第31話「試験後のアレコレ」
「ん……?」
「あ、アキラお姉様」
「起きましたか」
目を覚ますと何処かで見た天井が視界に入り、トキさんとソラさんの二人の声が俺の耳に届く。
二人の声がした方に目を向けたらこれまた以前見たのと同じ光景が広がる窓が見えたので、とりあえず場所についてはジャポテラス神療院の以前入院していた部屋でいいらしい。
「今は何時?」
「時間ですか?それなら入班試験終了から丸一日経ってます」
「アキラお姉様ってば『迷宮』が消えるのと同時に眠ってしまって、みんな心配してたんですよ」
「皆……ねぇ」
二人の言葉を聞く間に『迷宮』の主を倒した直後に自分が気を失った事を思い出し、気を失ったことで主との戦いでダメージを負ったと判断されて神療院に運び込まれたのだろうと予想を付ける。
それにしても皆心配していたと言うが……俺に向けられていた目を考えるとな。むしろ化け物が倒れて安心したって所じゃないのか?
まあいいや、それよりも聞いておくことが有るな。
「入班試験の合否については?」
「『迷宮』崩壊時に生存しており、尚且つ後遺症が残るような怪我を負わなかった候補生は全員合格扱いだそうです」
「なるほどね。と言う事は俺もトキさん、ソラさんも合格と言う事か」
「そう言う事になります」
どうやら討伐班の入班試験そのものについては合格したらしい。
なら一安心と言えるか。
で、死人はともかく戦えなくなるほどの後遺症ってのは……恐らく三理マコト辺りの事か。赤唐ジローの死体は相当悲惨な状況になっていたからな……アレを目の前で見たショックは相当のものだろう。
「と、そう言えば角取キオの件はどうなったんだ?」
「わわっ、アキラお姉様体を急に起こすのは」
「大丈夫だからその辺を教えてくれ」
「そうですね……」
俺は体を起こして赤唐ジローを殺した張本人である角取キオについて二人に聞いておく。
結局、『迷宮』の中では額から青い結晶が生えて暴れ出したらしい角取キオには出会わなかったからな。その辺りはしっかりと確認しておきたい。
「角取キオについては行方不明になっています。ただ、三理マコトの言葉と私たちが発見した赤唐ジローの死体から化け物になったのは間違いないと判断されました」
「最悪の事態としては『迷宮』崩壊と同時に角取キオが現れて暴れると言うのも考えられていたんですけどね」
「なるほどな……」
どうやら角取キオについては結局行方知れずになってしまったらしい。
さらに詳しく話を聞くと角取キオ自身に遭遇したグループは存在せず、また角取キオの仕業と思しき死体も赤唐ジローの物しか上がっていないそうだ。
そのため角取キオが化け物になったのは間違いないが、その後何かしらの手段によって俺たちが今居る世界とは別の空間に消え去ったと考えられているらしい。
別の空間……うーん、タカマガハラのような特殊空間と言う事かな。
「他に何か聞きたい事は?」
「特には……ああいや、俺がいつ退院できるのかとか、今後はどうなるのかについて分かる範囲で教えてもらっていいか?」
「えーと、アタシが知ってる限りだと退院についてはこの後の検査で異常が無ければ。とのことです。今後については……」
「例年通りなら入班試験時のグループを基本として各自の能力や装備に合わせて再編成し、任務にあたるはずです」
「そうそう。そんな事を鈴鳴教官が言ってました」
「ふうん」
例年通りなら……ね。
わざわざそんな事を言うってことは逆に言えば今年は例年から外れているって事だよな。
原因は……俺だろうな。どう考えても『迷宮』の主は候補生レベルでどうにか出来る強さじゃなかったし、本来ならそれ専門の部隊を組んで当たるべき相手だったのだろう。
俺はイースの力で無理やり倒したわけだが。
「いずれにしても検査は明日以降になると思うので、今日はゆっくりと休んだ方がいいと思います」
