第70話「模倣の迷宮-1」
「ここは……」
フードの女の行動によって発せられた光が止んだ後、気が付けば俺が立っている場所は屋敷のホールでは無く、幾つかの箪笥が置かれ、絨毯が敷かれた小部屋のような場所だった。
「イース……」
『ああ、間違いないだろうな』
一見すればただ単に場所が移動しただけのようにも思える。
だが現実は違う。
この身に纏わりつく空気と周囲に漂う不穏な気配から考えても間違いないだろう。
ここは……
『ここは『迷宮』だ』
「はぁ……見事に引き摺り込まれたと言うわけか」
俺はイースの言葉に溜め息を吐きながらも、とりあえず自分が今居る部屋の構成と身体の状態を確かめていく。
部屋の方は……さっき見た以外だと木製の扉が一つ付いている事と、壁が石膏のような物で出来ている事ぐらいしか取り立てて言う事は無いか。
身体の方は流石に右腕の傷はまだ塞がっていないが、それ以外の浅い傷は既に再生完了済みで、その右腕の傷にしても止血はしてあるからその内勝手に塞がるだろう。
装備品については欠損無し。
まあ、元々使ってなかったしな。
『で、これからどうする?』
「此処に留まっている意味は無いし、とっとと他の皆に合流するために動き出すつもりだけど?」
『手がかりも何も無いが、それしかないか』
「そこは足で稼ぐとかしてどうにかするしかな……」
「ちょっと待つでやんすよ!」
「『!?』」
で、状態の確認も終わったところで、俺は他の皆を探すために部屋の扉に手を掛けようとするが、その前に何処からか声が聞こえてきた為に俺とイースは身構え、声がしたと思しき方を向く。
「こっち、こっちでやんす!あ、敵じゃないから攻撃はしないでくださいでやんす!」
「いいから姿を表せ」
「ちょ、ちょっと待ってくれでやんす」
そして俺が声がしたと思しき辺りに言葉を投げると、その何も無かったはずの場所に小人の様なものが現れ、続けてそれが普通の人間大の大きさにまで膨れ上がると言う驚くべき変化が起き、俺もイースも外面には出さなかったが、現れた人物の顔も含めて内心では大いに驚く。
現れた人物は……
「ふう。久しぶりでやんすね。ホワイトアイスさん」
「確かに久しぶりだな……三理マコトだったか」
「正解でやんす」
かつて俺と同じように治安維持機構討伐班候補生第一部隊に所属していた三理マコトだった。
ただ、一応は見知った顔が現れても、それが警戒を崩す理由には俺もイースもならない。
それはついさっき金本バンド=ミミックと言う人に擬態する能力を持ったモンスターを見たばかりであり、あの『迷宮』で仲間を失って精神に疾患を抱えたはずの三理マコトがここに居る理由が分からないためであるが。
「その警戒は正しいでやんすよ。あっしの方からはホワイトアイスさんが本物なのは分かるっすけど、そっちからは分からないでやんすからね。と言うわけでこれが証明代わりの物っす」
「これは……」
三理マコトの姿をした者から認識票のような物が投げられ、俺はそれを受け取る。
それには三理マコトが治安班に現在所属している事を表すものだった。
ただ、残念ながらこの程度の物では証明にならないだろう。
そう思って俺は三理マコトに視線を向ける。
「分かってるっすよ。だから認識票に神力を流し込んでみてください。そうすればあっしがここに居る理由も分かると思うんで」
「ふうん……なるほどな」
『ふむ。書名から漏れ出ている神力は確かにその神の物だな』
俺の視線の意味を察したのか三理マコトはそう言い、俺はその言葉に従って認識票に力を流し込む。
すると、認識票の絵柄と内容が変わり、三理マコトの本来の所属であることが諜報班である事と、連絡役として俺に付いていたことが複数の神と総班長の署名と共に記載されていた。
なるほどな。総班長の名はともかく、流石に神の名と力までは早々には偽造できない……か。
「分かった。一応は信じておく。怪しい動きをしたら容赦なく切り捨てるけどな」
「賢明な判断に感謝するっす」
と言うわけで、完璧にはまだ信用できないが、一応は信頼しておく。
ただまあ、一緒に行動するならこれぐらいは確認しておかないとな。
「じゃ、この部屋を出る前に質問と言うか確認」
「何すか?」
「契約している神の名前と装備品、それに『迷宮』内でこなせる役割について教えてくれ。相手の手札ぐらいは確認しておかないと戦略も戦術もたてられない」
「ああ、それは確かにそうっすね」
俺の言葉に納得したのか、三理マコトが自己紹介を兼ねる様な形で自分の能力を語っていく。
その言葉によれば、彼が契約している神はサルタヒコにスクナヒコであり、サルタヒコとの契約によって目的地まで出来る限り安全かつ早い道を見極める直感を、スクナヒコとの契約によって自身の体と身に付けている装備品を小さくする力を授かっているとの事だ。
『迷宮』内での役割としては、先述の先導能力によるサーチャーと、対モンスター用の薬品を塗布した短剣を用いることによるジャマーとしての役割をこなす事が可能らしい。
装備品については『迷宮』内では使えない通信用の器具に、短剣が替えを含めて数本、薬品が多数だそうだ。
で、話を聞き終わった感想としては何と言うか……
「バランスがくそ悪いパーティーになりそうだな……」
『シューター・ジャマー・エンハンサーにサーチャー・ジャマーか……』
「いや、それをあっしに言われても……」
思わずため息を吐きたくなるような気分だった。
とりあえず俺の右目で氷に変えられるような小物以外からは逃げる方針で行った方が良さそうだな。
近接戦闘になったらキツいなんてものじゃすまない。
「まあいいや、とりあえず一番近くに居る味方の場所まで先導をよろしく頼む」
「それは良いっすけど……その前に一つ話をしておいていいっすか?」
「何だ?」
俺は目だけで三理マコトに対して手短に済ませる様に言いつつも話を促す。
勿論この場に関係ない話ならば即座に切るつもりでだが。
「あっしたちを『迷宮』内に放り込んだあのフードの女についてっす」
「……。知り合いなのか?」
ただ、どうやら今の状況に深く関わる話になりそうであったため、俺は聞く体勢を改めて整える。
そして三理マコトは語りだす。
「あの女は、あっしの目と耳が確かなら真旗カッコウと言う名前の治安維持機構討伐班候補生第一部隊に所属し、田鹿姉妹と組んでいたことも有る女っす」
あの女が何者であり、どのような人物であったかを。
強制的にパーティ分割でございます
09/06誤字訂正