第30話「木琴の迷宮-7」
「じゃ、行ってくる」
「お気を付けて」
「無茶はしないでくださいね」
トキさんとソラさんの二人に指示をしたところで俺は隠れている通路から、ゆっくりと他の候補生たちが追いつめられている行き止まりに向かう『迷宮』の主目がけて飛び出す。
勿論、何があっても対応できるように右目に力を集め、スリングには弾をセットしておく。
「マリッ!」
『来るぞ!』
「分かってる!」
そして俺が『迷宮』の主が現在居る円筒状の空間に到達した時点で突如として主は俺の方を向き、先程何かを発射していた金属製の筒をこちらに向ける。
「マ……」
イースの力によって俺の動体視力が強化された事により全てがゆっくりとした動きに変化する中で、主の金属製の筒から俺に向けて線のように見える何かが放たれる。
「リ……」
どうやら主が放っている何かは相当のスピードを持っているらしい。その為にあの蛙の銛ならばはっきりと捉えられたこの目でも線としか捉えられないのだろう。
「ン……」
うん。この飛んでいる物の正体はわからないが速過ぎる。受け止めたり弾き返したりするのは無理だな。
と言うわけでだ。
「間に合え!」
「バ……」
俺は身を屈める事で自身の頭に迫っていたそれを回避し、続けて身を屈めた事によって蓄えられた足のバネを使って斜め前に飛び出す事によって身体の他の部分に向かっていたそれをいくらか体に掠らせつつも避ける。
「アアアァァァ!」
そのまま主の周りを回るようにして俺は少しずつ主に接近していく。
金属製の筒から何かが発射される度に轟く音が耳障りな事この上ないが、これでスピードを緩めない限り俺に攻撃は当たらないだろう。
「凍れ!」
「マ!?マアアァァ!?」
「うおっ!」
そして十分に距離を詰め、トキさんとソラさんの二人が居る通路と他の候補生たちが留まっている通路に主が背を向けた所で俺は右目の力を開放して表面部分を凍りつかせる。
すると金属製の筒の何本かが爆発を起こし、主は何度か回転しつつ一瞬浮力を失って地面に落ちるが、その後すぐに浮力を取り戻して浮かび上がる。
何が起きたのかは分からないが、一瞬の隙を作るぐらいしか効果が無いと思っていた右目が予想以上の効果を上げたのはありがたいと思っておこう。
「マアアァァリンバアアァァ……」
「怒ったか?来いよ。返り討ちにしてやる」
主が本体であろう球体上に有る黒子の様な目をこちらに向けながら怒気の様な物を放つ。
それに対して俺はさらに挑発をして主の目がこちらにしか向かないようにする。
そしてその間にトキさんとソラさんの二人が元居た通路から、候補生たちが閉じ込められている通路に向かって走って行き、通路に潜り込むことに成功する。
これで負傷者の治療スピードも上がるし、負傷者が減れば援護射撃の量も正確さも増すだろう。
何より金属製の筒による射撃攻撃は筒の表面を凍らせてしまえば良い事も分かったからな。先手を取って潰せる。
尤も、それは相手も理解している事だから……
「マリンバ!」
「っと!げっ……」
主が腕の片方を振り上げると手に持った撥に力が集まり、十分に集まったところで俺の間近にまで音も無く迫って勢いよく振り下ろす。
俺はそれを後ろに飛んで回避するが、撥が振り下ろされた床は大きな亀裂が走り、撥が直接当たった場所に至っては粉々に砕かれていた。
うん。当たり所がどんなに良くても当たったら骨は確実に砕けるな。
「マッマリンバ!」
「まずっ……!?」
そして一撃では当たらないと判断したのか主は両腕を上げ、今度は両方の撥に力を集める。
俺はその光景に右目の力で腕を凍らせようとしつつ主の横に回り込もうとするが、やがて十分に力が溜まったところで氷による妨害など関係ないかのように主は俺に向かって撥を振り下ろし始め、何度も振り下ろされるそれを俺は必死の思いで左右に飛んで避けていく。
「ぐっ……」
『何としてでも避け続けろアキラ!』
「言われなくても!」
イースの力で動体視力を上げているが、一撃でも当たれば致命傷になる攻撃が連続して繰り出される中で俺は少しずつ、しかし確実に肉体的にも精神的にも消耗していく。
また、小まめに主に向かって右目の力も行使しているが、並のモンスターとは比較にならない程こう言った力への抵抗力が高いためなのか表面を氷に変える事すら難しく、結果として近くの空気を氷に変えて付着させるのが限界になってしまっている。
おまけにこの攻撃ペースでは赤い結晶を狙ってスリングや爪で攻撃する暇も無い。
くそっ、本当にキツイな。
「マ、リンバー!」
『イカン!』
「くそっ!?」
そしてどうやっても避けきれないタイミングで攻撃が来てしまい、俺がせめて致命傷だけでも防ごうと両腕を構えたタイミングで……
「マママァ!?」
「来たか!」
