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第96話「磁石の迷宮-1」

「突入完了っと」

 私たちが『迷宮』の中に入ると、そこは事前にあった報告の通り床も壁も天井も金属で作られた小部屋でした。


「点呼!イチっ!」

「ニッ!」

「サンですわ」

「ヨンです」

「ゴです」

「ロクでやんす」

 私はまず全員が同じ場所に出た事を確認すると同時に、それぞれが背中合わせになって周囲に不審な物体や、妙な音がしないかを自分自身の能力だけでなくソラたちにも目配せで指示をして確認してもらいます。


「周囲に空気を乱す存在は確認できません」

「アタシたち以外に人影もモンスターの影は無しです」

「何かが動く音も無い……と」

 私の指示に従って風見さんとソラがそれぞれ自分の能力で周囲を確認しますが、どうやら今すぐに何かが来るような危険は無いようです。

 となれば次に確認するべきなのは……


「三理君。今回の目標、『マリス』と思しきモンスターに向かう最短ルートは?」

「ちょっと待ってくれでやんす……ん?んん?」

 私は三理君に『マリス』が居る場所にまで向かう最短ルートを尋ねますが、その表情はどうにも芳しくありません。


「どうしましたの?」

「いや、どうにも目標にまで向かう道がぶれている感じがするでやんすよ」

「ぶれている?どういう事ですか?」

 三理君の言葉に私たちは首を傾げます。

 彼の直感による道の選択は、サルタヒコ様の神力によるものであり、金本バンドの時の様にその能力を逆手に取られない限りは確実に最善の道を選び出せるはずですが……それがぶれている?

 そんな私たちの疑問に答えるためなのか、三理君は少々悩んでから何が起こっているかを考えて話し始めてくれます。


「うーん、これは恐らくでやんすけど目標が二つ以上ある感じっすね。『迷宮』内のモンスターがすごい勢いで駆逐されていたり、超高速で動くモンスターや罠があれば細かくぶれる事は有るっすけど、今のぶれ方はそう言う次元に収まっていない感じでやんすから」

「目標が二つ……と言う事は……」

「『マリス』は二体居るってことかな?」

「別におかしくは有りませんわね。姿だけなら別にどうとでも似せられますもの」

 三理君は両手の人差し指をそれぞれ別の方向に向けると、ぶれている感じを表しているのか小さく回します。

 となると、ソラが言ったように『マリス』が二体居て、今の私たちと二体の『マリス』のそれぞれの位置が同じくらいの距離であるために三理君の直感がぶれていると考えるべきですかね。


「では三理君。『迷宮』の主の位置はどうですか?」

「それだとこっちでやんすね。ただ、その方面に居る『マリス』の位置よりももっと遠い感じでやんす」

 私の質問に三理君は右手の指で先程示していた方向の片方だけを指し示します。

 うーん、『マリス』が二体居ると仮定して、『迷宮』の主がもっと遠いという三理君の言葉も鑑みると……恐らくはそう言う事でしょう。


「なるほど。となると二体居る『マリス』は片方は『迷宮』の主の護衛に回り、もう片方は『迷宮』内を移動してこちらに攻撃を仕掛けて来ている。そう考えるのが適当ですかね」

「恐らくそう言う事ですわね。それなら単純に考えても『迷宮』の主側は主二人分の戦力を有している事になる。これでは普通の討伐班ではどう足掻いても勝ち目がありませんわ」

「と言うかあっしたちでも能力の相性によっては退くしかない可能性もあるでやんす」

「『迷宮』の主単独でもあの実力ですからね……」

「となると先に狙うのは?」

「トキ姉ちゃん?」

 私の言葉に皆がそれぞれの意見を出していき、それを聞いた私は少し悩んだ後に特務班総班長代理として方針を決定します。


「分かりました。『迷宮』内を単独で巡回してこちらへ積極的に攻撃を仕掛けて来ている『マリス』が居るのなら、そちらを優先しましょう。その方が味方の被害も減らせますし、敵の戦力も削り易いはずですから」

「「「了解!」」」

「分かったでやんす。そう言う事なら道案内するでやんすよ」

 私が決断を下すと同時に三理君はその力で向かう先を固定し、私たちは部屋に在る扉の一つを注意深く開けて安全を確認してから通路に出ます。

 そして事前に決めておいたように、先頭に私と三理君、その後ろにソラ、更にその後ろに穂乃さんと風見さん、最後尾に布縫さんが立つようにします。

 並び順の理由としては私が一番正面への防御能力が高く、案内役として三理君が前に出る必要があるので先頭に、布縫さんが全方位への防御能力を有しているという事で不意打ち対策も兼ねて最後尾に、後は単純に攻撃をする際に得意とする距離の関係です。

 これでアキラさんがいれば、中央で全体の指示と支援をやってもらえるのですが……まあ、無い物ねだりをしてもしょうがないですね。

 今ある手札で出来る限りの手を打つしかありません。

 そのための準備だって整えて来ているわけですし。


「では出発しましょうか。全員、気を抜かずに行きますよ」

「「「了解」」」

 そして私は遠くの方から微かに何かが動いたりぶつかり合うような音を感じつつも三理君が指し示す方向に向かってゆっくりと歩き出しました。

目標は『マリス』二体と『迷宮』の主

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