第71話「模倣の迷宮-2」
「この『迷宮』に入れられた時に見たあの顔、そうですよね」
「真旗カッコウ……また随分と久しぶりな顔と名前が出てきたものですわね」
「久しぶりなのには……まあ、アタシも納得するかな」
アタシは自分たちが引き摺り込まれ、飛ばされた『迷宮』の一室の内装を確認しながら一緒の部屋に飛ばされた穂乃さんと風見さんの二人とこの『迷宮』にアタシたちを飛ばした旗杖持ちの人影について話す。
「お二人はどうして真旗さんがあそこに居たと思いますか?」
「普通に考えれば金本バンドと同じでしょう。恐らくはモンスターの擬態です」
「ま、それ以外は有り得ないだろうね。でないと行方不明になってから今まで何をしていたかの説明が付かないし」
アタシはこの場に居る全員の役割を頭の中で整理する。
アタシがアタッカー・サーチャーで、穂乃さんがシューター・ヒーラー、風見さんがサーチャー・シューターだったかな。
うん。狙ったかのようにあの場に居た六人の中でサーチャーとして働ける二人が同じグループに集められてる。と言うか間違いなくこれは狙われたね。でなければサーチャーとディフェンダーと言う最も重要な二種類の役目が完全に分断されるのは流石に無いと思う。
アタシと穂乃さんに関しては飛ばされる時近くに居たからまだ分からなくもないけど。
「そもそも外見や武器はともかく、性格がまるで違うしね。アタシの知る真旗カッコウと言う女性はあんな不自然なほど明るい話し方をする女じゃなかった」
「確かにそうですわね。そう言えばソラさんはトキさんと一緒に彼女とグループを組んでいた事も有りましたけど……」
「アタシはそこまで深い付き合いじゃなかったよ。仮にアレが真旗さんの素だったなら、それを知っているのはトキ姉ちゃんぐらいだろうけど……アレが本物でも偽物でもやる事は変わらないし」
アタシは扉を開け、部屋の外の様子を窺いながら穂乃さんの言葉への受け答えをする。
実際、アタシが彼女と一緒に居たのはトキ姉ちゃんがグループを組むことを提案してからの一ヶ月程だったが、あんなに弾けた真旗さんの姿は見た事が無かった。
だからアタシとしてはあの真旗さんは偽物だと判断しているし、アキラお姉様含め人間側に牙を剥き、モンスター側に付いた以上はたとえ本物であっても許す気はないけど。
「うん。とりあえず味方の影も無いけど、敵影は無し」
「分かりました」
「分かりましたわ。では、出来る限り先を急ぎましょう。私たちの所にしかサーチャーが居ない以上、アキラ様たち三人を見つけ出すのは私たちの役目です」
「だね。この状況を全員で生き残れるかはアタシたち次第だと思うよ」
そしてアタシは穂乃さんたちを先導する形で『迷宮』の探索を始めた。
さて、早い所アキラお姉様とトキ姉ちゃんを探し出さないと。
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「ディフェンダー、ヒーラーに」
「ディフェンダー、ジャマーですか」
光が止んだ後、私と布縫さんは直ぐに背中合わせになって周囲の警戒をし、何も起きなかった事から先程やっと警戒を多少緩めると共にお互いの手札を晒していた。
「さて、どうしましょうか?戦いになったら確実に逃げるしかないですよね」
「そうですね。人間や小型のモンスター相手ならともかく、中型以上のモンスターを私たちだけで倒しきるのは無謀でしょう」
「それに人の姿をしたモンスターもですね」
「……」
私の言葉に布縫さんは何か言いたげそうな顔をしつつも何も言わずに黙りこくる。
きっと布縫さんは私たちをここに飛ばしたフードの女性について聞きたいのだろう。けれど私から言えるのはただ一つ。
「布縫さん。アレは間違いなく真旗カッコウさんでは無く、彼女の姿を借りたモンスターです」
「その……根拠は?」
「真旗さんはモンスターに両親を殺されています。そして彼女はそのことで異常なまでにモンスターを怨んでいた。だからこそ人一倍努力をし、当時の……いえ、今でもアキラさん以外の人では間違いなく太刀打ちできないだけの実力を有することになった。そしてその実力と危うさゆえに私は彼女を同じグループに入らないかと誘ったんです。そんな人が『迷宮』とそこに巣食うモンスターの味方をすると思いますか?」
「そう……だったんですか」
「尤も、グループを組んでから一月ほど経ったところで布縫さんも知っての通り、真旗さんは突然居なくなりました。その時に何があったのかは今でも分かりませんし、そのせいで一瞬彼女が本物だと言うささやかな希望に囚われてしまったのも事実ですが」
だから先程は思わず動きを止めてしまって『迷宮』に私たちを飛ばすと言う行為を成し遂げられてしまったが、次に出会った時は躊躇いなく攻撃し、油断なくその攻撃から皆を守ると私は決めていた。
それにだ、本当のことを言えばアレが真旗さんでない事は他の情報源からも分かってる。
「……。近くには居ない……か」
「へ?」
「何でもないです」
私は耳を澄まし、近くに布縫さんと私を除いた音を立てるものが居ないかを探るが周囲は静寂に包まれていた。
どうやら音を立てるものは何も無いらしい。
「……」
この異常とも言える聴覚に気づいたのは、巨人型のモンスターの事を指し示していると私が思っていた予知夢をつい先日再び見た時だった。
どの神様がどうして私にこんな力を与えたのかが分からず、それ故にこの力を使う事にどのようなリスクがあるのかも分からないために今までずっと使っていなかった。
けれど、今の状況ではこの力に頼るしかないでしょう。
それに、この聴覚のおかげであの真旗さんの姿をしたモンスターが呼吸を模した動きはしていても心臓を動かしていないのがその拍動音で分かり、モンスターだと断定できたわけなのだし。
「急ぎましょう。敵が私たちを『迷宮』に放り込むだけで終わりにするなどと言う事はいくらなんでもこの状況を楽観視しすぎでしょうから」
「そ、そうですね。急ぎましょう」
そして私たちは部屋の外に出ると、先程まで居た屋敷の通路を模したような『迷宮』の中をゆっくりと警戒しながら移動し始めた。
ソラ、アキラさん、皆、どうか無事でいてくださいね。
真旗カッコウとは?と言う回でした