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第49話「荒野の迷宮-5」

「到着っと」

「ここは……」

「あれ?気温下がっ……寒っ!?」

『ふむ。一気に気温が下がったな』

 門を抜けた先はやはり元の世界では無く、先程と同じような荒野であり、俺たちが今居る場所は一般的な『迷宮』で言う所の部屋に当たるものとして四隅に黒い石の柱が建てられていた。

 たださっきまでの空間では上から煌々と輝き続けて俺たちの体力と気力を奪っていた太陽に似た光源は地平線の彼方で半ば沈みかけており、それに伴って気温もかなり下がっている。

 恐らくだが、部屋の外に出ればさらに気温は下がるだろう。

 がまあ、俺は肉体的にはグレイシアン人でしかもイースと契約しているから寒さは別に問題ない。


「カグヅチ様」

「トキ姉ちゃんずるい!?」

 トキさんも火系統の神であるカグヅチの力の応用なのか、この程度の寒さなら問題なく防ぐ術が有るらしい。

 一方でソラさんはその手の能力が無いらしく寒さに震えている。

 はあ、しょうがない。


「確か持ってきた荷物の中に布が何枚か有ったはずだから、それでも羽織ってから周囲の索敵をしていてくれ」

「は、はーい……」

 俺の言葉に従ってソラさんが『凍雲』の中に用途が色々とあると言う事で入れておいた白くて清潔な布を何枚か取り出して羽織る。

 これでまあ、とりあえずは大丈夫だろうし、場合によってはまた清め塩入りの水を試してみてもいいだろう。


「トキさんちょっといいか?」

「何でしょうか?」

 で、俺はソラさんの索敵を邪魔しないためにも『凍雲』から降り、少し離れた所に歩いてからソラさんが索敵している間にトキさんから聞きたい事を聞いておく為の話を始めておく。

 まあ、さっきのミミズの件で俺自身としては確信している話なのだけれど。

 と言うわけで、


「トキさん。トキさんには……」

『我の声が聞こえているな』

「っつ!?」

 トキさんの耳元に移動しておいてもらったイースが俺の台詞に割り込む形で声を上げ、それによってほんの僅かだがトキさんの顔色が変わるのを俺もイースも確認する。


『やはりか』

「みたいだね。トキさん何時からイースの声が聞こえる様に?」

「……。何時からかは分かりません。気が付いたらアキラさんによく似た別の誰かの声が聞こえていたと言う感じでしたから。その、黙っていてすみませんでした」

「それは別にいいって」

 ふむ。時期はともかく聞こえている事に関しては本人も認識しているのか。

 と言うかイースの声って俺の声に似ているのか。自分の声だからなんだろうけど全く気付いてなかったわ。

 と、ついでだし色々と聞いておくか。


「トキさんに幾つか質問をするけどいい?」

「答えられる事なら」

「ソラさんみたいにイースの姿は見えてる?」

「いえ、ソラと違って姿は見えてません」

『確かにそのようだな』

 俺とトキさんが話している間にイースが俺の肩にまでワザと目立つように激しく動きながら移動するが、トキさんの視線はまったく俺の顔からブレない。

 どうやら本当にトキさんにはイースの姿が見えず、声だけが聞こえているようだな。

 流石にあれだけ動くものが目に入ればどんな人間でも一瞬程度は視線がブレるはずだし。


「それでトキさんには聞こえる様になった理由について心当たりは?後、イースの方にも心当たりは?」

「私の方は何も。さっきも言ったように突然聞こえる様になりましたし、こう言った聴覚に関係する神力を神様から授かる覚えも有りませんから」

『神の声だけ聞こえると言うのは、特定の神を信仰し、その神に仕える巫女や神主、祭司と言った存在にはよくある事ではある。が、トキは我に仕える巫女ではないし、信仰もしていない。加えて我にはトキに声を伝えようと言う意思が無いにも関わらず聞こえていると言う事は、トキの側に神の声を聞く能力があると考えるしかないだろうな』

「ふうむ……」

 二人の話を聞いて俺は頭を悩ませる。

 トキさんにはこう言った力を授かるような覚えはないのに、イースの推測通りなら誰かしらの神がトキさんにそう言う力を与えた事になる。


「イースにもう一つ質問。こういう力を与えられる存在に心当たりは?」

『うーむ……グレイシアンの神にもジャポテラスの神にも心当たりはないな。ジャポテラスの方については我の交友関係の狭さゆえに知らない神の方が多いのだが。だがしかし、そもそも音を利用して意を伝えるのは神にとっても人にとっても情報量の割には負荷が少なくて済む便利な方法ではあるが、自らに向けられていない声まで察することが出来てしまうと言うのは様々な問題を引き起こす事になるぞ』

「うん?」

「と言いますと?」

『いやな、これはグレイシアンの神の話になるのだが、ホウナヒメと言う神の声などは訓練を積んだ上に覚悟を決めて臨んでも耳を抑えたくなるような大きくて耳障りな声で話すのだ。そんな声を唐突に至近距離で聞かされて見ろ』

 俺はイースの言うホウナヒメと言う神の声が突然聞こえてきた状況を思い浮かべ……思わず苦笑する。

 うん。流石にそんなバカげた声量の声が耳に突然入ってきたら、良くて蹲り、悪ければ失神するだろう。


『良くて失神、最悪精神と魂が激しく揺さぶられて死ぬぞ』

「そこまで!?」

「それは……嫌ですね」

 が、実在のホウナヒメは俺の予想よりももっと酷いらしい。

 良くて失神とかそれはもう声と言うよりは武器と言うべきだろう。


「ま、まあいずれにしてもこの『迷宮』を攻略したらスサノオ様とか二飄長官とか、そう言う信頼できる人にだけ話して対策を練っておいた方がいいな」

「そ、そうですね」

『貴様らホウナヒメの声を甘く見積もっていただろ……まあいい、この件に関しては今はこの程度にしておこう。どの道この場で我らに出来る事など無いしな』

「そうだな」

「では、戻りましょうか」

 と言うわけで話がまとまったところで俺とトキさんは二人一緒に『凍雲』に戻り……


「ブッー」

「「…………」」

 そこで何故かふくれっ面になっているソラさんを見た。

 あれぇ?どうしてそんな顔を?俺何かしたっけ?


「まあ、別に、アキラお姉様とトキ姉ちゃんが二人だけで秘密の話をしていても別に(・・)いいですけどね。気にしてませんけどね」

「……。えーと、所で何か発見は?」

「どれだけの前の物かは分かりませんが、人間の足跡らしきものは発見しました。敵影は一切見当たりません。と言うわけで二人とも早い所『凍雲』に乗り込んで足跡を追いましょうか」

「お、おう」

「…………」

 そうして何故か機嫌が悪い状態のソラさんに促される形で俺とトキさんは『凍雲』に乗り込むと、神力を流し込んでソラさんが指示した方角に向かって『凍雲』を走らせ始めた。

トキさんは聞こえる子

ソラさんは見える子


なお、ホウナヒメは一見バンシーに近い神様ですが、氷河を始めとして大きな物が崩れる際の轟音を擬人化した神様でもあります。

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