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第77話「模倣の迷宮-8」

「ゲホッ……」

「ううーん……その顔、その温もり、肉が弾け、血が飛び散るその感覚、ああ、舌で舐めとったお前の血が口の中で俺に抗ってその力を発揮するのもイイ。全て俺がアキラを殺そうとしているからこその物ではあるが、実に素晴らしい!堪らねぇ!ついさっきの事ではあるが思い出すだけでイっちまいそうなぐらいだ!」

『くっ……何と言う強さだ』

「いやぁ、いっそ清々しいぐらいの狂愛(ラブ)だねぇ」

 ベイタは自らの拳に付着し、体温を奪い取っていくそれを舐めながら聞いているだけで鳥肌が立ってくるような言葉をまるで演説でもするかの様に言う。

 そして、こんな状況が指し示すように俺とベイタたちとの戦いはベイタ達が本気を出して以降、攻防が繰り返される度に状況は俺にとって悪化の一途をたどっていた。


「さあ!もっとだ!もっと俺にお前を感じさせてくれ!!」

『来るぞ!』

 ベイタが全身の筋肉を張り上げてから俺に向かって突進を始める。

 だが、ただの突進なら動体視力を可能な限り高めている今の俺ならば難なく避ける事も反撃する事も出来ただろう。

 なのに今の俺がこれほどの手傷を負っているのは……


『右から来るぞ!』

「オラァ!」

「ぐっ!?っつ……」

 突進の途中でベイタが銀色の液体で作られた壁の陰に姿を眩ませ、その直後に俺の右手側に在った銀色の液体の壁から既に殴り掛かる動作を行っているベイタが現れる。

 避け切れないと判断した俺は右腕に力を込めて衝撃に備えつつ左手の爪を伸ばす。


「らぁ!……がっ!?」

「ヒハハハァ!効かねえなぁ!」

 俺は右腕の骨が折れ、皮膚が焼ける感覚を覚えつつも左手の爪でベイタの腕を切りつけるが、俺の爪は表皮を浅く傷つけた所で止まってしまい、それどころか殴られた衝撃に脚が踏ん張り切れず身体が吹き飛ばされ始める。


「カッコウちゃんチャーンス!」

『アキラ!』

「分かってる!」

 そして吹き飛ばされて俺が床を二、三回跳ねている間に真旗カッコウが旗杖を動かし、その動きに合わせる様に銀色の液体が剣、箱、球体など様々な形状に変化した後に硬化して俺に向かってくる。

 俺は吹き飛ばされた勢いを無理に殺そうとはせず、時には転がり、時には手足をもつれさせながらも獣のように手足を動かして身体の各部に浅い傷を負い、髪の毛を半ばから断ち切られながらも真旗カッコウの攻撃範囲外に逃れ出る。


「はぁはぁ……」

「あららー、今のは中々いい感じに攻撃できたとカッコウさんは思ったんですけどねぇ」

「さっすがアキラだなぁ。俺に殺される為にカッコウの攻撃を避け切るだなんて流石は俺の元相棒。ますます惚れて絶望で顔を歪めさせたくなっちまうぜ」

「うるせぇこの変態……」

 やがて攻撃が止んだところで起き上がり、俺は神力不足であるが故に戦闘開始当初よりも明らかに再生速度が遅くなっているのを感じつつも身体の傷を治していく。

 それにしても骨がくっつき、傷が塞がり、失った血を増やすまではいいが、髪の毛まで元の長さまで伸びるのはこの状況だと流石に無駄だと感じるな。

 この再生能力が俺の身体を普段の状態に戻す事を目的としているからしょうがないのだけれども。


『それにしても相性が悪すぎる……』

「それは確かにな……」

 状況はすこぶる悪い。

 が、実の所俺が扱っている力の量とベイタ達が扱っている力の量にさほど差は無い。

 錬度もそこまで差が有るわけでは無いだろう。

 いや、新たに得た力を扱ってきた期間と言う意味では俺の方が恐らく長いぐらいだ。

 だがしかし、だからこそ俺とイースはベイタと真旗カッコウの二人に追い詰められることになっている。

 それはひとえに俺と二人の能力相性の悪さ故にだ。


「うーん。この絹のような手触り、雪の様な白さ、それでいて芳醇な香り、そして極上の料理人が作った料理にも劣らない味わい……実にたぎる……たぎるなぁ……髪の毛でこれならアキラ本体はどれだけ俺を満足させてくれるんだろうなぁ……」

