第55話「新人女子歓迎会」
私が巨人の攻撃による傷で神療院に入院してから一週間後。
とりあえず傷は塞がり、後は多少のリハビリと火傷などの自然治癒待ちと言う事で私は神療院を退院することとなりました。
「いやー、本当に良かったよ」
「心配をかけてごめんなさいね」
と言うわけで、ソラとアキラさんの二人が付き添う形で私は神療院から治安維持機構本部への道をゆっくりと時間をかけて歩いていました。
ゆっくり歩いている理由としては、本来なら一週間前に開く予定だった新人歓迎女子会に特務班の『迷宮』攻略祝いを兼ねさせると言う名目を加えた関係で主賓である私たちは準備に関わらせないと言う事になったそうです。
おまけにその攻略祝いと言う名目の為に入院している私が退院するまで開催を遅らせたとか。
何と言うかそう言う話を聞くと申し訳なくなってきますね。
「それでトキさん、身体の調子はどう?」
「違和感は有りませんね。先生たちの御尽力に加えてアキラさんとイース様が手早く状態の悪化を止めてくれたおかげだと思います」
「うん。なら良かった」
『ま、我の力なら当然だな』
アキラさんが私の体の状態について聞いてきたので素直に答え、私の答えにアキラさんは頬を緩め、イース様の嬉しそうな声がアキラさんの肩の辺りから聞こえてきます。
私を氷に変える直前にアキラさんの顔に有った陰りの有る表情が完全になくなっている事を考えると、私が知らない何処かでそれを払ってくれた人が居るのかもしれません。
それはちょっとだけ悔しいですが、嬉しくも有ります。
いずれにしても暗い顔よりは明るい顔の方が良いに決まっていますが。
「と、結構ゆっくり歩いてきたけど着いちゃったな」
「でも時間的にはそろそろ良さそうですよ」
「では少々早いですが行きますか?」
「そうだな。行くとしよう」
やがて私たちは治安維持機構本部に着き、新人女子歓迎会が開かれる女子寮の食堂へと歩いていきました。
さて、どんな会になるかが楽しみですね。
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『これは酷いな……』
「はぁ……まさかこんな事になるとは……」
新人女子歓迎会が始まってから早三時間ほど。
私とイース様は部屋の隅で目の前の惨状に対して何とも言えない気持ちになっていました。
『トキよ。どうしてこうなったと思う?』
「私に言われても……」
イース様の問いに私は新人女子歓迎会の内容を最初から思い出していきます。
まず最初は穂乃さんがジャポテラス有数の貴族らしい立派な挨拶をし、アキラさんが音頭を取って乾杯しました。
で、食べ物にはアキラさんが捧げ塩を使って加工した肉を用いた料理に、ジャポテラスの宴会では定番の刺身等の料理が出され、飲み物は多少お酒が混ざっている物も有りましたが、私は療養中の身と言う事でお酒は遠慮したんですよね。
ちなみにジャポテラスでは16歳から飲酒を解禁しますが、イース様曰くグレイシアンではお酒は呑めるようになったら呑んでよし!と言う事になっているそうです。
「アハハハハ、可愛いねー」
「アキラ様ってばご冗談が上手いですねー」
「あきらしゃまちゅっちゅっー」
「ああ、何となく思い出してきました……」
ああそうでした。問題はそれから起きたんでした。
アキラさんが穂乃さんとソラを筆頭に何人もの女性からお酒を勧められて、アキラさんはそれを断れなかったのか酒の強さに自信が有ったのかは分かりませんが、次々に酒を呑み干していったんでした。
そして何十杯目かのお酒を呑み干したところで……今の様に突然酔いだして同じように酔っている女性に対して絡みだしたんです。
「なでなでうふふー」
「うひゃあ!?」
「フォトンちゃんガチ酔いだねー」
『まさかアキラに酒乱の気が有ったとは……』
「あれだけ呑んで気を失わないと言うのも驚きですけどね……」
