前へ次へ
50/245

第50話「荒野の迷宮-6」

「どうやら遅かったみたいです」

「まあ、しょうがないと言えばしょうがないか」

「出来れば助けたかったですけどね」

 『迷宮』の新しい層に突入した俺たちは人間のものと思しき足跡を追って『凍雲』を走らせていた。

 勿論、道中で数度小型モンスターの群れにも遭遇したが、そちらはほぼ俺の右目だけで始末する事で、『凍雲』の速度を落とさずに始末することが出来ていたので問題ない。


「それにしても酷いですね」

「認識票も回収出来なさそうだし、これじゃあ何人居たかも分からないな」

「そこはせめて一人だと思っておきましょう」

 尤も、そうして可能な限り急いでやって来ても事が遥か前に終わっていたら助けることなど出来ないのだが。

 そう。例えば辺り一帯にかつて人の一部だったものと認識できそうな何かが散らばり、何かを吸ったはずの地面が既に乾き切ってしまっているような状況ではどうしようもない。

 此処までなってしまうと俺たちに出来るのは精々祈る事ぐらいだ。


「死因なんて分からないよな」

「分かりませんね。どういうモンスターがこの場に居たのかも、どういう攻撃をこの人物にしたのかも。そもそもこの誰かが男なのか女なのかも分かりません」

「分かった。ソラさん、周囲に何か特徴のある物は?」

「ちょっと待ってください……」

 俺はトキさんの言葉に嘆息を吐きつつも、この場にあるのが一人分だと思ってソラさんに何か無いかを尋ねる。

 見つかるのは最後の生き残りでもいいし、『迷宮』の主でも、脱出するための門でも構わない。

 とにかく何かが見つかればそれを手掛かりにして次に移れるはずだ。


「ん?んんー?これは?」

「何か見つかったのか?」

「アキラお姉様!モンスターの群れに追われている隊員を発見!3時の方向です!」

「「!?」」

 ソラさんの言葉を受けて俺は反射的に『凍雲』に神力を流し込み始め、その方向にハンドルを勢いよく切って全力で走り始める。

 と、同時にトキさんは各種装備の点検を始め、到達した時に何が起きていても対応できるように準備を始める。


「見えました!アレです!!」

「アレか!」

 全力で『凍雲』を走らせること数分、俺たちの視界に土煙を派手に巻き上げて先頭を走る人影と、それを追いかける大型と中型のモンスターを中心とした群れが見えてくる。


「だ、誰かああぁぁ!」

 集団と俺たちの距離が詰まり、先頭を走る人影の姿がはっきりとすると同時にその声も聞こえてくる。

 その誰かは鏡石専門部隊の制服を身に付けており、腰には何かの道具が挿されている。

 そして声の高さからして逃げているその誰かは明らかに男性では無く女性だった。

 さて、此処まで来ればもう俺がやる事は単純極まりない。


「イース!」

『言われなくとも!』

 俺は左目を瞑り、『凍雲』に流し込んでいた力を止めて慣性だけで動かしつつ、右目にその分の神力を全力で集め始める。


「トキさんソラさん!」

「分かっています!」

「何時でもいいですよ!」

「なら行くぞ!」

 そして十分に力が集まったところで逃げている女性だけを視界から外すようにして調節した上で右目の力を開放。


「こっちです!」

「人!?」

「タヂカラオ様!」

「「「ゲブゴブバァ!?」」」

 女性を追いかけているモンスターをその周辺の地面ごと凍らせ始めた所で速度の落ちた『凍雲』からトキさんとソラさんの二人が飛び降りると、逃げている女性に声を掛けつつ群れの先頭に居たモンスターを群れの中に叩き返すように攻撃を仕掛ける。

 その攻撃の結果、モンスター同士で多重衝突が起き、凍りついた部位が有るモンスターはそれに巻き込まれて身体が砕け、運良く俺の視界外に居たモンスターたちも前に居るモンスターにぶつかったためにあるものは動きを止め、またあるものは速度を殺しきれず激しく衝突する。

 有体に言ってしまえば……大惨事だった。

 尤も、モンスターが相手なので可哀想とは間違っても思わない。むしろ、いい気味だと思うが。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……その貴方たちは……?」

 トキさんとソラさんの二人が若干困惑した顔の女性を連れてこちらに戻ってくる。

 女性はトキさんとソラさんの二人よりも多少背が高く、動きやすさを優先してなのかそれとも逃げている間に何かあったのかは分からないが髪の毛はまるで男子の様に短かく毛先は乱れていた。

 ただ現状で重要な点として見た限りでは怪我の様な物は見当たらないので、それは幸いと言える。

 また、遠目では分からなかったが首にはゴーグルのような物を掛けており、腰に差してある道具は霧吹の様な物だった。

 恐らくだがこれが鏡石の表面を汚すための道具とやらだろう。

 さて、信頼を得るためにも自己紹介をしておくか。


「俺たちは治安維持機構特務班第一部隊で、俺は特務班総班長のアキラ・ホワイトアイスです。貴方の所属する鏡石専門部隊の依頼で貴方たちの救助と、この『迷宮』の攻略に来ました。貴方は?」

「あ、えっ、はい!私は都市外警備機構の鏡石専門部隊に所属する伊達スバルと言います!」

「それじゃあ、伊達スバルさん。しばらくの間二人と一緒に俺の後ろに居ておいて」

「は、はい!」

「頑張ってねアキラお姉様」

「お願いします」

 俺は彼女……伊達スバルをトキさんとソラさんの二人と一緒に自分の後ろに移動させると、徐々に体勢を立て直し始めているモンスターの群れの方を向く。


「さて、全力でやらせてもらいますか」

『ああ、やってしまえ』

 そして、俺は先程よりもさらに多くの神力を右目に集めてその神性を開放し、先頭に居るモンスターから今までよりも綺麗に透き通った氷に変え、その後ろに居るモンスターも同様に氷に変えていく。

 うん。この結果を見れば修行した甲斐が有ったと言うものだ。

 今までの俺ではここまで透き通った氷には変えられなかっただろうし、あのサイズのモンスターも表面を氷に変えるのが限度だっただろう。


「ん?アレは……」

 と、ここで俺は遠方の方、土煙の向こうで何かが動いているのを右目で捉える。

 この距離でこのサイズと言う事は……サイズだけで言えば間違いなくこの前に会ったミミズと同じかそれ以上と言ったところだな。

 となるとアレをそのまま氷に変えるのは無理だろう。

 尤も……


「あ、アレは……」

「アキラお姉様!」

「大丈夫。言われなくても分かってる」

「遂に来ましたか」

 恐らくはあの巨大なモンスターこそがこの『迷宮』の主なのだろうから、元々俺の右目単独で氷にするのは無理だろうがな。


『ムウウウゥゥゥアアアァァァ!!』

 そして巨大なモンスターが大気どころか地面も揺れそうな咆哮を上げ、その声に伴って土煙が吹き飛ばされていった。

二人死亡一人救出です

前へ次へ目次