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第62話「氷鏡の儀・裏」

 アキラとイースがツクヨミとサーベイラオリの二柱との会合を終えた同時刻。

 特務班寮の地下、ソラの部屋ではソラが床の上に正座して虚空から響いてくる声に耳を傾けていた。


『分ーーーーー』

「はい。委細承知しました」

 虚空から響く声の主はソラ自身が契約している神であるサーベイラオリであり、話の内容はツクヨミがアキラとイースの二人に話したものと同一であった。


『次ーーーーー巨人ーーーーー敵ーーーーー』

「分かっています。先日の様な失態を繰り返す気は毛頭ありません」

 サーベイラオリの言葉にソラの顔が歪み、悲しみや後悔と言った感情が浮かび上がる。

 ソラが思い出すのは荒野の様な『迷宮』で繰り広げられた巨人との戦いの光景であり、油断から自分の双子の姉であるトキを失いかけ、場合によっては自分が助ける対象であるアキラも含めて全員が死ぬ事もあり得たと言う状況。


『分ーーーーー構ーーーーーこれーーーーー積むーーーーーです』

「はい。次こそは必ず。必ずやアキラお姉様の命もトキ姉ちゃんの命も危険に晒さずに敵を倒させていただきます。相手がどんな手を打とうが、どんな策を講じようが、どれほど強大であろうとも必ずです。もうあんな思いはしたくありませんから」

『期ーーーーーす』

 ソラが決意を固めると同時にサーベイラオリは期待の言葉を告げ、ソラの部屋から気配が消え去る。

 そしてソラは軽く瞑想をしてから眠りに就いた。



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 同じく同時刻、タカマガハラの一室。


「また見せてあげてるの?」

「まあねー、これぐらいしか出来ないとも言うけどさ」

 アマテラスとエブリラは水が張られた盆を間に挟んで話をしていた。

 ただ、盆の中を覗けば、そこには盆の底では無く特務班寮で少々悩ましげな顔をして眠っているトキの顔が映っているのが分かるだろう。


「彼女にしてみれば既に終わったはずの予知夢をまた見るんだから悪夢なんてものじゃないだろうね」

「正確に言えば予知夢じゃなくてジャポテラス全体に存在している物体の動きを素粒子レベルで観測し、観測結果から未来に起きるであろう事象を予測、その予測結果の内で彼女に関わりのある部分についての事象予測を解析の度合いを大きく劣化させた上で、視覚では無く重力知覚と言う特殊な感覚で感じる夢と言う形にして送り込んでいるだけなんだけどね」

「ちなみに的中率は?」

「当然だけど遠い未来になればなるほど下がるね。素粒子の動きを示すものとして混沌変数が有るせいで私にとって都合のいいように組み立てた世界でも絶対に当たるものでも無いし、その上未来予知そのものが未来の事象への干渉とも取られる。加えてアマテラスちゃんたちを筆頭に何千何万と言う神が人間への干渉を行っている世界だからねぇ。予測を劣化させたおかげである程度幅広く解釈を出来るようにはしているけれど……そうだね。七割も有れば御の字でしょ」

「うん。それ十分すぎるから」

「そう?」

 アマテラスは相変わらず微妙にズレている目の前の友人の言葉に嘆息しつつも、盆の中に映る少女が慕い仕える元男の少女の事を思う。

 恐らくは目の前の友人の母親の一人がやった事なのだろうが、比較的平々凡々で終るはずだった運命が随分と波乱万丈なものへと変化させられたものだと。


「で、そろそろ『ミラスト』からは去るつもり?」

「この子に向かって定期的に夢は送ってあげるけど、この件の決着がつくまでは分体も含めてもう送らないつもり。サニティお母様の言葉も有るけど、正直に言ってミリタリーお母様自体私はあんまり好きじゃないから出来れば命令をされたくないしね」

「それは……」

「私を造った時のお母様に似てるからだよ」

 アマテラスが話題を変えると、それに合わせる様にエブリラは盆の水を乱して夢を送るのを止め、その表情を暗いものに変える。

 アマテラスはこの友人の詳しい生い立ちまでは知らない。

 神にとって自らの生い立ちや正体と言うのは己の本質に大きく関わる事であり、それを知られると言う事は様々な場面で不利な立場に追いやられる事であるからだ。


「ま、詳しくは話さないし、話せないけどね」

「エブリラちゃん……」

「とりあえず外で何か有ったら妹か弟でも寄越すよ。特に最近はそう言う連絡に使い易い子も加わったしね」

「うん。よろしく」

「それじゃあ、さよならなのニャー」

「バイバーイ」

 そしてエブリラは右手を拳銃を模した形にすると自身のこめかみに当てて何かの力を発動、こめかみからエブリラの全身が消し炭の様に真っ黒に染まり、全身が黒く染まると今度は手足の末端部から跡形も無く崩れ去っていって最終的には跡形も無くこの場どころかこの世界から消え失せる。


「まったく、分体とは言え自滅術式を使うとかやっぱりエブリラちゃんはズレてるなぁ。一度見せたんだからそれを活用しろって言いたいんだろうけど」

「ん?姉貴あの女は?」

 と、エブリラが消えてからしばらく経った後に部屋の中に用が有ったのかスサノオが入って来て質問を投げかけるが、その問いにアマテラスは軽く微笑むと、


「もう帰ったよ。さて、私もちょっと気合を入れて真面目にお仕事をしないとねー」

「?」

 それだけ言って困惑するスサノオを尻目に部屋から去り、後には水入りの盆だけが残されることとなった。



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 さらに同時刻、ジャポテラス内のとある貴族の屋敷。


「つまりこの女が欲しいから何か策を講じろ。と」

「ああそうさ。この私に恥をかかせた穂乃とあの女に生きている事すら嫌になるような恥辱を味わせてやるのさ。金ならいくらでも払うし、私に出来る範囲でなら協力もしてやろうじゃないか。勿論周りに居る他の女は貴様らにくれてやる」

「腰まで届く白髪にこの世のものとは思えない美貌ねぇ。カッコウよりも良い声で啼くのかな?」

「知らん。いいからとっとと策を出せ!貴様らが拠点として使っている此処が誰のものか分かっているのか!」

 そこでは若い貴族の男とそれに相対するように一組の男女が数枚の紙を手元に置いて会話をしていた。


「分かっている。分かっているがどうにも気乗りが……ああ、うん。そうか。ならこれが良いか」

「へぇ……カッコウちゃんビビッと来ちゃいましたねぇ……くすくすくす、ならしっかり準備をしなきゃ」

 と、紙に目を通していた男女はそれぞれ別の部分で目を留め、同時に何かを閃いたかのように呟き笑い出す。

 その光景に男は薄気味悪いものを感じるが、同時にこの表情を浮かべた時のこの男女が一度の失敗もしていないない事を思い出し、期待に胸を膨らませて舌をなめずる。


「いいだろう。アンタにも少々の協力をしてもらうが最高の仕事をしてやろう」

「ふふふふふ、今から驚く顔が楽しみだなぁ」

「ああ、よろしく頼んだぞ」

 そして首にうっすらと赤い線が入った一組の男女は書類を蝋燭の火で燃やすと貴族の男に幾つかの言葉を告げてから動き出した。

イヴ姉様がやっているのは所謂ラプラスの魔ですね。

まあ、本人も言っている通り絶対ではないのですが。

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