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第3話「始まりの迷宮-2」

「すぅー……はぁー……」

 俺は深呼吸をして呼吸を整えると、現状を打破するためにも改めて通路の先に在る門とその前に立ち塞がるモンスターの様子を観察する。

 門はここにある立方体と同じような素材で出来ていて、観音開きになっているらしい。それと何となくだが周囲に漂っている空気が違う。

 うーん……。ここに来るまで見かけた扉がいずれもそこら辺の壁と同じ材質で出来た水密扉だった中で突然違う素材で出来た観音開きの扉。もしかしなくても特別な扉と考えていいだろう。

 そしてそれを守るモンスターは背中に無数の矢じりを付けた蛙……いや、ベイタの死体と大きさを比較すればモンスター本体の体高が2mちょっとで、この距離からはっきりと先端もその返しも見えることを考えれば銛と言った方が正しいか。

 とにかくそいつはベイタの死体には見向きもせずに頭の部分に付いている二つの黒子(ホクロ)のような物体をしきりに動かしている。


「っつ!?」

「ゲゴッ」

 目が合った。直感的にそう感じた瞬間、俺は体勢を崩しながらも立方体の影に頭を引っ込め、加えて立方体の別の面の影に隠れられるように駆け出していた。

 そして俺が駆け出すと同時に、ついさっきまで俺の頭が有った場所を射抜くように高速の銛が突き抜けていき、その進路の先に有った壁に勢い良く突き刺さる。

 俺は直感的に理解する。ベイタはこれで頭を撃ち抜かれたのだと。

 それと同時に銛の根元に赤い糸のような物が張られているのも俺は見て、さっき目が有った時と同じように嫌な予感を俺は感じ取る。


「ゲゴゲゴ」

「っ……」

 そして立方体の別の面に俺が身を潜めたところで、俺の嫌な予感を裏打ちするように先程の銛が突き刺さった瞬間よりも更に大きな衝突音が銛が刺さった場所から蛙の鳴き声と共にした。

 俺は息を殺せ。息を殺せ。と頭の中で自身に対して必死に念じる。

 何が起きたのかは何となく分かっている。壁に刺さっている銛と糸を利用してあの蛙がこちらに飛んで来たのだろう。

 だがそれで終わりで無かった。


「ぐっ!?」

 蛙の背中に設置された無数の銛が一斉に発射され、周囲の壁と言う壁から天井、床に至るまで銛が突き刺さり、それに伴って最早音として認識できず衝撃波として感じられるような空気の振動が俺の身体に襲い掛かる。

 もしも俺が同じ場所に隠れ続けていたり、蛙との間に遮蔽物を挟まない位置に居たら……死体が残っているかすら怪しいだろう。


「あれは……」

 壁から銛が引き抜かれ、蛙の身体に回収されていくと同時に壁の傷が修復されていく。

 そして銛が引き戻されていく中で、俺は一瞬ではあるが蛙の背中に赤く輝く結晶を見る。

 ああそうだ。今まで忘れていたが前に小耳に挟んだことが有る。モンスターの身体には必ず何処かに赤い結晶が有って、それこそが奴らモンスターの心臓であり、脳なのだと。

 そしてそれを破壊したり、身体から引き抜ければ奴らは死ぬのだと。


「……くそっ!」

 俺は頭の中で蛙の身体からあの結晶を引き抜いたり、破壊したりすることが出来るかを考える。

 だが、すぐに無理だと判断せざるを得なかった。

 引き抜く?あの銛の嵐の前に接近できるはずがない。一瞬にして挽肉にされるのがオチだ。

 破壊する?銛が発射された後の僅かな時間の間にスリングの狙いをつけてか?引き戻しの銛に巻き込まれて死ぬ未来しか見えない。

 俺は状況を良くしない事は分かっていても思わず頭の中で悪態を吐く。

 状況を打開する術を持たない自分に、ベイタの仇を取れる力を持たない自分に、あそこに居座っている蛙に、この迷宮を作った創造主に、俺に戦えるだけの力を与えなかった神々に、こんな事になっても助けの一つすら寄越さない神々に、そもそも姿すら見た事が無い者たちも含めたありとあらゆるものに対して悪態を吐き、怒りをぶちまけ、今まで築き上げてきた信仰を投げ捨てていき、こうしていても結局何も変わらない事に対して更に怒りを募らせる。


