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第88話「晶の精神世界-2」

『ふんふぁんほーほぉす!』

「ぐがっ!?」

 目の前に居る六本腕の巨人型の雪像が俺の体よりも巨大な拳を振り下ろし、雪で出来た尖塔を巻き添えにしつつ俺は尖塔の最上部から基底部にまで落とされていく。

 そしてそこへ大量の残骸が降り注ぎ、身動きが出来ない俺の体を念入りに磨り潰し、深い深い雪の底へと埋めていく。


「……(けれど終わりじゃない)」

 明らかに今の俺は死んでいる。

 けれどここは俺の精神世界であって現実では無い。


「……(想像しろ。己の姿を。想像しろ。目の前の敵を打ち倒す手段を。想像しろ……)」

 だから俺は既に無いはずの口を動かして自分に命令を下し、粉々に砕けたはずの頭で己の姿を想像し、俺の上に積み重なっている雪を吹き飛ばせるだけの力を想像して……、


「ぬがあぁ!」

『へんがろぉどーどー!?』

 吹き飛ばす!


「くそっ……流石に何百回と死んでると自分を治すのにも慣れちまった」

『どぅーいんぐうーいん?』

「何言ってるのか分かんねえっつの」

 俺は困惑の感情らしきものを露わにしている目の前の巨人を睨み付けながら、改めて自分の体を構築し直していく。

 治安維持機構の制服を直接皮膚の上に生じさせ、右手に羽衣付きのツツタクトを呼び出し、腰まで届く髪の毛はアンカーの髪飾りで団子状にまとめておく。

 まったく、本来ならあの少女に指摘されたように本来の姿である男の姿になるべきなんだろうけど、どうしても(こっち)の姿の方が戦闘能力が高いと思うから女の姿で安定しちまった。


『ばんがろうぉーきぃーん!』

「早々何度も喰らうかっての!」

 巨人が三本の腕を纏めて振り下ろすが、俺は脚力を強化した上に足の裏に堅い氷の足場を作りだす事で全力で動ける土台を用意し、それを蹴ってその場から大きく飛び退くと、続けて靴の裏と掌に力を集めて、飛び退いた先に有った塔の外壁とそれらを氷でくっつけて体を固定する。


『『『ばんげぇでぇもうんす!!』』』

「お前らは呼んでねぇ!」

 と、ここで鋭利な嘴を持った鳥型の雪像が俺に向かって突撃してくるが、俺はツツタクトを投げつけて鳥たちを粉砕していく。


『ぶーいんごーいん』

 そして粉砕が終わったところで巨人の方を見ると、巨人はゆっくりとこちらに向き直るところだった。

 俺は気持ちを切り替えるために軽く深呼吸をしながら考える。

 此処に至るまでに既に何百回と俺は死んでいる。

 最初は犬やネズミの様な現実世界にもよく居る動物を模した小型の雪像ばかりだったが、いつの間にか目の前の巨人や数種類の動物を無理やりくっつけたような化け物と言った明らかに『迷宮』の主と同等かそれ以上の化け物が相手になってきている。

