第69話「とある貴族の誘い-4」
「な、何ですのこれは……」
「少なくとも『迷宮』の主相当の何かではあると思うぞ」
「ぐううぅああはぁああ……」
俺たちは構えを取ったまま改めて先程まで金本バンドの姿を取っていたそれの姿を見る。
それは上顎から上の部分こそ金本バンドのままであったが、それ以外は四肢も胴も下顎も醜く大きく膨れ上がって俺たちの倍ほどの体高になり、肉と肉の隙間からは先が鋭く尖った金属製の刃が大きく突き出している。
爪は……最初に吐きだした大量の金属片が代わりになっているのか。
肌の色がそのままでは無くて灰色に近い物になっている上に四足歩行なのが幸いだな。
この大きさでそのままの色と姿勢だったら視覚的にかなり来るものがある。
で、核である赤い結晶は……此処から見る限りでは胸にある一つだけだが、このサイズなら恐らくもう一、二個は間違いなくあるだろうな。
「はい。股間部分にもう一個ありますね。アキラお姉様」
「つまり外から確認できるだけでも最低二個って事ね」
俺の視線から聞きたい事を察してくれたのか、ソラさんがこのモンスターの核が何処にあるのかを教えてくれる。
それにしても股間か……よし、全力で潰そう。
そう思って俺は行動を起こそうとするが、その前に目の前に居るそれの口元が僅かに歪む。
「ぐびっ、ぐびびびび、これは良い……実に良い……最高じゃあないかぁ」
「なっ!?」
「喋った!?」
そしてその口から放たれるのは金本バンドの声であり、俺たちは思わず驚きの感情を露わにする。
いや、モンスターが言葉を発するのよりももっと驚くべき事がある。
もしかしなくてもコイツは……
「力がぁ、パワーがぁ、溢れてくる。溢れて来るぞぉ!ぐびひゃひゃひゃ!あいつ等も中々に粋な仕掛けをぉ残しておくものだ。これなら相手が神そのものであっても負ける気がしないぞ。喰らってやる!犯してやる!汚してやるぅ!!神だろうが巫女だろうがこの金本バンド=ミミック様がなぁ!!」
「っつ!?全員散開しろ!」
金本バンド=ミミックが腕を振り上げると同時に俺は全員に攻撃を避けるように言い、俺も含めて全員が別の方向に飛んで攻撃を回避し、床に叩きつけられた金本バンドの腕は肉から飛び出ている金属片をスパイクの様に使う事で容易く床を叩き割って粉々に破壊する。
それにしても先程の名乗り……何をどうすればそうなるのかは分からないが、どうやらこのモンスター……金本バンド=ミミックには金本バンドの意識があるらしい。
いや、正確には金本バンドの意識を模しただけの別の何かの可能性もあるが、どちらにしても問題なのは、コイツは人間としての思考能力とモンスターとしての戦闘能力を兼ね備えた存在である可能性が高いと言う事実だ。
「全員、迂闊に仕掛けるな!コイツは明らかに普通の『迷宮』の主よりも更に格が上の相手だ!」
「「「了解!」」」
「げひぐぎゃげひゃびゃひゃびゃ、いいぞぉ、エスケープするだけのネズミを狩っても面白くも何ともないからなぁ……精々このボディの力試しになれぇ!!」
金本バンド=ミミックが俺を対象に再び腕を振り上げて叩きつける。
勿論俺はそれを難なく躱すが、その次が今までとは違った。
「ぎげひゃひゃぎゃ!全身を穴だらけにしてやる!」
「ぐっ!?」
「アキラさん!?」
「アキラお姉様!?」
腕を叩きつけた直後、肉と肉の間に挟まっているだけと思われていた刃が一斉に俺の方を向き、まるで矢の様な速さで俺に向けて射出される。
