第47話「荒野の迷宮-3」
「清め塩の力って凄いんですねー」
「明らかに楽になった気がします」
「だな。俺もまさかここまで効果があるとは思ってなかった」
『まあ、考えようによってはこの日差しも良くないものではあるし、当然と言えば当然なのだがな』
一度休憩を挟んだ後の俺たちの探索は順調だった。
理由は……まあ、清め塩入りの水を飲んだからだろうな。
イースも言ったようにこの日差しはこの『迷宮』の罠、つまりは俺たちの体力を削ると言う邪悪な存在に属するものであるから、それ故に清め塩の効果対象に入ったのだろう。
いずれにしても探索が楽になったのはありがたい話だけどな。
「アキラお姉様。2時方向に次の部屋が見えてきまし……っつ!?」
「どうした?」
と、ソラさんが次の部屋と一緒に何か良くないものを見つけたらしく、言葉を詰まらせると共に渋い顔をする。
「鏡石専門部隊の人間と思われる死体を一体発見しました」
「くっ……間に合いませんでしたか」
「分かった……。確認のためにも向かうぞ」
どうやらソラさんが救助対象であった鏡石専門部隊の死体を発見したらしい。
俺もトキさんも思う事は多々あるが、死体を見つけたならば最低でも認識票は回収しておくべきだろうし、もしかしたら他の部隊員の足取りを掴む手掛かりが残っている可能性もあるのだから、向かう以外の選択肢は採れないだろう。
そう言うわけで俺は多少『凍雲』に注ぎ込む力の量が増えているのを感じつつも、そちらに向かう。
「そこの柱の陰です。部屋共々罠は有りません」
「認識票を確認しました。確かに鏡石専門部隊の人間のようです」
「……」
しばらく走って小高い丘を登ったところで俺たちは黒い柱が四隅に建てられた部屋を見つけ、ソラさんの案内で柱の陰に倒れ込んでいる男性の死体を確認する。
死体には身体の各部に細かい傷がついており、この『迷宮』の環境故にかかなり乾いていた。
が、それよりも気にするべきは首から上が無い事だった。
軽い検死をしたトキさん曰く、傷口の断面からして獣系のモンスターによって頭をもがれたと言うよりは、首の部分を鋭利な刃物で断ち切られたらしい。
「ソラさん。一応聞くけどこの周囲に彼の頭は?」
「一通り見てみましたが、無さそうです」
「どういう事でしょうか?モンスターは人間を殺したらそれでお終いのはずですけど……」
「さあな……」
これは異常な状況と言っていい。
トキさんの言うとおりモンスターは人間を殺してもその場に放置する。間違っても頭だけを持っていくなんてことはしないだろう。
ただそう……この死体の状態で俺は何故だかベイタの死体を思い出していた。
今にしてみればベイタの死体の首もあの蛙……アンカーに吹き飛ばされたにしては綺麗過ぎた気がするし、どことなくこの死体の傷に似ている気もする。
それで、あの後に起こった事と言えば……
「っつ!?」
「アキラさん!?」
「アキラお姉様!?」
「二人とも今すぐ『凍雲』に乗った上で戦闘態勢に移行!周囲を警戒!!」
「「りょ、了解!」」
「(イース!俺の後ろを見ていてくれ!)」
『分かった。奴の気配は独特だからな。近くに来ればすぐに分かるはずだ』
その考えに至った時点で俺は二人へ『凍雲』に乗るように言い、同時に周囲への警戒を強める。
ああそうだ。あの後に俺は『軍』と呼ばれるあの蘇芳色の軍服を着た女に会い、危うく命を落とすところだったんだ。
勿論、今ここに奴が居る保証なんてものは無いし、出てこない方が良いに決まっている。
「アキラお姉様大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないが、もしかしたらどれだけ警戒をしていてもし過ぎじゃない相手が近くに居るかもしれない。だから二人とも警戒は緩めないで」
俺も『凍雲』に乗り込み、何時でも全力で走りだせるように神力を込めると同時に蓄冷装置から冷気を噴出する準備も始める。
ああそうだ。一度アレに出会って警戒をするなと言う方が無理だ。
くそ、あの時の事を思い出して手足が震えてくる。武者震いでは無く恐怖で震えてくる。この警戒が無駄に終わった事で笑いものになっても構わない。だからお願いだ。出てこないでくれ。今はまだあんなのと戦うだけの実力は俺には無い。
『大丈夫だアキラ。近くに奴の気配はない』
「そう……か。二人とももう警戒を解いても大丈夫だ」
やがてイースの言葉で俺は気を緩め、『凍雲』に流していた力を緩めると同時に二人にも警戒を解いていいと言い、長い息を吐く。
「アキラさん。一体何をそこまで……もしかして『死神』ですか?」
「『死神』……そう言えばそんな噂も有ったな。まあ間違ってないよ。ただイース曰くそいつの気配は近くには無いそうだ」
『死神』……治安維持機構でまことしやかに流れている噂で、確か「『迷宮』の中にはどれだけの勇士であっても出会ったら必ず殺されると言う大鎌を持った本物のモンスターが徘徊している」とか言う噂だったか。
実際、鎌と鉈と言う差はあるが出会えばまず間違いなく殺されるのだから間違ってないとも言えるな。
と言うか噂の元は絶対に奴だろう。
「それは聞こ……!?」
「地震!?」
「違います!これは……」
と、ここで突然地面が大きく揺れだし、俺は何時でも発進できるように『凍雲』に大量の力を流し込み始める。
「モンスターです!」
『ウオオォォォムウウゥゥゥゥ!!』
「「!?」」
そしてソラさんがこの揺れをモンスターが起こしたものだと断じた瞬間……俺たちの近くに在った部屋を破壊するように地面から巨大なモンスターが奇声を上げながら現れ、俺もトキさんもそのモンスターの姿に目を奪われる。
『ウオオォォムウウゥゥ……』
「これは……」
「あ、あ……」
「えーと、核は尻尾の先端にあるようです……」
モンスターはその巨体を生かしてこちらを見下ろしてくる。
そのモンスターは簡単に言ってしまえば馬鹿でかいミミズだった。
ただ、口の周りに黒子の様なモンスター独特の目が有る事や、ソラさん曰く尾の先端に核が有るそうなのでそこからモンスターだと言う判断が出来る。
問題はその長さだ。今は口の方が地面から出て来ているだけだが、それでも数mは間違いなくある。となれば全体の長さとしては間違いなくその数倍はあるだろう。
ああいや……もう一つ問題が有ったな。
「と言うかアレって触手ですよねー……」
「触手だな……」
『なんか表面がヌルヌルしているな』
「してますね……」
モンスター改めミミズの口からは、何かしらの液体で表面がテカっている細い線状の物……触手が何十本と出て来ており、微妙に形の違う一本一本の触手が個別に上下左右前後に動いていた。
はっきり言って見ているだけで生理的嫌悪感を抱く動きだった。
「「「『…………』」」」
うん。これはあれだな。
「『凍雲』最大出力!冷気ブーストも全力放射!」
『ウオオォォムゥゥ!?』
逃げよう。
と言うわけで俺は『凍雲』に全力で神力を流し込むと同時に、蓄冷装置もミミズに向けて開放。
その冷気で攻撃と加速を同時に行いつつこの場からの離脱を計る。
「現地点より5時方向に門を確認!」
「全速力でお願いします!」
『振り絞れアキラ!』
「言われなくとも!!」
そして全員の意見が一致した所で、今までにない速さで『凍雲』は走り出した。
触手まみれなんて絶対にゴメンだ!
触手です
08/15誤字訂正