第38話「清めの儀式」
翌日。俺は朝からイースの指示に従って塩、塊肉、千早に切袴と色々な物を治安維持機構本部近くに在る商店で買い揃えると、昼食を挟んだ後の午後から寮でイースの指導で本格的な修行を始めることとなった。
なお、今回買った物はイース曰く全て経費で落とせるらしいが……本当か?微妙に不安だ。
後、トキさんとソラさんの二人は討伐班に混じって実戦訓練をしているそうで、帰ってくるのは早くて夕方だろう。
「で、実際に修行するとしてまずは何からするんだ?」
『まずは着替えて、その後は清めの儀式だな。修行に不要だったり邪魔だったりするものは可能な限り除いておくべきだ』
「了解っと」
俺は広間でイースの指示に従って今着ている治安維持機構の制服を脱ぐと、午前中に買った千早に切袴だけを身に付ける。
イースによると本来ならばグレイシアンの巫女服の方が機能や相性の面から良いらしいが、今回は用意する時間が無かったのでジャポテラスの巫女服である。
尤も切袴の色を赤では無く青にするぐらいの事はしているが。
「うし、着替え終わったぞ。ん?どうしたイース?」
巫女服に着替え終わったところで俺はイースの方を向くが、イースは何故か気まずそうな視線をこちらに向ける。
『アキラよ。随分と躊躇なく巫女服に着替えたな……』
「……。あっ」
イースの指摘に俺は思わずその場で蹲る。
いやいやいや、これは拙いだろう。巫女服って完全に女物の服じゃねえか。俺は何でそれに当たり前の様に着替えているんだ。修行だからなんて言う言い訳でどうにかなる行動じゃなかったぞ今のは。どうしてこうなった?肉体どころか精神まで俺は女化してきてんのか?うわ、ちょっと待て。それは拙い!色んな意味で拙い!
『気を付けろアキラ。精神まで完全に女になったら契約が終わっても男には戻れないだろうし、性別の壁は我とアキラを分ける最も簡単で確実な壁の一つなのだからな』
「わ、分かってる!分かってるから心配するな!俺は男、俺は男、俺は男だ……」
イースが脅すように告げるその言葉を受けて俺は慌てて呪詛の様に何度も本来の性別を呟いて自身に言い聞かせる。
「よしっ!」
で、数分同じ言葉を呟いて精神が落ち着いたところで自分の両頬を叩いて喝を入れてから勢いよく立ち上がる。
うん。多分だけどもう大丈夫!
『では、風呂場に行くか。あそこが一番濡れても問題が無い場所だからな』
「おう」
と言うわけでイースの先導で二つのバケツを両手に持って風呂場に行く。
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「で、清めの儀式だって言うけど実際何をするんだ?」
『ジャポテラスでやる禊とそこまで違うものでは無いがな。まあ、我の指示に従って一つずつやって行こう』
俺は『迷宮』を発生させないために水が抜かれてある浴槽の中に入る。
「そのジャポテラス式の禊も俺はよく知らないけどな」
『良いのかそれで……まあいい、始めるぞ。まずはバケツに水を貯めろ』
「分かった」
俺は蛇口を捻って水を出すと、その水を二つのバケツの中に貯める。
そしてイースがもういいと言ったところで水を出すのを止める。
『で、こっちのバケツの水だけを氷に変えろ』
「範囲を絞るのは慣れてないんだけどな……」
『それも含めての修行だ』
イースが指示した方のバケツを手元に持ってきた俺は左目を瞑り、右目に力を集める。
そしてバケツの中に入っている水だけを狙って右目の力をゆっくりと開放して氷にする。
これだけ透き通った水だと気を付けてやらないと水じゃなくてバケツを氷に変えかねないからな。注意しないと。
「ふう……出来た……」
『この氷を砕いてもう一つのバケツに突っ込め。そして融けてもいいと思え』
「へーい……」
で、多少の時間を掛けてバケツ一杯の氷が出来た所で右手の爪を伸ばして触れることで氷を砕き、砕いた氷をもう一つの水が入ったバケツに入れる。
するとこの氷は融けてもいいと思っているので、氷は周囲の水から熱を奪いつつ融けて行き、しばらく経つと見事に冷え切った氷水が出来上がる。
『では、まずはこの氷水を頭から被れ』
「……はい?」
『冷え切った氷水で身体の表面に付いた穢れを凍えさせて動けなくした上で落とすのだ。本来なら雪が降っている屋外で天然の氷を入れた氷水でやるのが一番効果が高いのだが、これでも十分穢れは落とせる。ほれ、早くしないと氷水を作るところからやり直しだぞ』
「ううう……」
俺は両手で氷水の入ったバケツを持つ。当然ながら水は身を切りそうなぐらい冷たい。
だがこれをしなければ修行が進まないと言うのならやるしかない。
「ぬらあぁ!」
意を決して俺は頭の上でバケツを反対にして中に入っている氷水を頭から被る。
感想は言うまでも無く……
「寒っ!?」
ヤバいぐらい冷たかった。
一気に全身が冷えたのを感じる。と言うかこれ風邪を引いたりしないよな!?大丈夫だよな!?
『震えるほどツラいと言うのならとっとと済ませるか』
「お、お願いします……」
寒さに震える俺を見て一度溜息を吐いたイースは矢継ぎ早に次の指示を出し、俺は一刻も早く儀式を終わらせるためにそれに答えていく。
ただ、頭から氷水を被るのなんて本当に序の口だった。なにせ……
『もう一遍同じように氷水を作って次は両手を洗え』
「冷たっ!」
『今の氷水を捨てて次の氷水を作製。その氷水を手ですくって口を二度すすげ』
「ゴボゴボ……」
『同じように氷水をすくって今度はそれを飲め。こっちは音は立てるなよ』
「……」
『続けて手で三つの印を切ってから残った氷水を頭から被れ。印はこうだ』
「うい…………」
とまあ、身体の内も外も容赦なく冷やすような物だったからだ。
ううう……確かに何かが身体から抜け落ちてスッキリした感覚も有るが、それ以上に体が芯から冷えて全身が震えてる。
雪が降っている屋外でやった方が効果が高いとイースは言ったが、そんな事をしたら良くて風邪を引くし、最悪死にかねないぞこれ……。
『よし、最後に軽く髪と服を拭ったら次の作業に移るぞ』
「ちょっ!?着替えないのか!?」
『今アキラの体と服に付いている水は簡易の聖水だからな。濡れたままにしておいた方が却って邪念や穢れを弾き飛ばせるし、風邪を引いたりもせん。だから安心しろ』
「ううっ……その言葉信じてるからな……イース」
と言うわけで俺は濡れた服や髪を布で軽く拭うと未だに水が滴っている巫女服を着たまま幾つかの道具を持って寮の中を移動し、イース専用の祭儀場に移動した。
アキラちゃんの聖s……じゃなかった。
地味にアキラちゃんの女子化が進んでおります。
08/05誤字訂正