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第92話「霧と狼の来訪」

 トキが治安維持機構開発班本部で茉波ヤツメの能力に戦慄していたその頃、タカマガハラの一室では五人の男女が会談を行おうとしていた。


「や、久しぶりだね『ミスターブラック』。いや、『クイノマギリ』と呼んだ方が良いかな?それとも本名の方が良いかい?と言うか機嫌悪そうだね」

 一人は幼い少年の姿をしたここジャポテラスに居る神の中でも特に有力な神の一柱にして『三貴子』の一柱であるツクヨミ。

 その表情は何処か親し気で、懐かしい友人に会った時のものに近い。


「そりゃあそうだろうが。此処(タカマガハラ)がどれだけ居心地が悪いのかアンタなら分かっているだろ?『ルナリード』師匠?いや、この場では月読(ツクヨミノ)(ミコト)様とお呼びした方がよろしいかな?俺の呼び方についてはお好きにどうぞ」

 一人はその日の昼に馬車に轢かれそうになった少女を転移魔術で助け出し、その成果をトキに押し付けて去った全身黒ずくめの男性こと自称『クイノマギリ』。

 ただ胡坐で肘をつくその姿と表情は何処か不機嫌なものである。


「こちらから呼びつけておいてすまないな。ただ、ここは我慢して欲しい。状況が状況であるが故に迂闊に結界や場の支配は緩められないのだ」

 一人は清潔な衣装を身に付け、迂闊には近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、同時に申し訳なさそうにしている女性。

 『三貴子』の一人にしてジャポテラスに居る全ての神のトップでもあるアマテラス。


「『(ミリタリー)』だそうですね。お母様に伺っていないので、詳しい事まではイズミは知りませんが」

 一人は頭頂部から狼の耳を生やし、腰からは狼の尾を生やした旅装姿の少女。

 この場に集まっている五人の中では明らかに自然放出している力の量は劣っているが、だからと言って気負ったり、場の空気に呑まれたりしている様子は無い。

 少女の名は本人の名乗り通りならイズミと言うらしい。


「ああ、既に幾つかの都市国家とそこに所属する神が滅ぼされている。まあ、今回お前さんを呼んだのは別の件だがな」

 一人は着物に煙管という衣装で、直ぐ脇に飾り気のない長剣を置いた男性。

 アマテラス、ツクヨミの二柱に並ぶ『三貴子』の一人にして治安維持機構の長でもあるスサノオ。


「完全に無関係と言うわけでもないけどね」

「ま、その話は追々でいいだろ。とりあえず俺が突っ込みを入れたい事はただ一つ」

 それ相応の力を持った神が五柱、信心深い者が目撃すればそれだけで卒倒しかねない様な光景がそこには広がっていた。

 加えて場の空気は恐ろしく重く、その重さと部屋から漂う威圧感故に既に近くの部屋から力の弱い神々は避難をしていた。

 そして、そんな空気の中で『クイノマギリ』がツクヨミの顔を指差して告げる。


「どうして女性の姿じゃなくて男の姿なんだよ『ルナリード』!連絡の時に言っておいたよな!それなら女の姿で出迎えるぐらいはしてくれって!!」

「はっはっは、男女両方の姿を取れる僕が君相手に女の姿で会うとか無いから、何をされるのか分かったものじゃないしね。大体そんな口約束をした覚えは僕には無いなぁ」

「ぐぬぬぬぬ……」

「「「…………」」」

 ひどく個人的でかつ当人たち以外には至極どうでもいいことを。


「とりあえずイズミの用を済ませて良いですか?」

「ああ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

 と言うわけで妙な火花を散らし合っている二人は置いておいて、残りの三人は手早く話を進めるために真面目な空気を醸し出すと自分たちの話を始める。


「まず始めに『生死運ぶ群狼の命主』イズミはクロキリ兄ちゃんと同郷ですが、今回はそれとは別件で、『狂正者(サニティ)』お母様と『神喰らい』ことイヴお姉様のメッセージを伝えるためにタカマガハラにお邪魔しました」

「分かりました。お聞きしましょう」

「まあ、『狂正者』のメッセージの方は向こうでくだらない言い合いをしている師弟にも関係するだろうけどな……」

 アマテラスとスサノオの二人が話を聞く体勢になったのを感じ取ると、イズミは何処からともなく二本の巻かれた紙を取り出して自分の前に置く。


「まずはお母様の方から」

 イズミはそう言うと片方の紙を広げ、紙に書かれている細かい文字の羅列に向かって力を流し込み始める。

 すると文字が紙の一か所に集まりだし、やがてそれは現在アキラとイースの精神世界に居て、同精神世界の主導権を握っている少女を手の平大にまで小さくした姿を取る。


『うん?ああ、起動したのか。ではメッセージを伝える。現在、『氷鱗の巫女』アキラ・ホワイトアイスと、『(アイス)蜥蜴(バジリスク)』イースは精神世界の中で超高濃度の圧縮訓練中だ。途中停止を掛けるなら、それ相応の事態が起こった場合にだけ解除するようにしておけ。それから私の術式の完全解体等と言う愚かな考えは持たないように。以上だ』

「ふむ……」

「なるほどな……」

 メッセージを伝えるという役目を終えた少女は軽く破裂音を鳴らし、煙を撒き散らすとその場から消えてなくなる。

 そしてメッセージの内容にアマテラスとスサノオは唸り声を上げながらも考えを巡らす。


「なるほど、それがメッセージの一つ目か」

「それでもう一つは何だ?」

「あ、決着ついたんだクロキリ兄ちゃん」

「ついてないけどもう一つの報酬の方が大事だから諦めた。それよりももう一つのメッセージってのは?」

 と、そんな中で突如としてツクヨミと『クイノマギリ』がイズミに声を掛け、もう一つのメッセージを開くように促し、イズミはそれに応える様に紙を広げる。


「こっちは普通に手紙です。えーと、『軍』お母様に動き有り、都市国家『コンドロナイアス』が落とされた模様。詳しい被害は不明だが、複数の『マリス』を確認。だそうです」

「『コンドロナイアス』……かなり遠い場所に在る都市だが、まさかウチを相手にしつつそっちを落としてくるとはな」

「ジャポテラスも含めて何方面にも同時に作戦を展開出来る……やはり恐るべき相手ですね」

「ふうん……クロキリ。そろそろ君に頼みたい仕事の話をしても良いかい?」

「なら現物が置いてあるところにまで案内してくれ。現物を見ない事には頼まれた仕事が出来るかどうかも分からない」

「分かった。こっちだ」

 そして告げられたメッセージの内容に場の空気は今までよりも一層引き締まり、ツクヨミとクロキリとも呼ばれている『クイノマギリ』は足早に部屋の外に出ていき、その後をアマテラスたちは慌てて追って行った。

『クイノマギリ』とイズミについては、今までの私の作品を読んでいただければよりはっきりと掴めますが、読んでいなくても問題なく読み進められるように書きますのでご安心を。


後、活動報告の方にちょっとした報告もございますので、ぜひご一読していただければ幸いでございます。

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