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第58話「とある貴族とは-1」

「田鹿さんたちにはこちらから連絡しておきましたわ」

「ズズッ、うん。ありがとう」

 さて、実際に助けられたと言う事で俺は穂乃さんたちと一緒に先程の現場から程近い場所に在った茶店に入っていた。

 うん。ほのかな甘みと適度な渋みを持つ紅茶と味わい豊かなクッキーの組み合わせが美味しく、華美にならない程度に高級感がある店内の雰囲気とも上手く噛み合っている。

 ちなみに今俺たちが居る店は俺の薦めでは無く穂乃さんのお薦めである。

 まあ、グレイシアン出身と言う事にしてある庶民の俺よりは、根っからジャポテラス貴族である穂乃さんが薦めるお店の方が良いのは当然だからしょうがない。

 尤も流石に支払いに関しては俺が払うが。

 金が足りるのかって?特務班総班長って『迷宮』攻略の特別褒賞も有るけど危険に見合うだけの給料が払われるから問題なしだ。


「で、実際の所あの男は何者だったんだ?正直かなり気持ち悪かったんだけど」

「私の実家である穂乃家と同格の貴族である金本家の三男坊ですわ。名前は金本(かなもと)バンド。私が現在把握しているだけでも三股はかけている正真正銘のクズ男ですわ。ああ、あんなのが私と同格だなんてそれだけで吐き気を催したくなります……」

「性格は傲慢でねちっこく、しかも散々女性を弄んだ後に飽きたら捨てると言う最低な行為を繰り返し、お金でこの世の全てを買えると思っている最低の男ですわ」

「どうにもあまりにも素行が悪いので、金本の家でも現当主はどうにかして排除したいと思っているらしいですけど、前当主である祖父に上手く取り入っているせいで中々排除できないそうです」

 俺の質問に穂乃さんたちは一気に機嫌を悪くしつつも答えてくれる。

 うーん。穂乃さんとその金本とやらの仲がかなり悪くて話を盛っていると考えても、この様子から察するに相当色々とやらかしているみたいだな。

 まあ、その辺りの裏取りは諜報班に訊けばいいだろう。

 ところで穂乃さんの家がジャポテラスでも有数の……それこそ政治、商業、軍事のいずれにも深く関わっている名家と言うのは知っているが、穂乃さんって実家での立場的にはどうなんだ?

 俺がその辺りについて聞きたがっているのを視線から察したのか取り巻きの二人が口を開く。


「ちなみに穂乃お嬢様は穂乃家の次女ですので、家の権力を行使する。と言う点に限れば不本意ながら本当にあの男とは同格になります。誠に不本意ながら」

「ですが、あの男と違って穂乃お嬢様は力を振るうべき時を理解されていますからね。自分が面倒な事態に陥った時に、問題を解決をさせるために家を頼るあの男と比べるのは絶対に間違っていますわ」

「私はただ単に権力と言うのは、己の勝手で振るうものでは無く、己を支えてくれる者の為に振るうべきものだと判断しているだけですわ。家名もそう。家の名とは盛り立てる物であって頼る物ではありませんわ」

「なるほど」

『これがジャポテラス貴族の誇りと言う奴か』

「(かもな)」

 三人の言葉に俺は納得を示す。

 何と言うか俺と違って穂乃さんは色々としがらみが多いようだけど、それを嫌がらずにむしろ誇りに思っているみたいだな。

 その考え方はあの男よりもよほど男らしい……いや、誇り高いと言うべきか。

 俺がそう感心していると……


「尤も……それ以上に今の私はアキラ様ファンクラブの会長として、アキラ様の周りで不穏な真似をする輩を排除し、アキラ様の御威光を広める為なら家の名だろうと何だろうと使い潰す気は満々ですわ!」

「流石です穂乃お嬢様!」

「私たちも微力ながら協力させていただきますわ穂乃お嬢様!」

「…………」

『夏なのに春だな……』

 見事なしっぺ返しをされた。

 いやうん、俺が勝手に感心して勝手に裏切られただけなんだけどさぁ……でもさぁ、流石にその考え方はどうかと……俺の為に家を使い潰すとか……ねぇ。

 想いが重い……。

 うん。流石に注意しておこう。


「いや、家を使い潰すのは流石にどうかと……」

「問題ありません。元来私たちジャポテラス貴族と言うのは神を祀る祭司の一族と民衆を守るために存在している物ですわ」

「本来なら蓄えた財も力もそのために在るのです。最近の一部貴族にはその辺りの意識がどうにも欠落している輩も居ますが」

「そう言うわけで、神様の分体を憑けているほどの巫女であるアキラ様を祀り立て、協力するのには何の問題も有りません。それどころか一部の神様からは神託を通す形で推奨する声も上がっていますわ」

「尤もその神様たちの求めで祀ると言っても、ファンクラブと言う形になったわけですが」

 穂乃さんたちは自信満々にそう言い切る。

 で、現在アキラ様ファンクラブとやらの人数はおおよそ千人ほどであり、現会長は穂乃さんが務めており、何故かは知らないがトキさんが名誉顧問へ勝手に任命されているとの事。


「…………(何だろう。そう言う事を言う神に凄く心当たりのあるんだが……)」

『奇遇だなアキラ。我にもとても心当たりがある』

 俺とイースは穂乃さんたちの言葉に以前タカマガハラで出会った某女神の事を思い出す。

 うん。もしかしなくてもあの人が設立に関わっている気しかしない。


『まあ、助けて貰えるなら素直に助けて貰えばいいのではないか?』

「(変な事にならないように注意は必要だろうがな)」

「いずれにしても今後とも私たちアキラ様ファンクラブはアキラ様の為に全力で特務班を含めて支援させていただきますわ。ですから、困った時には何時でもお声を掛けてくださいませ!」

「あ、ああうん。ありがとう」

 穂乃さんが俺の両手を握り、潤んだ瞳で俺の顔を見つめる。

 そして俺が穂乃さんたちの協力に感謝をしたところでこの場は解散となった。

 支払いに関しては特務班総班長と言う立場で本当に良かったよ。うん。

金本バンドの性格を簡単に言ってしまえば仲間や部下を大切にしないクロキリです。

救いようがありませんね。


08/25誤字訂正

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