第74話「模倣の迷宮-5」
「カッコウ!『軍』様の命令はあるが、そこで黙って見てろよ!」
「危なくなったら勝手に手出しさせてもらうけどねー、本来は二人で協力してターゲットを殺害するように言われてるんだし」
「……」
俺はベイタに折られた左腕の位置を整えると、神力を左腕に集めて骨と肉を再生させていくと同時に動体視力の強化も行っておく。
どうやらベイタの奴は自分の欲を優先して一人で俺を殺すつもりらしい。
今の状況ならありがたいと言えばありがたいが……それ以上にムカつく。
『アキラよ。言っておくが、左腕は一時しのぎに近い。あまり無茶はするなよ』
「(分かってるよ)」
「くっくっく、流石は神を丸々一柱取り込んだだけの事は有る。間違いなくポッキリ逝ったはずなんだがな。まあいい、準備完了だって言うならそろそろやり合おうぜ」
「便利な体だねーカッコウさん羨ましいです」
俺如き何時でも殺せると言わんばかりのベイタと真旗カッコウの態度が、そうやって舐められる程度の実力である俺自身が、そして死者を愚弄し改変する『軍』と言う存在が。
だから俺はツツタクトと羽衣を構えると、操れるだけの力を全身に漲らせる。
「行くぜオラァ!」
動体視力の強化によって並のモンスターの動きなら止まっているかのように見えるはずの世界をベイタは腕を振りかぶりながら普通に進んでくる。
なるほど確かにこの速さならさっきのように対策をしていなければ反応できなくて当然だろう。
だがな……
「舐めるな!」
「ぐっ!?」
「あらら?」
俺はベイタの拳に向けて蹴りを放って押し留めると、続けて右手に持ったツツタクトでベイタの側頭部を全力で殴りつける。
俺の一撃を受けたベイタは僅かによろめく。
が、直ぐに体勢を立て直して何でもなかったかのように構え直す。
「やるじゃ……」
「黙れ」
「っつ!?」
だから俺は追撃として予め貯めておいた右目の力を放つが、放つ直前にベイタが横に跳んだ為にその先に有った壁が氷に変化する。
だが、避けられたことを気に病む必要はない。
「避けたな」
「ちっ」
避けたと言う事は避ける必要があったと言う事なのだから。
それはつまり十分な力を込めて叩き込めば、こいつ等も氷になると言う事だ。
それならばだ。
「次はもっと強く撃たせてもらうぞ」
「それはこっちの台詞だ!」
ベイタが再び俺に接近して殴り掛かってくる。
それを俺は先程と違って受け止めたりはせずに、手足を細かく動かし、ツツタクトを軽快に鳴らし、まるで踊るように避けていく。
「アキラ!テメェ、躱してばかりじゃなくてもうちょっと真面目にやりやがれ!?」
「お生憎様。俺はお前と違って肉弾戦派じゃねえんだよ」
「この、ちょこまかと!」
「うずうず……」
ベイタの攻撃を避ける為に動かす足は特殊な歩法の一つに沿って動かされ、ベイタの攻撃をいなす為に動く手と羽衣は振付になると同時にツツタクトの音色を辺りに響かせるための動きとなる。
そしてこれらの動きによって少しずつ俺の力は高まっていく。
「うおら……」
「さあ行くぞ」
「しまっ!?」
やがてベイタが大振りの攻撃を仕掛けてきたところで俺はそれをいなし、すれ違いざまにベイタの顔に向かって右目の力を開放しようとする。
『アキラ!』
「っつ!?がああぁぁ!?」
「ざーんねーん」
「カッコウ!?」
だが右目の力を開放する直前、イースが突如として叫び声を上げ、その次の瞬間には何故イースが叫び声を上げたのか理解した俺は右目の力の放出を止めようとした。
が、僅かに力は解放されてしまい、その結果としては俺の全身の皮膚がまるで燃え上がるように痛み出す。
「テメェ何を……」
「はいはい。戦いを楽しみたいが為に全力を出さないお馬鹿なベイたんは黙ってようねー」
「ぐっ……」
『アキラ!大丈夫か!?』
「だい……丈夫だ……」
俺は表皮だけが氷になってしまったが為に燃え上がるように痛む全身の皮膚を再生させつつも何が起きたのかを改めて頭の中で反芻する。
そうだ。俺がベイタに向かって右目の力を開放しようとする直前に、銀色の液体が俺とベイタの間に割り込み、その銀色の液体には俺の身体が反射して映り込んでいた。
銀色の液体の正体までは分からない。
分からないが、ベイタの言葉からして真旗カッコウが操るものであり、俺の右目の力を反射したと言うのは間違えようのない事実だ。
「むふふふーん。何が起きたのかは理解できても、カッコウ様の操るこれが何かまでは理解できないみたいだねー」
俺は真旗カッコウの方を見る。
そこに立っていたのは大量の銀色の液体を操る真旗カッコウたちの姿。
いや、真旗カッコウが実際に複数人居るわけでは無い、銀色の液体を平板状にして鏡のようにすることによって自分の姿を映し込んでいるだけだろう。
現象だけを見るなら鏡に近いかもしれない。
が、ただの鏡で俺の右目の力を跳ね返すと言う現象はどう考えても起こりえないものだ。
故にあの銀色の液体はただ鏡に近い何かを液体状に操っているわけでは無いのだろう。
「ま、それよりもだね。早い所決着をつけるためにベイたんも本気を出そうか。彼女を殺したらお仕事終了ってわけでもないんだしね」
「ちっ、分かったよ……フン!」
『これは本格的に拙いな……』
「全く……」
そしてベイタに起こった変化を見た時、俺は真旗カッコウが言っていた言葉の一つを思い出す。
『特別にこしらえたモンスター』と言うその言葉を。
「さあて、こっからは手加減なんてしてもらえると思うなよ?俺が与えられたのは加減が殆ど効かない能力だからなぁ」
気が付けばベイタは上半身の服を脱ぎ捨て、全身の筋肉を今までよりも一回りは確実に大きく膨らませていた。
だが何よりも俺の目を惹いたのは、そうして膨れ上がった筋肉から放たれる大量の熱と蒸気。
それは俺に危機感を抱かせるには十分すぎるものだった。
「どうしたもんかなこれは……」
俺は苦笑と冷や汗を浮かべつつ思わずそう呟いてしまった。
当然の様に特殊能力持ちですよ