俺は飛んでくる刃に対して右目の力を行使するが、どうやら細い糸のような物で金本バンド=ミミックの体と繋がっているらしく表面から先は氷にならず、やむを得ず俺は羽衣とツツタクトを使って軌道を逸らそうとするが、それでも逸らしきれずに全身に浅い切り傷と、右腕に一本の刃が突き刺さる。
右腕に刺さった刃は痛いと言うよりは熱いと感じた。
だがしかしだ。この刃と金本バンド=ミミックの身体が繋がっているのならそれはそれで手がある。
「ささっ……ぴぎいやあぁ!?」
「お生憎様。俺の血はただの血じゃねえっての」
俺にダメージを与えた事に興奮する金本バンド=ミミックを尻目に俺は自身の血に秘められている力を開放、刃とそれに繋がる糸、そして金本バンド=ミミック本体の熱を奪っていく。
「分離ぃ!?分離ぃだぁ!」
「ちっ……」
が、本体の体を僅かに凍らせたところで切り離されてしまう。
そのために俺は切り離された時点で自分の身体から刃を引き抜き、全身各部の出血は傷口を凍らせることで止めておく。
これで後は俺の身体の再生能力なら何とかできるだろう。
それに十分な隙は出来た。
「ふん!」
「燃え尽きなさい!」
「ぎひいぃ!?」
俺が傷口の処理をした瞬間、俺に意識を向けていた金本バンド=ミミックの隙を突く形で穂乃さんが無数の火球を放って視界を潰し、ソラさんが股間の方の核に向けてハンマーを振り下ろして破壊する。
「よくやった!」
「この……」
「で、全員身を隠せ!」
そして金本バンド=ミミックが核を破壊された痛みから立ち直る前に俺も含めた全員が距離を取り、適当な物陰へと身を隠す。
「アバズレ共がよくもやってくれたな!!」
俺が隠れている場所の向こうから、何かが突き刺さるような音が鳴り響き、近くの床にも何本もの刃が突き刺さる。
そしてそれは何度も何度も俺たちを侮蔑する大声と共に繰り返し行われ、ホールの至る所に穴が開けられていく。
さて、残る核は確認できる限りでは後一つだが、どうやって倒すか……。
「よくも……よくもやってくれ……ん?」
「なんだ?」
と、ここで突然怒り狂っていたはずの金本バンドの声に理性が戻り、その事を怪しんだ俺は物陰から顔だけ出して様子を見る。
「何だ貴様か……招かれざる客の掃除は終わったのか?」
「だいたいはね。わざわざカッコウちゃんの手を煩わせるまでも無いような相手だったけど」
そこに居たのはフードを被った何者か。
金本バンド=ミミックと会話している事から鑑みるに、アレこそが金本バンドの裏に居る何者かだろう。
「こちらは貴様らの与えてくれた力のおかげでもうすぐだ。少々膨らみに欠けた体だが、どうせなら後で貴様も私の下に敷いてやろうか。ぐひ、ぐひひひひひ……」
「ふうん。でも悪いんだけどさ。カッコウさんにも予定というものがあるのですよ」
「何?」
だがしかしだ。
何処か雲行きが怪しい。
フードの方が、フードの下から旗の付いた杖のような物を取り出して構える。
「おい待て!貴様何を……」
「さあ、全員ご招たーい!行き先は……」
「っつ!?全員今すぐこの場から離れろ!!」
そして俺がフードの下に首に一本の赤い線が入った女性の顔を捉え、手に持ったその杖を振り下ろそうとする動作に嫌なものを感じて、トキさんたちにこの場から逃げる様に叫び、それと同時に俺は右目で杖を氷に変えてしまおうとする。
「模倣の『迷宮』でございます!!」
だが俺の叫びも抵抗もむなしく杖は一切の動きが阻害されることも無く振り下ろされ、床下に隠されていた鏡石のタイルから発せられる光によって周囲一帯が白く塗りつぶされた。
カッコウは絶壁!
カッコウは絶壁!!
公式絶壁!!!