第43話「特務班活動-3」
「ピピピピピ……」
「ん?」
「何の音ですか?」
「サイドカーの方からですね」
『出元を調べた方がいいな』
東街で周囲からの注目の集めつつ馬車止め近くに在った海月屋なる飲食店の店頭で、少し遅めの昼食(ジャポテラスでは珍しいパスタとか言う料理だった)を摂っていた俺たちの耳に突然耳慣れない音が聞こえてくる。
「ちょっと見て来ますね」
「よろしくトキさん」
「よろしくねトキ姉ちゃん」
そして音の出元がサイドカーの何処かであると判断したトキさんがサイドカーに駆け寄り、音の出元を探る。
しばらくするとトキさんはサイドカーの中から何か長方形の物を取り出して耳に当て始め、それと同時に耳慣れない音は止む。
「ーーーーー。ーーーーー?」
やがてトキさんは長方形のそれに向かって何かを喋り始める。
うーん?どうなっているんだ?ちょっと俺も確認した方がいいか。
「店主。勘定を」
「分かりやしたー」
「あ、待ってくださいアキラお姉様ー」
俺は水色に髪を染め上げている店主に昼食の代金を払うと、未だに何かを喋っているトキさんの方に近づく。
「はい……はい……。要するに治安維持機構の本部の音がこちらにも聞こえているわけですね」
『そうそう。いやー、悪いな。うっかり説明を忘れちまってたンだわ』
謎の長方形からは茉波さんのものと思しき声が聞こえてくる。
ううん?一体どうなってんだ。こりゃあ……?もしかしなくても治安維持機構の本部に居るはずの茉波さんの声が届いているのか?
「と、アキラさんが来たようなので、軽く説明をしてから代わりますね」
『分かった』
「ん?これは?」
と、ここでトキさんから俺に向かってよく見ればサイドカーと細い線のような物で繋がった黒い長方形の何かが渡される。
「無線機。と言うそうで、治安維持機構の音をこちらに届けたり、その逆をしたり出来るそうです。何か本部の方から話が有るそうですよ」
「へー……すげえなこれ」
俺はトキさんから無線機と言う名前のそれを受け取ると、トキさんがやっていたように長方形の片端は耳元に、もう片方は口元に来るように持つ。
さて、トキさんの話通りなら治安本部の音がこれで聞こえるらしいが……。
「あー……通じてんのかコレ?」
『おう。通じてンぞ』
「うおっ!?」
俺の耳に突然茉波さんの声が聞こえ、俺は思わず無線機を手放しそうになる。
が、何とか持ちこたえて今度は絶対に落とさないように心を落ち着かせると同時にしっかりと無線機を握りしめる。
『もしもーし、聞こえてるか?さっきは悪かったな』
「別にいいですよ……それで何か話でも?」
イースが俺に語りかけて来るのとはまた違う感じで耳に届く茉波さんの声に奇妙なものを感じつつも俺はわざわざこんな珍しい物を使ってきたからにはそれ相応の用が俺たちにあると判断して話を促す。
『無線機の披露も用件ではあったんだが……二飄長官から御姫様たち特務班に任務だそうだ』
「任務?」
『ああ、特務班は今東街に居るンだってな。でだ、東街の門から外に出ると何が有るかは知っているか?』
「いや、知らないな。東街に来たのは初めてだし」
『分かった。試作品何であまり通信時間は長くないンだが、そこから簡単に説明しておこう』
無線機の向こうからガサゴソと何かを動かすような音が聞こえる中で茉波さんが東街の城壁の外に何が有るのかの説明と、二飄長官から俺たちに対して下された追加の任務についての説明が始まる。
『まず東門の外だが、そこは鏡石の群隆地だ。それも年々ジャポテラスに迫ってきている』
「!?」
『その様子だと鏡石の説明は不要のようだな』
「流石にそれぐらいは分かる」
鏡石……砕くと断面が鏡のように滑らか且つ光を反射するようになる鉱石であり、原因は分からないが時折地面から突然生えてくると言う性質を持つが、それに加えて神力の込めやすさから祭具として様々な形に加工・利用されている。
いや、されていたか。
断面が鏡のようになると言う事は、それはそのまま『迷宮』の入り口に成りえると言う事だ。
故に今では鏡石の取り扱いは極一部の職人にだけ許されている。
で、群隆地と言うのは、その鏡石が頻繁に沸き上がる土地の事を言い、群隆地はゆっくりゆっくりと毎年少しずつ移動する性質を持っているだったか。
『で、その鏡石の群隆地なンだが現在は専門の部隊が回収できる鏡石は素材として回収し、回収出来ないものは破壊するか汚すかして少なくとも『迷宮』の入り口にならないように対応していた』
「なるほど。その部隊に何か問題が起きたわけか」
さて、話の流れから察するに恐らくはそう言う事だろうな。
でなければ俺たち特務班に話が来るわけがない。
『正解だ。どうにも何時か降った雨で鏡石の汚れが取れてしまったようでな、その内の一つが『迷宮』の入口になっちまった上にその鏡石専門部隊が『迷宮』に呑まれちまったンだ。と言うわけで二飄長官からの任務だが、至急東門からジャポテラス外に移動して発生した『迷宮』を攻略、破壊せよ。だそうだ。まあ、最低でも部隊の救出と『迷宮』内の偵察ぐらいはしてくれってところだろうな』
「了解。そう言う事なら今すぐ向かわせてもらう。ああそれと、一応聞くが討伐班は出てくるのか?」
『装備と情報が整えば出てくるだろうな。が、その場合鏡石専門部隊は実質見捨てることになる』
「なるほどね」
『じゃ、頑張れよ』
「おう」
無線機から聞こえていた音の一切が止まる。
どうやら通信が切れたらしい。
俺はトキさんといつの間にか俺の近くにまで来ていたソラさんの顔を見る。
表情から察するに二人とも漏れ聞こえていた俺と茉波さんの会話から、だいたいの事情は把握しているらしい。
「二人とも。装備と心の準備は大丈夫か?」
「問題ないです」
「大丈夫です」
「じゃあ、行こう」
「「はい!」」
そして俺たち三人は『凍雲』に飛び乗ると、ジャポテラスの外へと繋がっている東門を目指して『凍雲』を今までよりも遥かに早いスピードで走らせ始めた。
海月屋です。
ええ、海月屋です。
でもアイツは居ませんよ。