第57話「とある貴族との出会い」
さて、トキさんの機嫌も治したところで俺は開発班の本部に移動し、そこで俺は午前一杯の時間を使って茉波さんの元で『凍雲』の改良と調整を行うと同時に、俺の髪の毛や爪の切れ端を開発班へ少々提供してきた。
何でもイースと俺がしている契約上、俺の身体には大量の神力が満ち溢れているので、それらとモンスターや『箱』から回収した素材を上手く組み合わせれば素材の関係上ほぼ俺専用にはなるだろうが強力な装備を作れるそうだ。
尤も特殊な装備なので出来上がるまでには少々時間がかかるとも言われたが。
で、そんな開発班での仕事を終えた帰り道の貴族街。
「そこの白髪の御嬢さん。これから私と一緒に御茶でもいかがですか?」
「……」
なんか変なのに声を掛けられた。
俺の前に立つその男の容姿は、茶髪に青い目、軽薄そうな顔つき。
そして身に付けているのは金を無駄に掛けたとしか思えない服に馬車。
『アキラよ』
「(言われなくても)」
と言うわけで、うん。俺は男を無視してその横を通り過ぎようとする。
「ははははは、つれないなー」
「…………」
『…………』
が、完全に通り過ぎようとする前に回り込まれて俺の前に両手を広げた状態で立たれる。
しかも何処からか持ってきたと思しき茎付きの薔薇を咥えて。
何と言うか……凄くウザい。
イースも同意見なのかペシペシと俺の後頭部を尻尾で叩いてくる。
とりあえず……そうだな。股間でも蹴り上げておくか。
「君に似合いそうな茶を出すカフェを……ガハッ!?」
「ん?」
『おっ?』
俺はそう思っていつの間にか俺の手を握ってきていた男の股間を全力で蹴り上げるべく足を動かそうとするが……その前に男の後ろからその側頭部に向かって鞘付きの儀礼剣が振り抜かれ、その衝撃で男は大きく吹き飛んでいく。
「な、何者……!?」
「ふしゅううぅぅ……」
「穂乃さ……」
そして男が吹っ飛んで行った事によって、男を吹き飛ばした本人……全身から妙な闘気を放つと同時に口から奇怪な呼気を漏らしている穂乃オオリさんが立っていた。
で、穂乃さんを見た男は何だか怯えた様子を見せている。顔見知りなのか?
「アキラ様大丈夫ですか!?あの屑に何かされませんでしたか!?」
「ああ、あんな汚らわしい手でアキラ様の手を握るだなんて……」
「アルコールを!アルコールで消毒を!」
「ん……?」
穂乃さんとその取り巻き二人が俺に駆け寄り、即座に男が手に取った方の手にアルコールを含ませた布を押し付けて拭う。
どうやら三人ともこの男の事を中身まで含めて知っているらしい。
「ほ、穂乃オオリ……いったいどうして……」
「どうして?どうしてだなんて……遠目でどこぞの女誑しの屑が女性に声を掛けているから助けようとしただけですわ。尤も……」
そこまで言ったところで穂乃さんが抜剣してその剣先に以前よりも大量の炎を纏わせ、その状態の剣を男の方に向ける。
「感謝していただきたいぐらいですわねぇ……正直に言って私、貴方が声を掛けようとしている相手がアキラ様だと気づいた瞬間に本気でその首を刎ねてやろうと思ったのですけど、それでも自重しましたのよ。自分がどれだけ愚かな行為をしたのかを知らしめなければいけないと思って……ふふ、ふふふふふ……」
「な、何の話だ?」
穂乃さんが見ているだけのこちらも怖くなるような笑みを浮かべながら言葉を紡ぎ、それに合わせる様に剣に灯る炎はさらに強まる。
これは……もしかしなくても穂乃さんの感情に呼応して契約が強くなっているのかもな。
「このジャポテラス貴族の恥さらしが!貴方が声を掛け、如何わしい行為に及ぼうとした相手はタカマガハラに立ち入る事すら許されるほどに尊く清い御方であり、本来なら貴族の家に生まれついた程度の私たちでは目にする事も憚られるような御方なのですわよ!今までは私と同格の金本家の一員と言う事で見逃してきましたが、今日と言う今日は今までに誑かした女性たちの怨みも含めて骨も残らず焼き払って差し上げますわ!!」
「ひいいいぃぃぃ!?」
そして穂乃さんが怒声を張り上げ、男に切りかかろうとする。
が、その前に俺は穂乃さんの両手を背中側から掴んでその動きを止める。
「あ、あれ?」
「はいはいストップストップ」
「アキラ様!?どうして止めるのですか!?」
「流石に殺しは拙いからね。それは駄目だよ穂乃さん」
「…………」
俺の言葉に穂乃さんは理性を取り戻したのか、剣に纏っていた炎を火の粉にして散らすと刃を鞘に納める。
うん。穂乃さんの怒り方からしてこの男が今までに色々と女性関係でトラブルを起こしていたのは間違いなさそうだが、だからと言って殺して良い事にはならない……と言うかそんな男の為に穂乃さんが罪を犯すだなんて割に合わな過ぎるからな。
素直に矛を収めてくれてよかった。
「た、助けてくれたのかい小鹿ちゃ……」
「俺に近づくな」
『アキラよ容赦ないな』
「あら、嫌ですわ。本当に汚らしい」
が、この男がムカつきイラつくのは確かだし、このまま捨て置くのは納まりが悪い。
と言うわけで、俺に駆け寄ろうとした男のズボンの股間近くの空気を薄い氷に変化させ、凍っていなくてもいいと意識しておく。
すると夏場である上に先程まで穂乃さんが大量の熱気を放っていた関係で男のズボンに付いていた薄い氷はすぐさま解けてズボン部分にシミを作る。
「この程度の力にビビって漏らすとか男としては及第点以下どころか評価すらしたくない次元だから。そんな男には俺に近づく事すら勘弁してほしい」
「へっ、なっ!?」
「ボソ(流石ですわ。アキラ様)」
「ボソ(気持ち悪かったしこれぐらいはやり返さないとね)」
『ま、あの男は我も気持ち悪く感じたし、この程度で適当だろう』
そう。まるで小便を漏らしたようなシミをだ。
「「「ヒソヒソヒソ……」」」
「ま、待て!私は……」
俺がそれを指摘した瞬間、今まで俺たちの周囲で見守っていただけの人たちが途端に近くに居る他の人と何かを囁き始める。
いやー、俺に声を掛けた場所が悪かったな。
此処は貴族街のど真ん中、治安維持機構本部に繋がる道だ。人の目何ぞ腐るほどあるに決まっている。今日中にはきっとジャポテラス中の噂になっていますね。
どこぞの貴族のお坊ちゃんがナンパしようとしたら、ナンパ相手の友人である貴族の少女にビビらされてションベンをちびったと。
「あ、穂乃さん。それにそっちの二人も折角だからちょっとお茶でもしておこうか」
「あら、ありがとうございますわ。折角ですし御同伴させていただきますわね」
「「お誘いありがとうございます。アキラ様」」
「し、失礼する!覚えていろ!!」
そして俺はそのお坊ちゃんが馬車に乗って何処かに行くのを尻目に、穂乃さんたちと一緒に近くに在る適当な茶屋へと入って行った。
さて、あの手の男はしつこいのが常っぽそうだから、正体をきちんと確認しておかないとな……。
大の男が漏らすとか無いわー、マジ無いわー