「それじゃあ、アキラお姉様。今日はもうトキ姉ちゃんと一緒に帰らせてもらいますね」
「分かった。二人とも帰り道に気を付けろよ」
「はい」
「お気づかいありがとうございます」
そうして二人は少々作った感じのする笑顔を浮かべて席を立つと、「一応、看護士の人にアキラさんが目覚めた事を伝えておきますね」と言う言葉と共に病室を後にした。
二人とも特に何も言っていなかったが、恐らく人の死体も本物のモンスターも間近で見たのは今回が初めてだろうな。
となれば今は大丈夫でも近いうちにその反動が表れるかもしれない。そうなった時は……まあ、素直に退いてもらうしかないか。
どういう形にしてもそれに耐えられない人間は討伐班に居るべきではないのだろうし。
「で、イース起きてるか?」
『つい先ほどな』
俺はイースに呼びかける。するとイースが俺の胸元の辺りから顔を出す。
何処から顔を出しているんだお前はと思うが、まあイースは雌だし、よくやってる事だから今更突っ込む事でもないだろう。
それに訊きたい事も有るしな。
「質問なんだが、イースとの契約のレベルを強める事って出来るか?もしそれが出来るのなら今回の『迷宮』の主を遠距離から直接氷に変える事も出来ただろうし、ちょっと聞いておきたい」
『可能不可能を言えば可能だ。ただ現段階でも我とアキラの契約はかなり無理をしているからな。リスクを回避しつつ契約の深度を深めたいのならそれ相応の儀式や、条件を整える必要がある。とりあえずこの場では無理だな』
「分かった。そう言う事なら退院して寮に戻った時にでも教えてくれ」
『了解した』
そして話がここまで進んだところで、前回の時も俺の担当だった桜井女医と貞操に危機感を覚える看護士が病室の中に入ってきたために俺とイースの話は強制終了され、その対応で俺の感覚的には『迷宮』の主との戦い以上の疲労を覚えることとなった。
だからなんで胸を揉もうとする!?
■■■■■
同時刻、タカマガハラの一室。
「おハロー!フォトンちゃん。呼ばれたから遊びに来たよー」
「やっほー!フェルミオちゃんいらっしゃーい」
そこではオレンジ色の髪に赤と青のオッドアイでチャイナ服の上から白衣を着ると言う特異的な格好をした女性と、タカマガハラの最高神であるアマテラスが動きやすさを重視したと思しきTシャツにジーパンと言う格好で、茶菓子と緑茶、急須が上に置かれたちゃぶ台を挟む形で会っていた。
「と、今日はオフ会じゃないから
「ああそう言えばそうか。なんかアマテラスちゃんの弟さんが私に会いたいとか言ってるんだっけ?」
「そうそう。なんか聞きたい事が有るらしいよ?」
「姉の女友達に妻が居る男が会いたいとか、それだけ聞くとかなり危ない話だよね。三角関係的な意味で」
「だよねー」
二人……正しくは二柱の神、『太陽神』天照大神と『神喰らい』エブリラ=エクリプスの分体は話題に上がっている本人が居ないのを良い事に茶を楽しみながら微妙に危うい会話を続ける。
ただ、話をする事に気を取られていたのだろう。
本人が気配を消していたのもあるが、とにかく二人はふすまを開けてその本人が入って来るのに気付かなかった。
「でも大丈夫。スサノオちゃんはヘタ……レウフッ!?」
「アマテラスちゃん!?オウフ!?」
そして次の瞬間には話に上がっていた本人……スサノオは一気に駆け寄って自分の事を好き勝手言っていた二人に対して某格闘ゲームの格闘家並に見事なアッパーを決めていた。
「さーて……色々と聞きたい事が有ったがその前に……」
やがてスサノオはその場から逃げ出そうとする二人を睨み付けながら宣言する。
「説教だこの駄女神共がぁ!!」
「ニャアアアァァァ……!?」
「ヒイイイィィィ……!?」
それからしばらくの間タカマガハラの一室からは絶え間なく呻き声が上がっていたと言う。
駄女神ズが出ると空気が一気に軽く……