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第61話「氷鏡の儀・答」

『誰とは酷いなぁ。初対面だからしょうがないけれど』

『……』

「えーと?」

『いや、我も会った事が無い方だ』

 鏡の向こうで少年が明らかに表面上だけですと言った様子で溜息を吐き、俺はそんな少年の様子を見つつイースにこの少年の正体について訊いてみるがイースも知らないらしい。

 俺は改めて鏡の向こうに居る二人の容姿を観察する。

 前で胡坐をかいて座る少年は目の色以外には特に際立った部分は無い。普通の髪で、普通の絹製の衣服だ。

 しかし、ただ座っているだけでも気品のような物を漂わせている事から察するに位の高い神であることぐらいは察せる。

 もう一人の女性の方は……うん。格好からして色々とおかしい。

 下半身は床まで着く長いスカートのような物のせいでどうなっているかは見えないが、恐らくは鼻の上から足の先までを拘束衣で包んでいると言う格好も変だし、先端だけが赤くなっている白髪も床に着く程長くて印象的だし、肌はまるで墨のように黒く普通の人間で言うなら目が有る場所には目が無くて代わりに眉間の辺りに巨大な目が一つ付いているのも俺が知る一般的な神とは大きく違う姿だ。

 ついでに言えば身長も比較物が無いから分からないが、恐らく俺より頭一つ分以上は大きいだろう。

 結論として、凄く平凡な少年と特徴があり過ぎる女性と言う奇妙な二人組が目の前にいるとしか判断できないな。


『とりあえず自己紹介といこうか。僕はツクヨミ。アマテラス姉さんの妹にしてスサノオの兄である『三貴子』の一人だ。で、こっちが『千界通』のサーベイラオリ。君も知っての通り高い索敵能力を持つ神だね』

『……』

「『…………ツクヨミ様!?』」

 と、ここで少年が自己紹介をし、それに合わせて女性が頭を下げてくれたのだが……名乗られた名の大きさに思わず俺とイースは顔を見合わせる。

 しかも隣に居るのは俺の記憶が確かならソラが契約している神である。

 何と言うか……うん。自己紹介の中に何かおかしい文言が有った気もするが、そんなのが気にならない程の存在だった。


『じゃ、自己紹介も終わったところで早い所君の質問に答えちゃおうか』

『……』

「えっ!?いや、何でツクヨミ様が!?」

『君の質問内容の答えを知っているのが僕とサーベイラオリだから。そんなわけで質問が届いた時点で対応をスサノオから代わってもらったんだよ。じゃ、理解できたところで質問内容の確認と返答をしちゃうよ』

「は、はあ……」

『う、うーむ……』

 ツクヨミ様はそう言うと何処からともなく数枚の紙を取り出して俺に話を聞く姿勢になるように促し、俺とイースは慌ててそれを受け入れて姿勢を正す。


『まず君の質問だけど、『金本バンドは何故神からの契約を打ち切られていないのか』だったね』

「はい、そうです」

『じゃあ、結論から言わせてもらおう。僕とサーベイラオリが調べた限り金本バンドに力を与えている神はこの世界『ミラスト』の何処にも居ないよ』

「えっ!?」

『それは一体……』

 そして告げられた言葉に俺もイースも唖然とする。

 力を与えた神が居ない?けれど諜報班の調べでは明らかに金属系の神力を使っていたと言う報告が有ったはずだ。なのに居ない?


『分かり易くするために一つ一つ情報を開示していこうか。まず金本バンドはかつてアメノマやカナヤマヒコと契約していた。が、素行の悪さと信仰心の薄さゆえに契約を切られた。これが大体一年ほど前の話で、この件については金本バンドに力を与えていた二柱からも確認を取っているから間違いない』

「『……』」

『問題は此処からだ。契約を打ち切られたはずの金本バンドだが、何故かその後も今までと同じような力を使い続けることが出来ている。おまけに彼女……サーベイラオリならよほどの隠密能力を有する神が相手でなければ、神と人の間を繋いでいる契約の糸が見えるのだけれど、金本バンドに繋がっている糸は現在一本も存在していないそうだ』

