第90話「『マリス』対策装備-2」
「と言う事があったわけです」
「なるほどな。それで俺の研究室に来てまずは無線機を貸してくれと言ったわけか」
私たちは茉波さんの研究室で無線機を借りて二飄長官にここに来るまでの間に有った事を報告をすると、とりあえず一息吐いて休憩をしていました。
ちなみに今私たちがいる部屋は治安維持機構本部にある部屋に比べると格段に広く、普通の机や椅子だけでなく、各種装備の製造・整備に使うと思しき器具類や、製作途中と思しき装備品や設計図が所狭しと置かれています。
「結局のところあの男の人は何者だったんでしょうね?」
「さあ?本当に治安維持機構の本部に来た際には色々と探っておいてほしいとは二飄長官には言ったけど……どうでしょうね?」
「ま、行動からして少なくとも『マリス』や『軍』の味方では無さそうなのが幸いだな。とりあえず俺たちは俺たちでやれる事をやっちまうか」
「そうですね」
「りょうかーい」
で、あの黒づくめの男性の事に関しては情報が少な過ぎるので、何を考えてもしょうがないと判断した私たちは、ここに来た当初の目的を果たす事にします。
今回此処……治安維持機構開発班本部に来た目的は、茉波さんが試作した対『マリス』用装備の試作品が完成したので、それを試すと言うのが一つ。
もう一つは茉波さんが作ったと言う兵器と言うのがどういうものなのか、その説明を受けに来たと言うのも有ります。
「それで装備の試作品と言うのは?」
「そこに有るのがそうだ」
茉波さんが指さした先には私が普段使っている盾と、ソラが普段使っているハンマーによく似た、けれど細部にまで目をやると微妙に違うものだと言う事が分かる装備がそれぞれ三つずつ立てかけられていました。
どうやらアレが対『マリス』用装備の試作品のようです。
「一応、設計から計算した限りでは問題なく出来ているはずなンだが……まあ、そこは新装備の悲しい所だな。設計段階では予想もしていなかった問題が実際に使ってみたら続出するなんて言うのはよくある。だからこの後にでも二人で全力の模擬戦闘でもしてみてくれ」
「分かりました」
「ふうーん……このままだといつも使っているのと変わらない感じだね」
茉波さんが話す中でソラが立てかけられていたハンマーの一本を持つと、周りに気を付けつつ軽く振り回します。
その動きを見る限りでは、とりあえず仕込まれている仕掛けを動かさない限りは問題なく扱えるようです。
尤も、茉波さんの言う様に実際に使ってみなければ分からない事も多々あるでしょうが。
「それで茉波さんが設計図の段階で持っている兵器と言うのは?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
そう言うと茉波さんは席を立ち、部屋の隅に置かれていた表面に『マイクロイワト七号』と書かれた岩の様な物体の元に移動し、その場でしゃがみ込むと何かを漁り始めます。
「よっと。とりあえずこれが一覧兼概要だ」
「これは……!?」
「ふえっ!?」
そして茉波さんが机の上に取りだした厚い紙の束を見て私もソラも絶句します。
紙の束の表紙に書かれているのは『茉波ヤツメ製兵器概要一覧』と言うこの紙の束の中身を表した表題と……無数の『閲覧禁止』『貸出禁止』『転載禁止』と言った内容の判子に、それらの判子が誰の意思の元で押されたのかと言う署名。
「ちょっ!?トキ姉ちゃん!?」
「ま、茉波さんこれって……」
「勿論本物だぞ」
これでこの署名が鵜飼開発班総班長とかならまだ私もソラもここまで驚くことは無かったでしょう。
私は震える手で紙の束を手に持ちます。
そして近くで見て確信します。
間違いありません。この署名は……この……署名は……
「つまりアマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様、ウカノミタマ様、四柱の連名で、この四柱全員の許可が無ければ書いた俺自身ですら触れる事すら許されない様に結界が仕込まれていて、当然と言うべきだが、中身どころかその存在すら迂闊に口外出来ないような代物と言うわけだな」
「「……」」
そして何でも無い様に放たれた茉波さんの言葉に私は一瞬意識が飛ぶかと思いました。
が、ここで気絶してしまっては来た意味が無いので、何とか持ちこたえます。
そうです。今こうして手に取ることが出来ていると言う事は、少なくともこの場においてはその四柱の神から許可を貰えていると言う事になるはずです。
だから大丈夫、絶対に大丈夫、絶対に絶対に大丈夫。大丈夫ったら大丈夫です。
「話を進めてもいいか?」
「はっ!?あっ、はい。大丈夫です。すみません。少々取り乱しただけでもう大丈夫です。安心してください」
「全然大丈夫に見えないが……まあいいか。続けるぞ」
「や!その前にアタシは引っ込ませておいてもらいます!こういうのは知っている人間が少なければ少ないほどいいと思いますので!」
茉波さんが話を進めようとしますが、その前に私と同じように放心していたソラも気を取り戻すと、私に許可を貰ってから部屋の外に出ていきます。
実際こんな危険な資料は出来る限り知っている人間が少ない方がいいので私も許可しますが。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「もしかしたらそれ以上に大したもンかもな」
私は何処か邪悪と感じる笑みを浮かべた茉波さんを視界の端に捉えつつ、異界に繋がっているかのような気配を漂わせている紙の束をめくり始めました。
さて、『凍雲』に搭載されているような精神エネルギーを直接物理的なエネルギーに変換するエンジンを作れる時点で気づかれていた方もいらっしゃるでしょうが、本気を出した茉波さんの作品は冗談抜きにヤバいです。
具体的なヤバさについては次回以降にて。