第65話「裏の話」
「どうだ?」
「酷いなんて状況じゃ無いでやんすね」
ジャポテラスの一角、様々な会社の工場と工場の間にある僅かな空間であるそこで、治安維持機構治安班の制服に身を包んだ二人の男がその先への立ち入りを禁止する黄色と黒が縞模様になっている縄を挟んで会っていた。
「と言う事は同一犯か」
男の片方、大多知ユヅルの言葉にもう一人の小柄な男が肯き、手招きをして大多知を立ち入りが禁止されているその先へと案内する。
「なるほど同一犯だな……」
「相変わらずの手口で嫌になるでやんす」
大多知が案内された先に有った物……それは路地全体、それも地面からだいぶ離れた高さの壁にまで撒き散らされた大量の血痕だった。
「死体は?」
「今まで通り無いでやんす。でも、この血の量からいって生存は絶望的でやんすね。そうそう、ついでに言えば目撃情報も無ければ、神様側からの情報提供も無しでやんす」
「つまり手がかりは一切無しか」
「そうなるでやんす」
二人は淡々と話を進めていくが、小柄な男の方は微妙に不快感を露わにし、対して大多知はいつもの事だと言わんばかりの顔をしている。
尤もこれは二人の間にある経験の差ゆえにだろうが。
「それにしても妙な事件でやんす。二週間前から始まって既に三件同じような事件が発生しているのに、被害者と推定される行方不明者の名前は上がっても、死体は勿論、不審人物の目撃情報に事件が起きた時の話すら出てこないでやんす」
「加えて言うならこの大量の血痕を隠そうと言う意図も見られないな。その癖、足跡が残ったりしないように気を付けているし、死体は何かしらの方法で跡形も無く持ち去っている。正直、私はそっちの方が気になる」
「普通の人間は犯罪を犯したらそれを隠そうとする。でやんすか?正直こんな奇怪な事件を起こす奴にそんな常識は通じないと思うでやんすよ」
「常識は通じない……か。確かにそうかもな」
二人は既に乾ききって赤と言うよりは黒に近くなっているそれを観察しながら、この惨劇を起こした犯人が何処にどのような方法で逃げたのかを推測し合うが、両者とも満足のいく答えは得られなかった。
ただ、大多知には死体を持ち去る意図については確証こそないが幾つか心当たりがあった。
それは決して当たってほしくない部類の考えではあったが、大多知は自身の職務上可能性が有る物は全て調べるべきと考えていた。
「例の男の周囲に動きは?」
「金本バンド自身には動きは無いっす。けど何度か例の連中が金本の家に出入りしているのは確認してるっすね」
「では聞くが、その例の連中は家に出入りする時に荷物のような物は持っていたか」
「これを起こした奴が金本バンドの裏に居る奴だと考えているんすか?言っておきますけどあっしとあっしの仲間たちが確認した限りじゃ家を出る時も入る時も連中は手ぶらだったすよ。仮に死体を持っているとするならどうやってそれを隠すんすか」
「さあな?だがしかしだ。オモイカネ様の知識によれば、神の中には生贄を求める神もいると聞く。ならば死体を何かしらの形で利用するような神が居てもおかしくは無いだろう。それにこの世ならざる世界を作りあげる神もだ」
「…………」
大多知の言葉に男は黙る。
仮に大多知の言葉が真実ならば、行方不明者たちの体は相当碌でもない事に使われている可能性が高いからだ。
それこそ男がかつてグループを組んでいた一人の青年のように。
「屋敷に潜り込んだ方がいいでやんすか?もう危険性とか違法性とかを理由に踏み込まないでおくなんて言う次元じゃないっすよ」
「そうだな。相手の行動次第では最悪ジャポテラス全体が危機に晒される可能性も否定はできない」
「なら……」
「だが相手は神の力をもってしてもこの場で何が起きたかを晒せず、屋敷の中を見渡せないようにする何かを持ち合わせている相手だ。たかが人間一人が踏み込んだところで返り討ちにあって死体を何かに使われるだけだろう。それこそ踏み込んだのが元討伐班候補生で対モンスターの戦闘能力をきちんと有する人間でもな」
「くっ……」
大多知の言葉に男は悔しそうな表情を浮かべる。
いや、実際悔しいのだろう。
何か恐ろしいものが蠢いていて、それを察知して止めるのが自分たちの役割だと言うのにそれを果たせないのだから。
だがしかしだ。
「分かっているだろう。生還できないだけならまだいい。だが私たち諜報班はそれぞれがそれぞれに数多くの情報を握っている。中には知られてしまえば取り返しのつかない情報もある」
「それを知られないためにも諜報班は必ず生きて無事に戻らなければならない。でやんすか」
「そうだ。中には死者から情報を引きずり出せる力を持った神も居るのだからな」
「……」
その言葉に納得したのか、納得していないのかは分からないが、男は表情を消してこの場を去ろうとする。
だがその前に大多知は男の背中に向けて一言告げる。
「そうしょげるな。その時が来たなら、諜報班の中でも貴重な戦闘能力を有し、彼女と面識も有るお前は能力も有るがまず間違いなく前に出る事になる。今はその時に備えておけ」
「……。分かったでやんすよ」
そしてその場から男も大多知も自らの表向きの務めを果たすために去った。
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とある貴族の屋敷。
「私の準備の方は招待状以外は完了したぞ。貴様らの方はどうなんだ?」
「問題ねぇ。準備の方はほぼ終わってるから予定日には何の問題も無く始められるぞ」
「そうか!ふふ、ふふふふふ、ふはははは!やっとか!やっとあの女どもに我が裁きの鉄槌を下すことが出来るのか!!」
「パチパチパチー喜んでもらえてカッコウさんも嬉しいですよ?」
「何で疑問形なんだお前は……?」
「では、残りの私の仕事はこの招待状を送りつけてやるだけという事だな」
そう言って男はズボンのポケットから一枚の薔薇柄の便箋を取り出す。
それを見ていた二人は声には出さなかったが男の方は苦笑いを浮かべ、女の方は箪笥の影で腹を抱えていた。
「ふふふ。そう言う事なら私はこれからこれを出しに行く事に……」
「おっと、その前に一ついいか?」
貴族の男が便箋を片手に部屋の外に出ようとするが、その前に男の方が立ち上がりながら貴族の男に声を掛ける。
「なん……」
そして、この日を最後にそれまで毎日屋敷の外に出ていたのが確認されていた貴族の男……金本バンドはその姿を見せなくなった。
誰でやんすかねぇ?