第4話「始まりの迷宮-3」
「……」
契約の光が止み、目を開くとそこにはイースの姿は無かった。
けれど自分の身に今までとは大きく違うレベルで力が漲っている事から契約がしっかりと成立しているのを感じ取る。
「ん?」
そして立ち上がろうとするが……契約前とは体を動かす感覚が違う。
具体的にはおおよそだが頭一つ分背が伸び、胸の辺りに何かが押し潰されている感覚が有って微妙に息苦しい。後、身体を動かすのには関係ないが、肌の色が以前よりも白くなった気がする。
それから背が伸びた関係で服もだいぶきつくなっているが特に問題は無いな。
状況から考えるにイースとの契約を結んだ影響と言ったところか。
「まあいいか。大した問題じゃない」
だがしかし、これも契約の作用なのかは分からないが身体が大きく変化したにも関わらず特に問題なく体を動かせると感じた。
『我の声が聞こえるか?』
「ああ、問題なく聞こえる」
頭の中からイースの声が聞こえてくる。
どうやら深い契約を結んだ関係で同化に近い形になっているらしい。
『我の力の使い方は分かるな』
「ああ、そっちも問題ない」
俺は自分の身体に漲っている力が特に何処に行き渡っているのかを確認し、その力を扱うために左目を瞑り、右手で弾をセットした状態のスリングを持つと軽く回し始める。
そして右目に力を込め始める。
『さて、我の力が有るのだ。あの程度の泥人形は難なく倒してもらうぞ』
「言われなくてもベイタの仇だ。全力で粉砕してやるよ」
俺は立方体の影から、通路の奥にある扉と蛙の姿が見える位置にまで移動する。
そして俺が通路に出て構えを取ったところで蛙の体表上にある黒子が動き、俺の方に向けられる。
「行くぞ!」
『やってやれ!』
俺は蛙に向かって駆け出し、蛙はその大きな口を開く。
口の中には先ほど壁に向かって発射されていた銛が舌の代わりに仕込まれており、その先端はしっかりと俺に向けられている。
「ゲ……」
蛙の口から俺の胴体に向かって猛スピードで銛が発射される。
が、不思議と脅威は感じなかった。なにせ猛スピードと言ってもそれは人間レベルの動体視力での話。今の俺の目にはまるで時間が凍り付いているように見えていた。
「凍れ」
「ゴ……」
俺は銛を睨み付けた状態で右目に集めた力を開放してその神性を顕し、蛙の口から放たれた銛を先端から凍りつかせていく。
「砕けろ」
「オオ……」
だが凍りついても勢いはそのままの為、蛙の銛はなおも俺に向かって突き進んでくる。
けれどイースの力で凍った物体というのは凍る前に比べて遥かに脆くなる。故に凍った状態で俺の目の前にまで来た銛をジャックポットの様にスリングを扱って砕く。
「さあ……」
「ォォ……!?」
そしてスリングの勢いそのままに、俺は蛙の肉体の一部を凍らせるとその先に有る赤い結晶に狙いを付けながら一回転し……
「ぶっ潰れろ!」
最高のタイミングでイースの力を込めつつスリングを開放、スリングから放たれた弾丸は真っ直ぐ舌の銛を破壊され、慌てて逃げ始めた蛙の背中に向かって飛んでいく。
「ゲガアァ!?」
やがて蛙の背中にスリングの弾が到達し、凍った銛を破壊しながら核である赤い結晶に迫り、赤い結晶に到達したスリングの弾は一撃で赤い結晶を打ち砕く。
「ゲゲゴ……」
核を破壊された蛙の身体が泥土に変化していき、全てが泥土に変化すると一気に乾いて土くれに変化する。
「ふう」
『良くやった』
何ともあっけないと感じたが、イースの口ぶりから察するにあの蛙は死んだとみて間違いないだろう。
どうして死んだ後に土に変化するのかは分からないが。
『さて、新手が来る前に急ぐぞ』
「奥へ進むのか?」
『いや、我にはジャポテラスの神に伝えなければならない事も有るし、流石に貴様一人でこの『迷宮』を攻略するのは装備の内容にしろ、人数にしろまるで足りないからな。まずは素直にあの扉を通って元の世界に戻るとしよう』
「無謀による無駄な犠牲は望まないと言う事か」
『そう言う事だ』
色々と聞きたい事は出てきたがそれは一先ずおいておいて、俺はイースと頭の中で会話をしながら扉の方に近づいていく。
「……。体全部は無理でも認識票ぐらいは持って行ってやるか」
『好きにしろ。ついでに言えばそちらの土くれも多少は持って行っておけ。役に立つはずだ』
「分かった」
そして扉の前にまでやって来たところで血まみれの壁や床を見つつ俺はしゃがみこみ、綺麗に頭部だけが無くなっているベイタの死体から治安維持機構の人間全員に配布されている個人認識用の認識票を抜き取ると腰のポケットに収める。
血まみれになっているが、少なくともこれが有ればベイタの家族も多少は思いの落としどころを見つけやすいだろう。
で、こちらは何の役に立つのかまるで分らないが、イースに言われたので蛙型モンスターの変化した土くれを幾らか団子状にして回収しておく。
神様であるイースがわざわざ持ち帰るように言ったのだから、何か意味は有るのだろう。
『さて行くか』
「ああ」
俺は扉の前に立つと、観音開きになっているその扉をゆっくりと押し始め、扉が開いていくのに伴って扉の奥から白い光が漏れ始める。
やがて完全に開ききったところで、最後に一言ベイタに別れを告げようと思って俺は振り返る。
「ん?」
『アレは……!?』
そして振り返った俺はこの部屋の入り口、水密扉が有る場所に一人分の人影を見つけ、それと同時に俺と視界を共有しているイースが驚きの声を上げる。
イースが驚きの声を上げたその相手は……
血まみれの鉈を片手に蘇芳色の軍服のような服を纏った細身の女だった。
うん。出たね。アウターワールドストーリーだからしょうがないね。
なお、第5話以降はストックが溜まっている時や状況によっては2話以上同時に上げますが、基本的には1日1話となります。