恐らく今のアキラさんたちには自分がどういう状態に有るのかと言うのは分かっていないんでしょうね……口に出している言葉の大半は意味が無さそうですし、着ている物もだいぶ崩れていますし。
と言うか今アキラさんの全身を撫でている見覚えの無い女性は誰なんでしょう?ついでに言えばその近くに居るオレンジ髪の女性もですが。
敵意や悪意は感じないし、誰も疑問を抱いていない様なので私は何処かの班の人間だと判断して放置していますけど。
「アキラ様マイクでーす!」
「ありがとー!七番アキラ歌います!」
「「「ヒューヒュー!」」」
『イカン!?トキよ急いで耳を塞げ!!』
「へっ?はい」
と、ここで穂乃さんがマイクをアキラさんに渡し、マイクを受け取ったアキラさんはお立ち台に上がります。
そしてそれと同時に何故かイース様が私に耳を塞ぐように言ってきたため、私はそれに従って開発班特製の対モンスター用の耳栓を耳に嵌めます。
これで討伐班入班試験で潜った『迷宮』の主が使ったような音波攻撃でも来ない限りは大丈夫でしょう。
やがてアキラさんが歌いだした瞬間……
「っつ!?」
私の頭を何かが駆け抜けて行き、私は思わず目を閉じます。
頭の中でガンガンと何かが鳴り響く中、瞼の向こうでは何かがモゾモゾと動いているような気配がします。
『あー、もしもし?トキとか言ったか?緊急命令だ。アキラを殴って気絶させろ。防御はそこに居る馬鹿二人にやらせるから安心して殴りに行け』
「へ!?えっ!?」
アキラさんが歌いだしてからしばらく経った頃、頭の中に聞き慣れない男性の声が聞こえると同時に私の身体の周囲に膜の様な物が張られる気配がして気分がだいぶ楽になります。
そしてそのことに驚いて目を開けると……
「うわぁ……」
『一体何がどうなればこんな事に……アレか?酒の酔いとアキラの奇跡的な音痴が組み合わさって
先程までの惨状をさらに酷くしたような光景が……掻い摘んで話すなら何かに陶酔した感じの女性を何十人も傍に侍らせた状態で歌っているアキラさんが居ました。
何と言いますか……この現場を関係ない誰かに見られたら不祥事間違い無しですね。
言葉にするわけにいかない状況になりつつありますし。
とりあえず先程の男性の声はスサノオ様の声でしょうし、推定スサノオ様の言った通りに早い所アキラさんを気絶させて強制的にお開きにしてしまいましょう。
どのような神様が張ったのかは分かりませんが、今アキラさんの歌が私に届かないようにしているこの膜だって何時までも有るわけでは無いでしょうし。
「ふん!」
「ときさんも~~~♪゛……ゴフッ!?」
と言うわけで他の何か不穏な感じになっている女性たちの波を掻き分けて私はアキラさんの元に到達し、そこでアキラさんに抱きつかれたのが何となく頭に来たのでタヂカラオ様の神力で腕力を強化した上でアキラさんの腹を殴打、気絶させました。
そしてアキラさんが気絶すると同時に歌の影響下にあった女性たちも気絶して、私以外にはオレンジ髪の女性しか立っていない状況になりました。
「とりあえず医療班を呼んでくるから、衣類を正しておくのを頼んでも良い?」
「分かりました。はぁ……」
結局、その後何故かアキラさんの歌が効いていなかったその女性が医療班を呼んで来るまでの間に私は一応の体裁を一人で整える事となり、アキラさんの歌の影響なのか大半の人はこの日の出来事を覚えていないか覚えていても朧気と言う状況になったために今日の事は無かったことにされ、後には疲れ果てた私と原因不明の二日酔いに悩まされる女性たちが残されることとなりました。
正直に言って、この光景から今後はアキラさんに対する遠慮は多少減らしてもいいかもしれないと私は思いました。
「……あっ!?そう言えば今の人がどこの所属なのか聞いてない!」
そして多少の謎を残しつつ新人女子歓迎会は幕を下ろしました。
アキラの歌×お酒の酔い=『魅了』の呪歌
と言う謎の現象が発生しています。
まあ、アキラの能力でやられたら普通の人間にはどうしようもないですよね。