「俺にもっと力が有れば……力が有れば……」

 頭の中で何かが引き千切れていく感覚がし、それに伴って身体の中から力が抜けて行くのを感じる。

 恐らくだが信仰を投げ捨てた俺に愛想を尽かした神々が俺に授けていた力を引き上げて行っているのだろう。

 力を求めて逆に力を失うとは何とも皮肉なものだが、神に見捨てられると言う絶望故にか逆に頭がすっきりしてきた気がする。

 そして俺はやれるだけのことはやってやろうと考えると、行動を起こすために立ち上がろうとするが……


『止めておけ。ただの人間ではどう足掻いても奴らには指一本触れる事すら敵わんよ』

「っ!?」

 その前に何処からか不思議な声が響いて俺はその声に自分の身を強張らせる。

 だがそれと同時に俺は声の主を探して首を巡らす。


『こっちだこっち』

「なっ!?」

 俺は声がした方に視線を向ける。

 そこに居たのは一点の汚れも無い白くて美しい鱗を持った小さな八本足の蜥蜴だった。

 俺は一瞬その蜥蜴が新手のモンスターではないかと思うが、すぐに体から発している気配や、俺に声をかけたと言う事実からその考えを否定する。

 それどころかその身から発している気配は、細部こそ微妙に違うが間違いなく神々に連なる者の気配だった。


『さて、神々の力を必要とするのに信仰を投げ捨てた者と、信心を必要とするのに信者を失った神がこのような場所(迷宮)で出会うとはこれまた奇妙な縁ではあるが、今はこの奇怪な縁に感謝して問いを投げかけよう』

 蜥蜴は八本の脚を器用に動かして俺の足元にまでやってくると、銀色の右目と水色の左目で俺の顔をしっかりと睨み付けてくる。


『人間よ。力が欲しいか?』


「……」

 俺は蜥蜴のその言葉を頭の中でゆっくりと反芻した後、蜥蜴の顔をしっかりと睨み付ける。


「欲しいね。だが他の神々の様にただ力を与えて、そっちの好きなタイミングで取り上げられるなんてのはゴメンだ。俺に力を寄越すのなら誓え、俺が死ぬまで力を与え続けると」

『中々に傲慢で身勝手で不遜な言い分だな。人間よ。神に対してそこまで言った愚か者は早々居まい。だが気に入った。故に言わせてもらおう。良いだろう!貴様が死ぬまで我が力は貴様一人の物だ!そして貴様こそ誓え!奴らが根絶やしになるまでモンスターとそれを統べる者と戦い続けると!!』

「良いぜ。乗ってやるよ」

 俺は歯で軽く指先を噛んで皮膚を切ると、そこから血をにじみ出させる。

 対して蜥蜴は自身の身体を掻いて鱗の欠片を出すとそれを俺に向かって突き出す。


「俺の名前は白氷アキラ。人間だ。お前は?」

『我はイース。(アイス)蜥蜴(バジリスク)と人間たちから呼ばれている存在だ』

 イースが俺の指先から血を舐め、俺がイースの鱗の欠片を指で掬い取って舐める。

 己が身の一部を交換し合い、お互いの名を告げあうこの契約はこの世界に伝わる神と人間が交わす契約の内で最も深く、古く、強い契約の一つ。

 切ろうと思っても切れない程深い縁を繋ぐ契約。


「『契約成立だ』」

 そして契約が結ばれ、俺とイースは光に包まれた。

バジリスクは八本足に王冠を被った頭が特徴的ですね。

イースはバジリスクでは無くアイスバジリスクなので色々と違いますが。


07/02誤字訂正

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