
「…………」
私はしばし考えます。
高速で移動してこちらを轢き殺そうとする立方体の仕掛けに、通路に隠れ潜んで触れた相手を殺傷する地雷の罠の組み合わせ……これを打開するとなると……。
「穂乃さん。今やったような薄い炎を私たちから一定の距離を取って維持することは出来ますか?」
「歩きながらと言うならやれないことは無いですわ。ただ、走りながらとなったら流石に難しいですわ。それ相応に集中力を必要とする行為ですし」
「分かりました」
と言うわけで私の質問に対する穂乃さんの答えを聞いたところで、この状況を打開するための策を私は全員に話します。
「……」
「まあ、トキ姉ちゃんなら出来るか」
「確かに一番力は有るっすね」
「妥当な策ではあると思います」
「ではその方向で」
「それでは行きましょうか」
そしてその策に穂乃さんが唖然とする中、私はその策を実行することにしました。
さて、これで何とかなるとは思いますが……上手くいってくださいね。
罠の殺意も上がってきました