第54話「総班長の集まり」
俺たち特務班が『迷宮』を攻略し、その代償としてトキさんが治療に専念しても完治まで二週間はかかると判断されるような大怪我を負った日の翌日。
俺は治安維持機構の長官室に呼ばれていた。
呼び出された理由は……恐らく昨日の件についてだろうな。
「失礼します」
「うん。入ってくれ」
許可を得た俺が入ると、部屋の中には部屋の主である二飄長官の他、諜報班の大多知ユヅルさん、見回り班総班長の空傘ヤカラスさん、討伐班総班長の
「さて、これで全員集まったな。まずは特務班総班長アキラ・ホワイトアイス。君から今回の『迷宮』に関する報告を聞きたい」
「はい」
そして俺は何故呼び出されたかの理由も告げられない内から『迷宮』に関する報告をさせられる事となった。
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「以上が今回の『迷宮』に関してです」
「なるほどなるほど」
「…………」
「中々に厄介な『迷宮』だった様じゃのう」
「そのようですね。いやはや……」
俺の報告を聞いた四人はそれぞれに異なる反応を見せる。
二飄長官は素直に情報を受け止めた感じで、ユヅルさんは情報の真偽を一つ一つ確かめている感じ、空傘さんは感心で、言無さんは自分にお鉢が回って来なくてよかったと言う感じか。
ただ俺としてはな……『迷宮』自体は攻略できたが、危うくトキさんを死なせるどころか、トキさんがあの時反応してくれなければ全滅だってあり得た。
それを考えると渋い顔をせざるを得ないし、何かしらの処分はあって然るべきだと思う。
「さて、死者無しで『迷宮』を攻略したとなるとそれ相応の恩賞を考えないといけないな」
「へっ!?」
が、二飄長官が告げたのは俺の予想とは大きく異なる言葉だった。
「何を驚いておるんじゃ?」
「あー、死者零名、重傷者一名で『迷宮』攻略と言うのがどれほどの事なのかを彼女は認識していないのでは?」
「アキラ君は元々見回り班の新人でしたからねぇ。実情を知らないのはしょうがないかと思いますよ」
そして他の三人も何を言っているんだと言う顔をした後にそれぞれに言葉を向ける。
実情?何の話だ?
「うん。そのようだ。まずはその辺りから私が説明しておくとしよう。アキラ君」
「は、はい!」
「八割から十割、これは何を指し示すものか君は分かるかな?」
「い、いえ……」
俺は突然話を振られるが、分からないものは分からないと素直に答える。
「事前の情報も無く、不意打ちの形で『迷宮』の主に会戦距離まで接近してしまった部隊が『迷宮』の主から逃げ切るか倒すまでに出る死者の割合だよ」
「!?」
「ついでに言わせて貰えば『迷宮』の主に関して集められるだけの情報を集め、それ専門の部隊を編成して可能な限り被害を抑える形で戦った場合でも、部隊員の二割から三割は死ぬのが『迷宮』の主との戦いの実情だ」
「それは……」
二飄長官は総班長の間でしか言うわけにはいかない情報だがね。と、言い終わった後で付け足した情報は俺を愕然とさせるのに十分な情報だった。
この話を討伐班の一般班員は知っているのだろうか?いや、知っているはずがない。
これは知っていれば例え花形であっても自分の命が惜しいと思うものは絶対に討伐班に入ったりはしないはずだ。
そう言い切れるほど俄かには信じがたい情報だった。
「それから考えれば、今回の特務班は実質損害なしの様な物さ。死者は零で、重傷者は一人出たがその子も問題なく復帰できると言う話なんだからね」
「あまり言いたい話ではありませんが、仮に討伐班がその巨人を相手取った場合、事前の準備をしっかりとした上に私が指揮を取っても三十人の部隊中、五から六人は死にます」
「そう言うわけじゃから、今回のお前さんは褒められはしても非難されることは有り得んわい」
二飄長官と総班長たちの言葉はよくやったと俺を褒める物ばかりだった。
確かに今までに比べれば俺たちは褒められる事をしたのかもしれない……だがしかしだ!
「だからと言って褒められて然るべきものでは無いでしょうが!俺の油断から死人を出しかけたのは事実なん……っつ!?」
『アキラ!?』
俺が心の中にある物をぶちまけてそこまで言った瞬間、空傘さんから俺の頭に向かって杖の様な物が投げつけられていた。
「何を……」
「何様のつもりじゃ貴様は!!」
「ひうっ!?」
そして、その行為に俺が何かを言おうとする前に空傘さんの怒声が俺に向かって飛び、俺は思わず身を竦ませる。
「誰が何時反省をするなと言った!反省と後悔は全くの別物じゃ!!いや、それ以前に貴様は仲間の負った傷は全て自分の責だと考えているのか!この戯けが!!貴様のその考え方は守り手として貴様らを守り切ったと言うその嬢ちゃんの誇りを根底から汚すものじゃぞ!それを分かっておるのか!!」
「ひゃ、ひゃい!」
「今回の件を悪いと思うのなら素直に褒賞を貰って、それで自分を鍛えようと思わんか!次はそもそも敵に攻撃をさせないようにしようとは考えんのか!貴様がやるべき事は終わったことに対して何時までも愚痴り、罰を求める事では無く、班員全員が生き残るためにはどうすればいいかを考える事じゃろうが!!」
「す、すみませ……」
「ああん!?」
「ヒッ!?」
空傘さんが立ち上がり、俺に詰め寄ろうとするのは二飄長官以外の二人が止めてくれたが、それでもその激し過ぎる怒気と威圧感は俺を怯えあがらせるのには十分なものだった。
けれどすぐに思う。空傘さんの言うとおりだと。
トキさんの役割はディフェンダーであり、彼女が俺たちを守り切って傷つかなかったのはトキさんの誇りだ。
それなのに俺がその件で罰を受けたとなればトキさんはどう思うだろうか、考えるまでもない俺以上に傷つくに決まっている。
自分の力が足りなかったために俺が罰せられたのだと。
「……」
「ん?なんのつもりじゃ?」
俺はゆっくりと姿勢を正して空傘さんに頭を下げる。
「すみません。俺は自分の力に驕っていたようです。その驕りを正していただきありがとうございます」
「ふん。何の事じゃかさっぱりじゃな……儂は帰るぞ」
「うんうん。話はまとまったようだね。ま、とりあえず今回の件についての事後処理はこっちでやっておくから今日は解散と言う事にしておこうか」
そして空傘さんが頭を下げたままの俺の横を通って部屋の外に出ていくと同時に二飄長官が話が終わりであることを告げてこの場は解散となった。
本来『迷宮』の主はそんなポンポン倒せる相手じゃないのですよ。
08/21誤字訂正