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第81話「総班長代理」

 神療院で治療を受け終った翌日。

 布縫さんと風見さんの二人は何とか持ち直したのか女子寮の食堂で居るのを見つけましたが、二人に話を聞いた所穂乃さんは自分の家で寝込んでいるとの事でした。

 ソラも今は特務班の寮内にある自室で穂乃さんと同じように寝込んでいます。

 三理君は……分かりませんね。

 諜報班はそう言う班ですからしょうがないですけど。


「と、ここですね」

 そしてそんな中で私は長官室と書かれた扉の前に立っていました。


「失礼します」

「どうぞー」

 私はノックをしてから長官室の中に入ります。

 中には治安維持機構の長官である二飄ヒルヒ長官が豪勢な椅子に座って待っており、その表情は笑顔ではあっても内心を窺えないものでした。


「や、昨日の今日でよく来てくれたね。田鹿トキ君」

「身体の怪我の方はそれほどでもありませんでしたから」

「身体の……ね。やっぱり君の妹や穂乃オオリ君なんかは受けたショックが大きいようだね」

「ですが私をこの場に呼んだと言う事はそう言う事ですよね」

 正直、この内心を窺えない長官を私は苦手としているのですが、寝込んでいる二人の為にも私は私がやるべき事をしっかりとこなさなければいけません。

 なので私は二飄長官に話を進めるように視線だけで促します。


「まあ、君の想像通りだ。君たち特務班は諜報班の働きも有ってジャポテラスの一般大衆からは半ば英雄視されている。それ故に彼女(アキラ君)が居ないからと言って特務班の活動を完全に停止させるわけにもいかないし、スサノオ様たちが最善を尽くしている以上は多少の時間はかかっても必ず彼女は帰ってくるわけだしね」

「加えてアキラさんと三理君が遭遇した真旗カッコウとベイタとか言う男の様に既存の『迷宮』の主以上の力を持つ可能性があるモンスターたちへの対策も立てなければいけない。と言うわけですね」

「そう言う事」

 実際、今回の件も含めれば三つの『迷宮』を攻略したとも言える特務班が今解散したり活動を停止したりすれば人々に与える動揺はかなり大きなものになるでしょうね。

 それにアキラさんが帰って来た時に特務班が無くなっていたら間違いなく悲しむでしょうし、アキラさんが大変な状況なのにその間私たちが怠けていたら、戻ってきた時に顔向けできないでしょう。

 おまけに今までのモンスターとは大きく性質や実力が異なると考えるべき人型のモンスター。

 彼らへの対策も私たちに課された急務と言えます。

 尤も、私は彼らについてはその姿を少し見かけた程度なのが実情ですが。


「そんなわけだから、こちらとしてはこう言わせてもらおう。治安維持機構長官二飄ヒルヒの名の下に命じる。田鹿トキを治安維持機構特務班総班長代理に任命し、田鹿ソラに加えて穂乃オオリ、布縫ユイ、風見ツツジの三名を加えて人型モンスター『マリス』対策の案を考えることを命じる。なお、『マリス』の詳細な情報については諜報班に問い合わせる事。結構な被害を金本バンドの屋敷に突入した際に討伐班も治安班も彼らに負わされたからそれ相応量の情報が集まっているはずだ。それから新たな装備が必要な場合は開発班の茉波ヤツメ君に話を通すと良い。恐らくだが彼ぐらいの技術が無ければ対『マリス』用の装備を短時間で開発するのは難しいだろう」

「了解しました」

 ただ、そんな私の実情に関係なく命令は下され、私は内に秘めている想いと立場からそれを受け入れました。

 それにしても『マリス』ですか……聞き慣れない言葉ですが何か意味があるのでしょうね。

 そして本来ならばこれでこの場でやるべき事は終わりのはずなのですが……どうやら二飄長官にはまだ話しておきたい事があるようで私の了承の言葉に続けて口を開きます。


「よろしい。さてと、ついでだからこれも渡しておこう」

 二飄長官はそう言うと私に耳飾りのような物を渡してきます。

 飾りと言える物が小さな宝石が一つ付いているだけのそれは、見た限りではどうやら穴を開ける形式では無く耳にかける形式のようです。


「これは?」

「君は契約していない神様の声までも正体不明の神のせいで聞こえる様になってしまっていただろう。その耳飾りはそれの対抗策の一つで、聴覚を強化するように流れていると思しき神力を聴覚保護の力として変換できるようになっているそうだ。ちなみに耳に付けている状態でもその宝石部分を押せば聴覚保護から聴覚強化に切り替えられるそうだ」

「なるほど」

 これは確かに便利ですね。

 前にイース様も言っていましたが、自分と関係の無い神様の声までいつでも聞こえる様になっていると面倒事を引き起こすそうですし、それを防止できるのなら十分に有用でしょう。


「では、私はこれで……」

「ああそれと最後にもう一つ。これはツクヨミ様から伺った話なんだが」

 やがて話は全て終わったと判断した私は部屋の外に出ようとしますが、挨拶をし終わる直前にまた声を掛けられます。


「『マリス』とは悪意と言う意味だそうだ」

「っつ!?」

 それは『マリス』と言う言葉の意味。


「お互い気を付けた方がいい。なにせこれから私たちが相手をするのは人間だったころの面影が全くないモンスターだけでは無く、人間だった頃の面影と知識を有すると同時に“悪意”を持ってそれらを活用する敵であり、モンスターと『マリス』双方の背後で糸を引き操る悪意の大本と呼ぶべき存在……『(ミリタリー)』と言う名の神なのだからね」

「分かり……ました」

 そしてモンスターが人間を材料として作られていると言う一般の班員には決して教えられる事が無いであろう情報の曝露でした。

 その情報を聞いた私は足取りを重くしつつも長官室を後にしました。

と言うわけで一先ずはトキさんが代理です


09/17誤字訂正

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