 いつの間にか先程真旗カッコウに切られた俺の髪の毛を咥えているベイタを俺は見る。

 ベイタの今の身体は戦う前のそれに比べると一回りは間違いなく筋肉が膨れ上がっていた。

 その膨れ上がった筋肉により腕力も速力も強化され、結果として動体視力を強化しておかなければ文字通り目にも留まらぬ速度と俺程度ならば容易く吹き飛ばせるほどの腕力でベイタは攻撃を仕掛けてくるのだが、俺にとって問題なのは筋肉を強化した事による副次的な効果の方だった。

 それは現在上半身裸であるベイタの背中の辺りが歪んで見えるほどの熱量。

 その熱は当然のように拳にも込められ、俺を殴りつける際には容易く皮膚を焦がしてその下にある肉も焼くだけの力があり、同時に俺の血が持つ熱を奪う力を見事なまでに相殺していた。

 故に先程俺の爪がまるで通らなかった事を考えるとベイタに対して俺が打てる手は右目の力ぐらいしかないのだが、右目の力は使いたくても使えなかった。


「引くわー、ベイたん流石にそれはカッコウさんでも引くわー。まあ、仕事をきっちりやってくれるならカッコウちゃんは何も言いませんが」

 続けて俺はベイタの斜め後ろで明らかに引いていますと言う感情を表した動きをしつつ、周囲に銀色の液体を様々な形状に変化させ、その表面を波打たせながら漂わせている真旗カッコウを視界の中央に置く。

 真旗カッコウの能力は銀色の液体の形状や硬度、動きを操って攻撃するのが基本の力だ。

 ただ人間だった頃……いや、生前と言うべきか、真旗カッコウは恐らくエンハンサーとしての役割を持っていたのだろう。

 立ち回り方や銀色の液体を攻撃以外の用途で用いる時にその匂いがどことなく感じ取れ、それ故に俺にとっては問題になっている。

 そう、真旗カッコウの力で問題なのは攻撃では無く、攻撃以外の用途で力を用いた時の話だ。

 あの銀色の液体は平面状にすれば鏡のようになり、しかもただの鏡と違って俺の右目の力を反射することが出来る。

 だから俺は右目の力を迂闊に使う事は出来なくなっていた。

 おまけにどういう原理なのかは分からないが、鏡のようにした状態ならば同じ状態にした別の場所とも繋げることが出来るようで、それを利用してベイタを巧みに支援させてくる。


『勝敗は力の多寡では決まらないとはよく言った物だな……』

「まったくだ……」

 真旗カッコウを潰さなければベイタは倒せない。

 だが、ベイタが居る限り真旗カッコウ相手に接近戦を挑む事もままならず、俺の遠距離攻撃程度では流石に倒すのは厳しいだろう。

 故にはっきり言って手詰まりと表現してもいい状況だろう。


『だが……逃げられると思うか?』

「それは少なくとも真旗カッコウを潰さないと無理だろうよ」

 しかし、真旗カッコウが特殊な移動能力を有しているが為にこの場から逃げると言う選択肢も俺には残されていなかった。

 となればだ……


「(イース。今の俺に出来る最大の攻撃ってのは何だ?それはベイタを抑え込めるものか?)」

『一応詠唱を主体にした物で無い事も無い。が、賭けになるぞ』

 俺はイースの言葉に笑みを浮かべ、俺の表情にベイタは喜びの表情を露わにし、真旗カッコウは怪訝そうな表情を浮かべる。


「(勝ちの目があるならそれに乗るしかねえだろうがよ)」

『分かった。なら詠唱を教える』

「いいぞ!いいぞその顔だ!そのまだ諦めてない顔が最高だ!!アキラ!俺にお前をもっと!もっと!!もっと感じさせてくれ!!」

「何を狙ってるのかなー」

 そして俺は何とか問題なく動ける程度には回復した体でツツタクトと羽衣を構えると、


「『おいえんいす いしろだい いにたがう』」

「ひはっ!さあ行くぜぇアキラ!何を狙ってんのか知らねえが最後まで俺と楽しく踊ろうぜぇ!!」

「悪いけど、カッコウ様に遊んでる暇はもうないかなー」

 逆転の望みを賭けた詠唱を始め、それに合わせる様にベイタと真旗カッコウも動き始めた。

やはりと言うべきか、ある一定水準以上の実力者相手だと苦戦なんて次元ではすみません。

あ、最後の詠唱の訳につきましてはまた後日になります。


09/13誤字訂正

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