第32話「特務班始動-1」
翌日、午前中いっぱい使って検査を終えた俺は桜井女医から検査結果を病室で聞いていた。
「筋肉、骨、神経、内臓から魂や精神に至るまで一切の異常なし。それどころか運び込まれた時に有った擦過傷に髪の毛の乱れまで完全に再生済みと。いやー、相変わらずの再生能力ね」
「なのに気絶はしたと」
検査結果によれば怪我については完全に治っており、それどころか『迷宮』探索中にモンスターの攻撃で切れたり乱れたりしたはずの髪の毛まできっちり元通りに生え揃っていた。
ただこれだけの再生能力を持っている癖に『迷宮』崩壊時には気絶したんだよな。
その理由については桜井女医に分かっている範囲でいいからきちんと聞いておきたい。
「気絶した具体的な理由についてはちょっと分からないわね。なにせここに運び込まれた時点で入院する必要があるのか怪しいぐらいダメージは無くなっていたもの。ただまあ、それでも理由を考えるのなら……頭の打ち所が悪かったか、肉体的精神的疲労の蓄積か、能力行使の副作用のいずれかでしょうね」
「なるほど」
が、どうやら桜井女医にも具体的な理由は分からないらしく、やってられないわと言う顔を俺に見せる。
実際イースの力なら腕の一本ぐらいなら時間はかかるけれども再生可能らしいから、多少の傷や髪の毛程度ならあっという間だったのだろう。
「まあそんなわけで、アキラちゃんはお迎えが来次第退院ね」
「了解しましたっと」
そして俺はトキさんソラさん二人がやって来たところでジャポテラス神療院を退院することになった。
なお、各種費用に関しては治安維持機構持ちである。
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俺、トキさん、ソラさんの三人はジャポテラス神療院を出ると、今後について話をしつつ治安維持機構討伐班の寮に向かってその周囲にある貴族街を歩いていた。
「で、結局俺たちの今後はどうなるんだ?」
俺は周囲から多少の不躾な視線を感じつつ二人に今後どうなるかについて聞いてみた。
「それについては今朝連絡が来まして、私たちは通常の討伐班から外れて治安維持機構長官の直轄……実質的にはスサノオ様の直下である特務班と言うものを新たに創設し、そこの第一部隊になるそうです」
「特務班?」
「アキラお姉様を班長として通常の討伐班では攻略が難しいと判断された『迷宮』の攻略を行ったり、独自にジャポテラス内外の見回りを行って『迷宮』を攻略することを目的とした班だそうです」
「何と言うか、色々と軋轢を生みそうな話だなぁ……」
二人の話を聞いた俺は思わずそう漏らしてしまう。
実際好きに動けるのはありがたいが、この新たな班の存在は確実に討伐班のプライドを傷つけるだろうし、その結果として様々な問題も発生するだろう。
そしてその問題に俺が巻き込まれるのは別にいいが、トキさんとソラさんの二人が巻き込まれるのはな……。
「心配しなくても表だって問題が起きることは無いと思いますよ」
「ん?そうなのか?」
「はい。内心でどう思っているかは分かりませんが、討伐班の総班長は表向きでは神の分体を憑けているような巫女に命令を下すような立場にならなくてよかったー!とか言ったそうです」
「加えてスサノオ様の命令でもありますから。個人的かつ低俗な理由での批判はどうあっても出来ませんし、やって立場が悪くなるのは批判した側です」
「むう」
それはそれでどうかと思うが、まあ表に出てくるような大きな問題が起きないのならそれに越したことはないか。
ところで討伐班の総班長殿?巫女ってどういう意味ですかねぇ?いや、俺の見た目からしてそう言いたくなるのは分かるけどさ。でも、俺を巫女扱いするのはねぇ……ふふふふふ。
と言うか二人とも今の話からして細かい問題なら起きる可能性はあるって事だよな。そんな班に居て良いのか?
その点について二人に訊いてみたところ、
「アタシはアキラお姉様が行くところ何処までもです!」
と、ソラさんは元気よく答え、
「私はアキラさんの手伝いを何時までもしたいと思っていますから」
と、トキさんは答えた。
うーん。二人とも俺を慕ってくれるのは良いが、そこまで深く慕われる理由なんてあったか?いずれ機会が有ったらきちんと問い質したいかもしれない。
「で、話は戻りますけどアキラさんが今日退院すると言う事で特務班第一部隊の活動は正式には一週間後からで、明日からはまず開発班や諜報班など他の班へのあいさつ回りだそうです」
「開発班に諜報班なんかはアタシたちへの対応を優先的に行う部隊をわざわざ作ってくれるらしいですよ」
「ふうん。まあ、バックアップは大切だしな。ありがたく利用させてもらうか」
歩き続けていた俺たちはやがて貴族街を抜けて治安維持機構の本部近くに在る本部に務める人間向けの商店が詰める通りに到達し、夏も近くなって日差しがキツく、喉も乾いてきたと言う事で俺は牛乳を、トキさんとソラさんもそれぞれ適当な飲料を購入してのどを潤す。
ところで、俺が牛乳を飲み始めたら突然男女問わず周囲から向けられる視線が胸に向かう様になった気がするんだがどういう事だ?
「ゴホッ、ゴホッ、ま、まあ。いずれにしても本格的な活動は明日からで、今日の所はアタシとトキ姉ちゃんのお引越ぐらいしかやるべき事は無いですね」
「引っ越し?」
俺の顔を見たソラさんが何故か咳き込みながら、話を多少無理矢理に進める。
それにしても引っ越し?引っ越し……まさか!?
「えーと、引っ越し先って言うのは?」
俺はその想像に若干頬を引き攣らせながら二人の顔を見る。
それに対してソラさんは満面の笑みで、トキさんは当然の事だと言う表情で答える。
「そりゃあ勿論アキラお姉様が今住んでいる寮ですよ」
「あの寮は以後特務班用の寮として扱われるそうです」
「そーですかー」
二人の言葉に俺はスサノオ様が以前言っていた言葉を思い出し、それなら止むを得ないかと自分の中で結論を出しておく。
と言うかアレだ。引っ越しが完了した後に不意打ちの形でそれを告げられるよりはマシだと思っておくんだ。そうすれば怖くないし辛くない。
「とりあえずそう言う事ならこの後は寮の中の案内か」
「よろしくお願いしますアキラさん」
「お願いしますねアキラお姉様!」
そして俺たちは治安維持機構の本部が有る土地の中に入って行った。
いやだって、アキラの能力は普通の人間と組ませるのは無理があるスペックですし。