 時間の感覚は既に無い……と言うかそんなものを考える余裕は無かった。

 実力に関しては……付いてきてると思う。

 今までに比べたら明らかに力を行使するのにかかる時間や効率は良くなっているし、今までとは多少違う事も出来るようになってきている。


「それにしても、俺の精神世界だって言うなら俺が消えろと念じるだけで消えてくれたっていいだろうに」

『どぅーんるーいん』

 巨人が完全に俺の方に向き直り、六本の腕の内、右腕三本は後ろに退いて力を蓄え、左腕三本は前に出してこちらの攻撃を防ぐための構えを取る。

 俺はちょっとだけ心の中で綺麗さっぱりに消えてくれないかなと思うが、あの少女にこの世界の主導権を取られているためなのか巨人は小揺るぎもしない。

 まあ、当たり前だな。

 今の俺の力が及ぶのは俺自身と俺が生み出した物……より正確に言えば俺の領域と認識している範囲だけだ。

 だから敵を倒したいのなら、消し去りたいのなら、自分の領域を広げられない以上はそれを為せるだけの何かを生み出すしかない。

 それはこの精神世界に存在する数少ない法則の一つだ。


『めがおべらぁ!がめおべらぁ!てんべおらぁ!』

「と、ほ、うらっと!同じ相手に何度も殺されてたまるかよ!」

 巨人がその身を巨大な杭打機の様にして三本の腕を順々に突き出してくる。

 俺は背後で今まで張り付いていた塔が破壊されて行くのを感じ取りながらも足の裏に氷の足場を作り出し、それを蹴る事で空中を駆けていく。

 そして巨人の攻撃を避けていく中で俺はこの巨人を倒せるだけの何かを考えていく。


「ま、これが一番か。爪やツツタクトでこの巨人を倒せるだけの攻撃は思いつかんし」

 やがて考えが纏まったところで俺は左手を強く握りしめる。


「『我は氷鱗の巫女アキラ・ホワイトアイス。我が身に流れるは氷が如き冷血、永久(とわ)の眠りもたらす氷毒の神性』」

『ぴぴるぴるぴる!』

 俺は巨人の攻撃を躱しつつ、左手の掌に痛みが走るのを感じながら詠唱を続ける。


「『我が血に宿りし神性は、我が望みを以て顕現する』」

『ぶんぎ!ぼんぎ!こーことうんすく!』

 巨人がその身に見合わない様な小刻みな攻撃を繰り出してくる。

 どうやら俺の詠唱を止めることを第一としているらしい。

 けれど悲しいかな、その巨体では巨人の周りを細かく動き回る俺を捉えられるだけの細かい動作は出来ない。

 だから俺は詠唱を続ける。


「『我は望む。氷の槍を。我は望む。氷河すら撃ち抜く矛を。我は望む……』」

 イースに指示された言葉を意味も分からずに唱える今までとは違う本物の詠唱を。

 自らの意思と力に依って超常の現象を引き起こすその呪文を。

 深き深き世界に眠っていた氷災の禍言を。


『べんがのどるべすああぁぁ!』

「とっ!?」

 と、ここで六本の腕を矢鱈滅多に巨人が振り回してきたために俺は慌てて距離を取る。

 そして距離を取ったところに普通の巨人の三倍の範囲を持った攻撃が放たれる。

 このままでは詠唱が完了する前に俺に攻撃が届くだろう。

 だがしかしだ。

 “間に合わないなら間に合わせればいい”。


「すぅ……」

 意識し始めた途端に、ベイタの時と同じように巨人の動きがゆっくりとした物に変わっていく。

 そう。現実で出来てこの世界で出来ない事は何も無い。

 だからこの世界でも“この力”は使うことが出来る。


「『我が敵を穿つことを』」

 俺は自分以外のものの動きが極端に遅くなった世界で、左手で槍を投げるようなポーズを取って狙いを定め、足場として氷を蜘蛛の巣の様に張り巡らせて作り上げる。


「『捧ぐは我が血。狙うは心の臓。狩るは汝が命。震え泣け。凍え哭け。汝、如何ほど泣こうともその叫びは己が身を傷つけるのみ。我は今崩啼(ほうな)の矛を現世(うつしよ)に顕現させ、その刃に触れし者を白雪の棺に納め、死出の白花を手向けよう』」

 俺の左手の中で俺の血は蒸発すると共に穂先が二股に分かれた巨大な氷の槍が生み出され、俺の手から僅かに離れると細かく震えだす。


「『ホウナノオンサ』!」

『!?』

 そして俺の動きに合わせて氷の槍は俺の元から放たれ、停まった世界の中を駆け抜けて行き、巨人の胸に触れた瞬間にその全身を白い花の花弁を撒き散らすかのように粉々に砕きながら突き抜けていく。


『でぃでぃあのうん……』

「ふぅ……」

 やがて巨人が完全に崩れ去ったところで世界の動きは元に戻り、俺は一息つくと振り返る。


『あんぶーいんどーら?』

「で、次はお前か?」

 そこには俺と同じぐらいの身長をした男が両手に片刃の剣を持って佇んでいた。

 着ている物がどことなく鎧に近い事を考えると騎士に近いらしい。


「来いよ。相手になってや……」

『めるめどうんらぁ!』

 そして俺の言葉が終わる前に騎士は俺に切りかかってきた。

 どうやらあの少女の元まで辿り着くのにはまだまだかかるらしい。

だんだんと人間を辞めているように見えますが、歴代主人公ズと比較した場合、これでやっとスタートラインかもしれないです。


09/25誤字訂正

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