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第87話「氷の精神世界-1」

「神とはなんだと思う?」

「信仰を糧とし、その対価として力を分け与えるものの総称ではないのか?」

「一つの形ではあるが違うな。世の中には信仰を必要としない神など腐るほどいるし、信仰だけ貰って力を信者に与えない神も居る。だからその言葉では神は定義出来ていない」

 アキラが『停まる世界』を発動した後、気が付けば我は『停まる世界』を解除する言葉を言う暇も無くこの奇怪な精神世界に囚われていた。

 そこには上も下も、右も左も、前も後ろも無く、向こう側が見えるほど透明度の高い氷で出来た本棚や机、椅子が浮かんでおり、本棚の中には紙で出来た本は勿論の事、羊皮紙、竹簡、一枚岩で出来た書物から我には何で作られているのかも分からない書物が幾つも置かれていた。

 少女曰く大抵の事は此処で調べられるとの事らしい。


「では、人智を超えた知恵と力を持つ存在か?」

「ある意味正しいが、違うな。これは他の世界の知識になるが、貴様は核融合だのプランク定数だのPWC理論だの新界創造魔術だの言われても理解できんだろう?神が人智を超えた存在ならばこれら全てを理解し、扱える者でなければならない事になるが、これら全てとなれば扱えない神の方が多いだろうな」

「むっ……」

 我は我をこの世界に閉じ込めている元凶である目の前の少女が投げかけてきた言葉に対して自分で考えた答えを返すが、その答えはあっけなく否定される。

 少女は蘇芳色の服に茶色の髪、金色に輝く目、そして我をこの精神世界に閉じ込められるだけの力を持っており、その身から漂わせている気配からして『軍』と何かしらの関係があるのは確かだろう。


「いやはや、これだけの資料を用意してやっていると言うのに答えに辿り着くのはまだまだ遠そうだな」

「そう言ってられるのも今の内だからな……」

「期待せずに期待していよう」

 少女は言った。此処から出たければ我の問いに我が望む答えを答えて見せろ。と。

 そのために我はこの小さな体で手当たり次第にこの場に用意されている書籍を読んで考えているのだが……未だに答えは出せていない。

 少女の話だとアキラはアキラで実戦訓練を積んでいて、我とアキラのどちらかが条件を満たせば解放されると言う話だが……この少女の性格からしてアキラの側も相当酷い事になっている気がするな。


「そもそもだ。そこの資料に用意してあるように神と一口に言っても様々だ」

「……と言うと?」

「その存在こそが世界を支えるタイプの神ならば、その神と世界は同一だと言える。仮に多神であっても世界に縛られている以上、それは一つの神を別の面から見ただけとも言える」

「……」

「そもそも神の成り立ち方も様々だ。獣や植物などの自然の一部が途方もない年月の末に自己を確立できるだけの大きな力を有して神と呼ばれるだけの存在になる場合も有れば、人が膨大な力と多大な偶然から生きたまま神になる場合もある。ああ、神霊や氏神、付喪神何かも居るし、多少珍しい例にはなるが中には人工的な神と言うのもあるな」

 少女の話に我は耳を傾けつつも用意されている書物を読み進めていく。

 今読んでいるのは大プリニウスとか言う学者が書いた『博物誌』と言う本で、バジリスクと呼ばれている化け物を始め、様々な化け物について記述されている。

 それにしてもバジリスクか……俄かには信じがたいが、この本は別の世界で書かれた本らしい。

 にも関わらず我の種族名であるアイスバジリスクに酷似した名であるバジリスクと言う名が出て来るとはいったい……。


「その中ではデウスエクスマキナ、つまりは機械仕掛けの神と呼ばれるのが一般的ではあるが、神と言うものが信者から受けている信仰によって本質はともかく表層ならば変化すると言う点を利用した神の生成法もあってな。その方法では多少言葉足らずになるが多くの知的生命体に閲覧され、思念を送られて一種の共同幻想となったのを核として用いる事によって神を作り出すと言う方法だな。コイツを応用すると人々の噂と言う名の思念から特定のイメージに力の方向性が固着される代償に力を増すと言う事も出来る。ただ、ジャポテラスの神の一柱であるウカノミタマなんかはかつて居た世界で自分の神使が有名になり過ぎたせいで自分の頭に狐耳を付けないといけなくなったと言う話が有るように、使い方を誤ると致命傷にもなりかねない方法だな」

「生まれ……か」

 デウスエクスマキナとやらはともかく、ジャポテラスの神は我の主観としては何となくだが自然の具現から神になった場合が多い気がするな。

 確証は何もないが。

 それにしても我の生まれ……か。


「っつ!?」

「ふんふーん♪」

 十分に喋って満足したのか少女が手近な本をめくり始めた中で我は気づいてしまう。

 我は……アイスバジリスクのイースと言う存在は一体何時生まれ、一体何故このような力と姿を得たのか、そして何故にグレイシアンと言う都市で神として扱われていたのかを。

 我はそれを知らない(・・・・)


「己の根源(オリジン)と言うのは大事だぞ。己の存在意義(レゾンデートル)を知らず、己の意思(ウィル)を持たず、己の(アビリティ)を考えず、己の世界(コスモ)を知らないものと言うのはどれほどの力を持っていても滑稽で不格好な道化(バフーン)にしかなれず、何時かは致命的な破滅(フォール)を迎えるほかない。己の自己(アイデン)同一性(ティティ)を定義できぬが故にな」

「何処かに……何処かにあるはずだ!」

「さて、甥っ子が訪ねてくるまでどれだけの時間が残っているのやら……」

 少女が何かを言っていたが、我にはそれを聞く余裕なんてものは無かった。

 我は答えを求めて必死に文献を探り始めた。

 我が何ものであるのかを知るために。

ゴチャゴチャ言っていますが、だいたいは聞き流してしまっても問題は無い気もします。

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