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第52話「荒野の迷宮-8」

『ムウゥアァ!』

「右腕振り下ろし来ます!」

「各自散開!」

 巨人が右腕を振り下ろし、ソラさんの言葉に従って俺たちは駆け出す。

 その中で俺は巨人に攻撃を当てるためにも巨人の足元に向かって走る。

 勿論、右腕の後には続けて左腕による攻撃や岩の雨も来るが、それも接近し続けることによって何とか避けきる。


「凍れ……ちっ、表面だけか」

 やがて巨人の足元にまで接近した俺は巨人の左脚と足に繋がっている地面に向けて右目の力を行使するが、脚も地面も表面を僅かに凍らせただけでそれ以上力が通る感覚が無くなる。

 流石にこの『迷宮』の主だけあって抵抗力が高いらしい。


『ムウウゥゥ……』

「アキラお姉様!右足が来ます!」

「分かった!」

 後ろから聞こえてきたソラさんの言葉に俺は全速力で巨人の背中側に回り込み、地面が揺れて脚が取られそうになるのに耐えつつも巨人の踏みつけによる攻撃を回避する。

 どうやら巨人の脚は自分にとって都合のいい時だけ地面とくっついているらしいな。

 となればだ。


「まずは動きを止めておくぞ!」

「お願いします!」

『ムアッ!?』

 俺は巨人の攻撃を躱しつつも右脚と右足に繋がった部分の地面を表面だけではあるが氷に変える。

 とりあえずこれで自由に動き回る事は出来なくなったな。

 尤もまだまだ核が有る位置が高すぎて攻撃を当てるのは厳しいか。

 だからまずはだ。


『ムッ!?ムウ!?』

「おしっ!右脚の氷だけ溶かして転ばせてやれ」

「カグツチ様!」

「あーもう、ミカハヤ様!」

 巨人の右脚の裏側にトキさんの表面が熱せられている盾と伊達さんの火炎放射器が放たれて表面の氷が解け、その下にあった表面とは質感の違う巨人の身体が露わになる。


「タヂカラオ様!」

『ムウウゥゥ!?』

 そしてそこにソラさんのハンマーが振られ、巨人の右脚が表面の氷を砕きつつ足払いを掛けられたように浮き上がり、意に沿わない形で右足が動かされた結果として巨人は大きくバランスを崩して背中側に倒れ込み始める。

 その光景に俺たちは急いで各自安全圏に移動するとともに俺は右目に力を集められるだけ集め、同時にスリングの準備も進めておく。


『ムアァ!?』

「起き上がる暇を与えるな!」

 巨人が地響きを轟かせながら背中を着くように地面に倒れ、その瞬間に俺は巨人の左胸に向かってスリングの弾を放ちつつ地面と触れて一体化している場所に右目の力を放って起き上がるのを難しくしておく。

 が、俺の放ったスリングの弾は僅かに核から離れた場所に落ちてしまい、巨人は凍った表面を引き剥がすつもりで無理やり起き上がろうとする。


「まずっ……!?」

「全員離れておいてください!」

『ムウウウウウウゥゥゥゥゥアアアアアァァァァァ!?』

 その中で巨人の首の方からトキさんの声が響き、その直後に巨人が絶叫しながら俺によって氷に変えられた表面が剥がれるのも気にせずに暴れ出す。

 俺はその光景に慌てて距離を取り、暴れる巨人の傍から急いで離れるトキさんたちの姿を見る。

 首か右肩甲骨のかは分からないが、どうやらトキさんが核を破壊したらしい。


「それにしても表面は氷に出来て、その部分が引き千切れるのを厭わない辺りからしてあの巨人の岩の様な体表は鎧みたいなものなのかもな」

『その可能性は高いな。それならば易々と氷に出来たのにも納得がいくし、地面と簡単に一体化するのも分かる。なんにせよ今がチャンスだ』

「言われなくても」

 俺は髪留めを外すと神力を流し込んで巨大化し、それをスリングにセットするとその巨体で七転八倒している巨人の左胸を狙ってスリングを回し始める。

 普段使っている弾よりも大きくて重いから回しづらいが、逆に言えば十分な速さに到達すれば普段使っている弾よりも速く飛んで威力も大きいだろう。


『ムウウゥゥ……』

「おっ……らああぁぁ!」

 そして巨人が暴れ疲れ、表面部分が所々剥げ落ちた状態で地面に四肢を着いたところで俺は十分な速さに到達したスリングを開放してやる。


「全員離れておけよ!」

『ム!?』

 俺の手から放たれた銛状の弾は勢いよく巨人の左胸に飛んでいき、俺の声でそれに気づいたトキさんたちは次の攻撃を仕掛けようと動き出していたのを止めると急いで巨人から離れて俺の元に走ってくる。


