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第29話「木琴の迷宮-6」

「……」

 俺は黙々と『迷宮』の中を進み、発見したモンスターは一体も逃がさず残さず殲滅していく。

 そのお陰かは知らないが、少しずつ頭も冷えてくる。


「はぁはぁ……」

「ふぅ……」

 ただ俺はともかくとして普通の契約しか神と結んでいないトキさんとソラさんの二人の身体と精神には確実に疲労が蓄積されているらしく、その呼吸は荒くなってきている。

 他のグループには未だ遭遇していないが、これはそろそろ退く事を考えた方がいいかもしれないな。


「二人とも。そろそろ引き上げよう」

「っつ!?まだ行けますアキラお姉さ……ぷっ!?」

「分かりました。帰り道も考えれば限界は近いですし」

 俺の提案に反対しようとしたソラさんの口をトキさんがその手で塞ぐ。

 限界まで頑張ろうとしてくれるのはありがたいが、今は無理をするべき時じゃないからな。そこは考えて行動するべきだろう。


「むぅ……分かりまし……っつ!?」

「どうしたの?」

「その、そこの十字路を左に曲がった先に……」

 と、ここで突然ソラさんが若干顔を青ざめつつ俺たちの進行方向先に有る十字路を震える手で指差す。

 どうやら何かを見つけたらしいが、この反応から察するに……そう言う事だろう。


「死体?」

「!?」

「はい……大量の土くれと一緒に男性候補生の死体が有ります……」

「分かった。それ以上は見なくていい。トキさん。ちょっと見てくる」

「気を付けてください。アキラさん」

 俺はソラさんに見たものを確認する問いをぶつけ、予想通りの答えが得られたところで震えるソラさんをトキさんに任せて一人十字路を左に曲がった先に進む。


「…………」

 そこに有ったのは上半身だけの首が有らぬ方向に曲がっている男子候補生の死体と、その周囲に転がっている無数の土くれ。

 俺は死体に近づいて死体から認識票を取り出すとそこに書かれている名前を確認する。

 書かれてあるのは三理君と同じグループだったと言う赤唐ジローの名。

 つまり三理君の話が事実ならこの辺りで角取キオは化け物になり、暴れ出したわけか。


『それにしてもモンスターもこの死体もどれも一撃か。相当な力だな』

「(仮定の話になるが、遭遇して戦ったら勝てるか?)」

『不可能とは言わんが厳しいな。強力な再生能力に馬鹿力を持つと思しきこやつと、遠距離主体の我とアキラでは接近されきったら勝ち目はまず無くなるな』

「(分かった)」

 イースが死体や土くれの状況からこれを為した存在の力を推察し、俺は戦えるかどうかを聞いたが、イースの声が苦々しいものを含んでいる辺りからしてどうやらだいぶ厳しいようだ。

 俺は彼の死体に向けて軽く祈りを捧げると死体に背を向けて二人の所に戻ろうとする。

 そして二人の姿を視界に捉えた所で……


「爆音!?」

「「!?」」

 遠くから明らかに戦闘によるものだと分かる爆音が俺たちの耳に届く。


「アキラさん!」

「アキラお姉様!」

 二人が俺に駆け寄る中で俺は迷う。

 爆音が届いた場所に味方が居るのはほぼ間違いない。

 だがしかし、赤唐ジローの死体がここに有った事を考えると敵対者に角取キオが含まれている可能性も十二分に存在する。

 二人が疲弊している状況でこのレベルの存在と戦うのは流石に避けたい。


「行きましょう!迷っている暇はありません!」

「行くよアキラお姉様!」

 だが二人は行くことを望んで駆け出す。その表情に焦りの色はあっても疲労の色は無い。

 恐らくは自分の身よりも仲間を助ける事を優先したためだろう。

 こうなれば俺の取れる道はただ一つだ。


「分かった。行こう」

 そして俺は二人と共に途切れ途切れに爆音が響く方向に向かって駆け出した。



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「あれは……」

 俺たちが爆音が響いている場所に近づくとそこには奇妙な姿の……しかし教本には載っていなかったモンスターが一体居た。

 俺たちは何かを探している様子のそいつを通路の角で出来る限り身体を隠した状態で観察する。


「マンマルリンバー」

 そいつは球体から何十本もの細い金属製の筒と撥を持った二本の腕が生えており、周囲には長さの違う木の板が何本も浮かんでいて時折それを腕に持った撥で叩いていた。

 ただこの球体をモンスターとした場合、最もおかしいと考えるべきなのはその姿では無く球体から生えている赤い結晶の数だった。

 通常、モンスターの身体から生えている赤い結晶は一つしかない。それをコイツは此処から見える限りでも二つは持っていた。

 これはどう考えてもおかしい事だった。


「(イース。あのモンスターはなんだ?どうして複数の赤い結晶を持ってる?)」

『恐らくはあの球体がこの『迷宮』の主だな。主は複数の赤い結晶を持っている事が良くあるからな』

「(主……と言う事はアレを倒せばこの迷宮は消滅するのか?)」

『そう言う事になる。尤も一筋縄ではいかんがな』

 イースがそこまで言ったところで、いつか見た様な火球が『迷宮』の主に直撃して爆発する。

 その光景にトキさんもソラさんも一瞬歓喜の表情を作るが、すぐにその表情は曇る。

 理由は単純にして明快。


「マンマリンバー」

 攻撃が直撃したはずの主は一切のダメージを負っていなかったからだ。


「マ、リンバー!!」

「「「!?」」」

 そして、反撃と言わんばかりに主は自らの身から生えた筒を火球が来た方向に向けると、凄まじい量の音と閃光と共にそこから何かが放たれる。

 当たればどうなるかは……考えるまでもないか。


「……。ソラさん。近くに居るはずの味方の位置と状況は?」

「えと……あの球体が向いている方に居るようですが、行き止まりになっていて逃げられないようです。それと負傷者も複数居るようです」

「なるほどね……(イース、俺たちの戦力でアレに勝てるか?)」

『詳しい能力が分からない以上は何とも言えんな。ただ、赤い結晶を全て潰せば死ぬのは普通のモンスターと同じだ』

「(そうか)」

 俺はソラさんに主と戦っているはずの候補生の位置と状況を聞いてどうしてあれから逃げようとしないのかも納得する。そしてイースにもアレに対抗する事が出来るかを聞く。

 自分のグループの事だけを考えれば逃げる判断をするべきだろう。

 だが俺たちが逃げればやがて彼女たちは『迷宮』の主に追い詰められて殺される事になる。

 イースとの契約も有るが、それ以上に俺はそれを許せない。加えてこんなところで逃げていたら何時まで経ってもあの女と戦えるだけの力なんて得られない。

 となればだ。


「分かった。二人には面倒を掛けるだろうけど、どうにかしてみんなを助けるとしよう」

「はい」

「分かりました」

 俺たちのグループが取る行動は一つしかなかった。

ボス戦ですよー


とりあえずドアップで死体を見りゃあいくらソラでも驚きます。

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