主の背中に向かって火球などが殺到して主の動きが止まり、その隙に俺は後ろに飛んでスリングを回し始める。
今の火球が何であったかなど考えるまでもない。トキさんたちが合流して息を吹き返した穂乃さんを始めとする他の候補生たちによるものだろう。
「マ……ガアアァァァ!?」
「隙ありぃ!」
トキさんたちの攻撃を受けた主はそちらを向こうとするが、その前に俺はスリングを開放して弾を投射。
放たれた弾はモンスターたちの命である赤い結晶に向かって勢いよく飛んでいき、弾が直撃した赤い結晶は粉々に砕け散る。
そして一つ目の核を破壊された主はその場で七転八倒を始める。
流石に核を直接砕かれればモンスターにとっても痛いと言う次元ではないらしい。
「マアアァァ……」
と、俺がスリングに次の弾をセットし、通路の奥から追撃を加えるためにアタッカーの候補生が出てこようとしたところで主が両腕を天高く突き上げる。
『イカン!』
「分かってる!」
イースが警戒の言葉を発して俺の動体視力を上げると共に、俺は主の動きに嫌なものを感じ取ってこちらに向かって来ている面々を手で制しながら後ろに飛んで距離を取り始める。
「リンバアアァァ!!」
そして俺の制止に気づいた候補生が止まり、気づかなかった候補生がそのまま進む中で主は両手の撥を振り下ろし、いつの間にかその先に位置が移動されていた木の板に撥を当てる。
「ぐぅ!?」
「「がああぁぁ!?」」
「「くうぅっ!?」」
その瞬間俺の全身を衝撃波が突き抜けて吹き飛ばされ、通路に居た面々も通路の奥に向かって吹き飛ばされていく。
「今のは……」
『恐らく音による攻撃だ。アキラは我の力で強化されているからいいが、あちらは酷い事になっているな……』
「そのようだな……」
イース曰く今の攻撃は音によるものらしい。
となると流石に音は右目の力でも防げないし、今の攻撃はかなり拙いな。
俺はふらつきながらも立ち上がって主とその先に在る通路に目を向ける。
通路にはぐったりとして未だに動かない人間とふらつきながらも動けている人間の二種類が居るようだった。
どうやら同じ通路でも位置によってだいぶ受けるダメージに差が出ているらしい。
「マリンバアアァァ……」
主はこちらを睨み付け、両手に持った撥に力を貯めながらゆっくりとこちらに接近してくる。
どうやら俺にトドメを刺す事を優先するらしい。
さて、確認した限りでは主の身体にある赤い結晶はもう一つ。今それは……しっかりと木の板でガードされているか。
「イース。一つ確認だが、右目の力は距離が近い方が効果が強くなるよな」
『ああ、距離が開くとそれだけ力が拡散して氷に変える力自体は弱まる』
「了解……っと!」
「マリンバアアァァ!」
主が俺に向かって撥を振り下ろすが、俺はそれを横に飛んで回避し、右目に力を集めつつも至近距離で主の攻撃を回避し続けて主の隙を窺う。
そして俺が攻撃を避けている間に散逸的にだが援護の攻撃が主に向かって飛び、その身を僅かずつにだが削っていく。
「マアアァァ……」
『イカン!また来るぞ!』
やがて業を煮やした主が再び両腕を振り上げて先程の音波攻撃を放とうとする。
この距離であの音が直撃すればイースの力で強化されている身体と言えども流石に保たないだろう。
となればだ。
「凍れ!」
「リンバアアァァ……ア?」
俺は撥が振り下ろされる先であった木の板に向かって右目の力を開放して氷に変えてやる。
流石に目の前と言ってもいい場所にある上に身体から離れている部位なら主レベルの抵抗力があっても氷に変えることは出来るらしい。
そして俺の目の前で主が撥を振り下ろす。
だが、氷と化した木の板では当然ながら勢いよく振り下ろされる撥と衝突して大きな音を発生させるどころか砕け散り、結果として音は発生しない。
出してから防げないのであれば出される前に止めてしまえばいい。後になって聞いた話だが、それが『迷宮』内での俺の役割であるジャマーの神髄だそうだ。
「凍って……」
そして音が出ない事に困惑したのか動きを止める主に俺は接近し、赤い結晶を守っている木の板を右目で氷に変える。
と同時に俺は右手の爪をイースの力によって大きく伸ばす。
「砕けろ!」
「マ……」
俺の動きに気づいた主が俺の攻撃を防ごうと動き出すがもう遅かった。
突きの要領で俺は腕を伸ばし、爪の力によって氷と化した木の板を容易く貫くと同時にその下に有った赤い結晶も刺し貫いて砕く。
「ガ……」
全ての核を破壊されたためなのか、俺が腕を引き抜くと同時に主は全身を土くれに変えながら浮かび上がっていく。
「アアアァァァ!!」
そして絶叫を上げて周囲に土くれをばら撒きながら爆発し、『迷宮』の主が爆発すると同時に周囲の風景が歪みだしてそれに伴う形で俺は意識を失った。
『迷宮』攻略完了
あ、キオの再登場はもうちょっと先になります
07/28誤字訂正