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第53話「荒野の迷宮-9」

 アキラさんは私に背を向けると巨人に向かって駆け出していく。

 きっとアキラさんなら時間はかかってもあの巨人は倒せるでしょう。

 それを思えば、あの予知夢とさっきの状況の重なりを感じて動けたのはディフェンダーとして誇りに思えますね……。

 ただ、今の私が負っている傷の深さと出血を考えると……ソラを悲しませないためには、アキラさんを苦しませないためには、生き残るためにはやるしかないですか。


「ソラ……」

「何……お姉ちゃん?」

「茉波さんの……ゲホッ、ゴホッ……軟膏を……」

「これの事?」

「それを傷口に……」

「うん。分かった」

 私はソラに頼んで激痛に耐えつつ傷口に軟膏を塗ってもらい、その後に少し距離を取って貰います。

 さて……ショック死しないように気合を入れて……、


「な、何を……」

「頑張ってねトキ姉ちゃん」

「ええ……ゲホッ、アシテコウ様、カグツチ様!」

 私は自分の体に対して傷を癒す力を持つアシテコウ様の力と、火を司るカグツチ様の力を行使します。

 何故この二神の力なのか……それはただ軟膏の力とアシテコウ様の力を組み合わせても私の力では傷を癒し切る事は出来ず、このままでは出血多量で死ぬことになるからです。


「ぐぅ……!?」

「なっ!?トキさん!?」

「黙ってて!」

 だから……カグツチ様の力で軟膏を燃やす事によって傷口を焼いて無理やり傷口を塞ぎます!

 死ぬほど痛いですが、死ぬよりかはマシです。

 生きて帰る事さえ出来れば、何とかなるはずですから。


「はぁはぁ……何とかなりましたか……」

「トキ姉ちゃん……」

「自分で自分の体を燃やすなんて……」

『ムウウウウウゥゥゥゥゥゥアアアアアァァァァァ!!』

「アチラも終わったようですね……」

「うん」

 やがて、巨人の絶叫が響き渡ると同時に『迷宮』が崩れ去って行きます。

 どうやらアキラさんは巨人を倒したようですね。

 そして『迷宮』が完全に崩れ去ると同時に私の視界は光に包まれました。



■■■■■



「トキさん!」

「ゲホッ、お疲れ様です」

 『迷宮』が崩壊して、鏡石が乱立している元の世界に戻って来た瞬間俺はトキさんに急いで駆け寄る。

 トキさんは出血を抑えるためなのか自分で自分の体を焼いたらしく全身に火傷を負っていた。

 が、それでも危険な状態には変わりないらしく口元を初めとして体の各部に血が付いている。


「早急に医療班への搬送をお願いします!」

「言われなくてももう準備は済んでいる!だが、あの傷で神療院までは……」

 ソラさんが後詰の討伐班に詰め寄ってトキさんの搬送を頼んでいるが、あの様子からすると東門の外である此処から、西街にある神療院に運び込むまでは保たないのかもしれない。


「悪い。俺がもっと早く巨人を倒せていれば……」

「アキラさんは頑張りましたよ。今私がこうなっているのは……ゲホッ、私の修行不足が原因です。気に病む必要はありません」

 俺はトキさんの手を握って声を掛けるが、トキさんは自然な顔で何の問題も無いかのように振る舞う。

 実際は今もなお激痛に苛まれているはずなのにだ。


「……。イース、神療院までトキさんの命を確実に繋ぐ方法はあるか?」

「アキラさん?」

『有る。が、我とアキラの力よりもトキが我とアキラを信じて受け入れてくれるかどうかが重要だ』

「私がですか……ゲホッ、ゴホッ」

 俺はどうにかしたいと思ってイースに手段が無いかを尋ねるが、イースの答えは手段は有るがトキさんの協力が必要と言うものだった。

 そしてこの時点で俺はイースの言う方法がどういうものなのかに気づき、それ故にトキさんに問いかける。


「トキさん……俺とイースに命を預けてくれるか?」


 俺の言葉にトキさんは一度微笑むと、俺の頬に手を当てながら口を開いて言葉を紡ぐ。


「勿論預けますよ」


 と。

 その答えを聞いて俺はトキさんを地面に寝かせて安定した体勢にすると、右目に集められるだけの力を集めてトキさんに向けて力を放ち、その身体を氷に変える。


「な、一体何をしているんですか貴方は!?」

「人間が氷の像に……」

「アキラお姉様……分かりました。そう言う事ですね」

「ああ、俺も一緒に行くから急ごう」

「はい!」

 俺のトキさんを氷の像に変えると言う行動に俺の能力の詳細を知らない人間が騒ぎ出すが、その中でソラさんだけは俺の行動の意味を察したのか手早く行動を始める。

 ああそうだ。神療院まで命が保たないと言うのなら、保てるようにしてしまえばいい。

 そうだ。氷像にして状態を止めてしまえばいい。

 これで少なくとも時間経過による死は避けられる。

 そしてこの像を傷つけずに神療院にまで運び込めれば、左目の力で元に戻した後に医療班が絶対にどうにかしてくれるはずだ。

 だから俺たちは、後始末をその場に居た他の班や部隊の人間に任せると、細心の注意を払って神療院までトキさんの氷像を急いで運ぶこととした。



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 ジャポテラス神療院、集中治療室前。


「トキ姉ちゃん……」

「頼む……」

 トキさんを神療院に運び込んだ俺とソラさんは驚く医者たちに事情説明をした後、集中治療室と書かれた部屋にトキさんを運び込み、俺はそこでトキさんを元の姿に戻した。

 そして、ここからは医者の仕事だと言わんばかりに俺たちは集中治療室の外に追い出されたが、追い出された俺たちは簡単な治療を受けつつずっと部屋の前でトキさんの無事を祈っていた。


「ふぅ……」

「トキ姉ちゃんは!?」

「桜井さん!」

 やがてどれだけの時間が経ったかも分からない頃、部屋の中から女医さんが出てきて俺たちは思わず駆け寄る。

 その姿に女医さんは疲労感の漂う顔で苦笑をしつつも口を開き、


「心配しなくても手術は無事に終わったわ。アキラちゃんが状態の悪化を止めてなければ確実に間に合わなかったでしょうけどね」

 告げられた女医さんの言葉に俺もソラさんもここが病院だと言う事も忘れて思わず大声を上げて抱き合った。

 ああ、本当に良かった……。

一応言っておきますが、お互いの信頼関係があってこその荒業です。


08/21誤字訂正

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