「と言う事は、その隠密能力が高い神が力を与えていると言う事ですか?」

 俺は話の流れから新たな質問をツクヨミ様に投げかけてしまうが、ツクヨミ様もサーベイラオリ様も首を横に振る。


『答えはノー……いいえだよ。確かに彼女に見つからず人間に力を与えられる神も居る。が、そういう能力を持った神が人間に力を与えられるとしたらそれは隠密や隠蔽に関する力だけだ。これだと金本バンドが使っているレベルの金属生成・成形能力の説明を付けるのがかなり難しい』

『では、金本バンドは何かしらの方法でそのような力を扱えるようになったと?』

 どうやら神側にも俺には分からないが色々な事情があるようで、俺が言った形はまずないようだ。

 そして今度はイースがツクヨミ様に質問を投げかける。

 が、それも……


『そうだね。他の世界ならそれもあり得る。けれどこの世界にはその手の力の土台は無いし、土台も無く偶然からこれほどしっかりとした次元の力を手にする確率なんて考えるのも馬鹿らしいほどの偶然だよ。正直に言って考えるにも値しない』

『むう……』

 ツクヨミ様はあっさりと否定する。

 力を与えた神も居なければ、自力で使える様になったわけでも無い。

 一体どういう事だ?それならどうして金本バンドは力を使える?

 俺とイースがそうして悩んでいるとツクヨミ様の声が鏡の中から響いてくる。


『そんなわけで、僕とサーベイラオリが導き出した答えとしてはあの女が関わっていると考えている』

「あの女?」

『君がその姿になってから初めて会ったあの女だよ』

「『っつ!?』」

 ツクヨミ様の思いも依らない言葉に俺の両腕が唐突に震えだす。

 あの女が……あの『迷宮』の主が、軍服を着たあの女が関わっている?

 それを理解した途端に俺の腕の震えはその大きさを増していく。


『完全にトラウマになっているみたいだけど、話は続けさせてもらうよ。あの女……僕らが『(ミリタリー)』と呼ぶ女は、凡百の神とは比較にならない程強大で多様な力を有している。中にはサーベイラオリの目を掻い潜って金本バンドに力を与える方法だって有ってもおかしくない。それにこっちで調べた限り力を使う直前に金本バンドは見慣れない紋章が彫り込まれた金属製のメダルを握りしめる動作をすると言う調査報告も上がっているしね。十中八九関わっていると見て良いだろう』

「そう……ですか……」

 ツクヨミ様の言葉に俺は無理やり腕の震えを抑えようとする。

 ああそうだ。いつかは必ずまた関わる事が分かっていた相手だ。ただそれが早いか遅いかでしかない。次に出会ったなら全力でやり合う。ただそれだけだ!

 俺が心の中でそう決断すると共に腕の震えは少しずつ収まっていく。


『そうだね。恐れない者に絶対の勝利は無いけれど、恐れ過ぎる者には敗北しか無い。だからそれでいい』

「すみません。話の腰を折ってしまって」

『別にいいよ。話すべき事はだいたい話し終わっているから。いずれにしてもこの先金本バンドと関わる事になったのなら注意しておいた方がいい。彼本人はともかくその後ろには必ず何かしらの化け物が潜んでいるはずだからね』

「『分かりました』」

『じゃ、頑張ってね』

 ツクヨミ様が励ましの言葉を言い、サーベイラオリ様が頭を下げると同時に氷の鏡が解けて水に変わって会話が終わる。


「ふぅー……」

『はぁー……』

「『疲れた……』」

 そしてそれと同時に俺もイースも疲労感からその場にへたり込んだ。

 とりあえず明日になったらこの情報を特務班と諜報班で共有しておくぐらいはしておかないとなぁ……。

ツクヨミ様、サーベイラオリの両名とご対面です。


あ、ツクヨミ様は月の満ち欠けの如く、男にも女にも少年にも熟女にもなれます。


08/29誤字訂正

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