『ムウウウウウウゥゥゥゥゥアアアアアァァァァァ!?』

 再び荒野に響き渡る巨人の絶叫。

 そして巨人は先程よりも大きく暴れ出し、俺は慌てて今居る場所よりも更に後方に下がってそこでトキさんたちに合流する。


「はぁはぁ、やるならやると言っておいてください」

「悪い悪い」

「特務班ってこんなのばっかなんですか……」

「ふぅ……でもこれで後は右肩甲骨にある一つだけですよ」

 俺と合流したトキさんたちだが、トキさんもソラさんも若干息を切らしていた。

 巨人の攻撃はどれも大規模なものだからしょうがないと言えばしょうがないが。


『ムウゥゥ……』

「と、暴れ終わったみたいだな……」

 やがて暴れ疲れた巨人はボロボロの体でこちらを向く。

 相変わらずどこに目が有るのかは分からないが、何となく怒っていると言うのだけは分かるな。


『ムッ……』

「ん?」

「へ?」

「何でしょうか?」

「っつ!?まさか!」

 巨人が左手をこちらに向ける。

 そして、その行動にトキさん以外の俺たち三人が困惑を示し、トキさんが何かに気づいて俺たちの前に駆け出して盾を構えた瞬間……


『ア!』

「「「!?」」」

「御力を!」

 巨人の左手が射出され、自分が契約している全ての神の力で出来る限りの強化を施したトキさんの盾と衝突。


「ぐっ!?」

「トキ姉ちゃん!」

「くそっ!」

「キャアアアァァァ!?」

 トキさんがやったのは間違いなく全力での防御行動だった。

 が、トキさんと巨人の左手では重量差があまりにも大き過ぎたためにトキさんの防御は破られ、その後ろに居た俺たちごと大きく吹き飛ばされる。


「ぐっ……すみませ……げほっ……」

「トキ姉ちゃん!大丈夫!?」

「くそっ……油断した……」

『アキラ、大丈夫か!?』

「うぐぐぐ……」

 地面に倒れたトキさんにソラさんが駆け寄ってその状態を確認するが、遠目に見てもトキさんの腕は折れており、見えないところにあるだろう傷も考えればこれ以上の戦闘を続けるのは無理だと判断するしかなかった。

 いや、それどころかこのまま放置すれば命も危うくなるだろう。

 くそっ、今のは完璧に気を抜いていたとしか言えない醜態だった。

 いち早く巨人が何をする気なのかに気づいていれば避ける事もトキさんの補助をする事も可能だったはずだ。

 そもそも、モンスターの戦いは一手間違えただけでも死に繋がると言うのは常識だろうが。

 何を油断しているんだ俺は。


『ムアッ』

 巨人の左手が、手首に当たる部分に付けられていた紐のような物を引く事で巨人の左腕に戻っていく。

 そして俺はそれを見ながら立ち上がる。


「ソラさんと伊達さんは離脱してトキさんに応急処置を」

「アキラお姉様は!?」

 だがしかしだ。今俺がやるべきなのは終わったことを悔いる事じゃない。そんなのは全てが終わった後にするべき事だ。

 だから、俺はまっすぐに巨人を睨み付けて後ろに居るソラさんたちに声を掛ける。


「巨人の注意を惹きつつ最後の核を潰す」

「む、無茶ですって!」

「だがそうしなければ『迷宮』の外には出られない」

「ぐっ……」

 俺の言葉に伊達さんが非難の声を上げるが、今からあの巨人の追撃を振り切って『迷宮』の外に繋がる門を見つけるのは時間がかかり過ぎる。

 トキさんの状態も鑑みればそれは絶対に無しだろう。

 そしてトキさんを見捨てると言う選択肢もだ。

 故に俺の選択肢は巨人を倒すと言うものしかない。


「アキラお姉様お願いします」

「言われなくともだ」

「ゲホッ……ご武運を……」

「ああ、行ってくる」

 そうしてソラさんとトキさんの二人と言葉を交わしたところで俺は巨人に向かって駆け出した。


『ムウウゥゥ……ア?』

 俺が駆け出すと同時に、どうやら巨人は俺だけが未だに戦う意思を持っていると判断してその右手に大量の岩を持って投げようとする。

 が、岩が投げられる前に俺は照準を絞る事によって威力を高めた右目で、巨人の右手ごと岩を氷に変えて投げられないようにし、その隙に俺は巨人に向かって更に接近する。


『ムッ……』

「来るか!」

 右手が使えなくなったことに気づいた巨人は先程の一撃と同じように左手をこちらに向ける。

 対して俺はその動きを見た瞬間に横に跳ぶ。


『ア!』

「ぐっ……」

 そして俺が跳んだ直後に直前まで俺が居た場所に巨人の左手が突き刺さり、大量の土煙と大きな音を周囲に響かせる。

 先程の一撃もこれと同じ威力が有っただろうから、となればトキさんが防いでくれていなかったら全滅もありえたかもしれない。

 だがしかしだ。この攻撃は危険でもあるが同時にチャンスでもある。


「今だ!」

『ムアッ』

 俺は地面に着弾した左手に近づくと両手の爪を大きく伸ばして突き刺し、巨人はそんな俺の行動に気づかず先程と同じように左手を引き戻す。

 すると当然の様に俺も左手と一緒に移動し、急加速と急減速で吹き飛ばされそうになるのを耐えた俺は巨人の体に到達することに成功する。


「ふう……ふん!」

『ムッ!?』

 俺は巨人の両足と下の地面を氷に変える事で巨人の動きを封じ、それによって巨人は自分の身体に俺がくっついているのを悟ったのか右手をこちらに向けてくる。


「誰が喰らうか!」

『ムン!ムン!ムアアァ!!』

 だが俺は両手の爪だけでなく両足の爪も伸ばして滑り止めとし、それを使って巨人の体表を移動してハエを払うような動きの攻撃を回避しつつ巨人の背中を目指して時折右目で関節を氷に変えて動きづらくしつつ移動していく。


『ム……ア……』

「スゥー……」

 やがてその大ぶりな攻撃を掻い潜りつつ俺が全身の関節を氷にしたために巨人はその動きを大きく鈍くし、身震い一つ満足に出来なくなったところで俺は普通のモンスターの物よりも明らかに大きい巨人の核である赤い結晶に到達する。

 そして、大きく息を吸うと……


「これで終わりだ!」

『ムウウウウウゥゥゥゥゥゥアアアアアァァァァァ!!』

 気合を入れて爪で核を打ち砕き、全ての核を砕かれた巨人は荒野中に響き渡るような絶叫と共に『迷宮』ごと崩れ落ちて行った。

辛酸その1

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