第28話「木琴の迷宮-5」
「では出発するぞ」
不揺君の号令に合わせてその場に集まっていた候補生たちはそれぞれの装備を手に取って立ち上がり、出口にまで移動するための隊列を組み始める。
より具体的に言えば俺、トキさん、ソラさんの様に怪我や疲れの無いもしくは少ない者を隊の前後に配置し、戦闘能力が低下している面々は間に置いている。
で、特にモンスターと接触する可能性が高い先頭には俺たちのグループが配されることとなった。
まあ、当然と言えば当然か。
「それにしてもやっぱり君らの来たルートから来るモンスターの数が少なかったのは君らのグループで始末を付けていたからだったのか」
「何かしたのはアタシたちと言うよりはアキラお姉様ですけどね」
でまあ、出口までの移動は警戒をしつつではあるが怪我人に合わせてゆっくりと歩く事になって微妙に暇なのか、ソラさんは不揺君と雑談をしている。
警戒は緩めていないようだから別段何かを言ったりはしないけどな。
なお、二人が話しているのは俺たちが倒したブラシと小型モンスターの群れについてである。あいつ等を倒したおかげで不揺君たちの方にやってくるはずだったモンスターの数が幾らか少なくなったそうだ。
「と、アキラお姉様。次の曲がり角を曲がったところに敵です」
「種類と数は?」
「ボウやハンドの様な小型モンスターばかりですけど、10体ほどで編隊を組んでますねー」
「なるほど、正面から行けば一方的に撃たれるのみと言う訳か。厄介だな」
「まあ、俺の出番だな」
と、ここで突然ソラさんが曲がり角の先に居る敵を察知して全員にその場で止まるように言う。
そしてソラさんから敵の種類と数を伝えられた俺は左目を瞑り、右目に力を集め始める。
「行けるのか?」
「問題ない」
俺は飛び出した際に曲がり角の先が見える様に首を傾けつつ四肢を床について飛び出す準備を整える。
「「「ボ……」」」「「「ヌ……」」」
「遅い」
やがて右目に力が集まり切ったところで俺は通路から飛出し、曲がり角の先で陣形を組んで俺に向かって攻撃を仕掛け始めていたモンスターたちに向けて右目の力を開放する。
そして俺が力を開放した瞬間、俺に向かって飛んでいた矢も、球体も、それを放ったモンスターも氷の彫像と化してその動きを止める。
「終ったぞ」
「これは凄まじいな……」
「凄い……」
「一瞬でこれか……」
俺が曲がり角の手前で待っていた面々に倒し終わった事を告げ、その声に応じて集団が移動を再開する。
ただ、移動を再開する中で念のために通路の先を警戒していた俺に対して向けられる視線は驚愕と……
「人間業じゃねえよ」
「どっちが
「この力がもし敵に回ったら……」
「くわばらくわばら……」
恐怖の視線。
やれやれ、前の実技演習の時もそうだったが、人は未知なるもの、理解できないもの、御せないものに恐怖するんだったな。そう言えば。
『気にしない方がいい』
「(気にしてねえよ。この程度の事を気にしていたら何時まで経ってもお前との契約に終わりは来ない)」
『…………』
イースが俺に声を掛けてくるが、俺は本当に特に何とも思っていないから心配は不要だ。
それに奴らにとってはこの程度でも過ぎたる力なのかもしれないが、あの女の事を考えればこの程度は過ぎたる力でもなんでも無い。
やっぱりと言うかなんと言うか、イースが前に言っていた通りこいつ等と組む気にはなれないな。俺の後ろに置いておける人間は早々居ないようだ。
「出口まで後どれくらいだ?」
「そこの扉を抜けてすぐです」
「分かった。ああそれと、先に言っておくが出口を目の前にしても隊列は崩すなよ。外に出るまで何が起こるのか分からないのが『迷宮』だからな」
不揺君の言葉に気持ちが緩みかけていた面々が気持ちを引き締め直す。
その光景に俺は彼からリーダーの資質を感じ取る。これなら出口を前にして不意討ち一発で頭を吹き飛ばされるような惨劇は起こらずに済むだろう。
……。なんかあの時の事を思い出して来たら多少怒りが湧いてきたな。どうしてあの時神は十分な力を貸さなかったんだろうな……。
「では開けるぞ」
不揺君の言葉と共に俺たちは出口の扉が置かれている部屋に侵入し、何処からか入り込んでいたのか部屋の中に居た小型のモンスター数体をもはや機械的と言ってもいいレベルで多少の八つ当たりもしつつ問題は何も起こさずに処理する。
そして始末が終わったところで出口である黒い扉の前に俺たちは元のグループごとに並ぶ。
「(一応聞いておくが、これは外に繋がっているのか?)」
『ああ、間違いなく繋がっている。問題なく元の場所に出れるだろう』
「(分かった。確認ありがとう)」
モンスターたちを始末し終わったところで俺は一応イースに確認を取っておくが、どうやら何の問題も無く出口として機能しているようだ。
つまりこれで出口は確保できたことになる。
「さてと、それじゃあ負傷者から順に扉を抜けて帰還といこうか」
やがて一人二人と場合によっては同じグループの人間に肩を貸してもらいながらも候補生たちは黒い扉を抜けて元の世界へと戻っていく。
「それで君たちのグループはどうするんだい?アキラさん」
最後に不揺君が扉の前に立ち、それに対面する形で俺、トキさん、ソラさんの三人が横一列に並ぶ。
さて、戻るか否か……俺単独で行動しているわけじゃないから、こういう時は俺の意思一つで残るとは流石に言えないんだよな……。
「アタシはアキラお姉様の判断に従いますよ」
「…………」
ソラさんはどちらでも問題ないらしい。
「私も同じです。装備も体力もまだまだ余裕が有りますから」
「…………」
トキさんもまだ『迷宮』探索を継続しても問題ないらしい。
「それでアキラさんは?」
つまり判断は俺の意思一つに委ねられたわけか。
俺は此処まで得た情報の内容と、二人の状態に俺の力の残り具合から『迷宮』探索を継続するか否かを考える。
そして結論としてはだ。
「まだ残る。三理君の話の真偽を確かめたり、ここの位置を把握していないグループも居るだろうから」
「了解です。アキラお姉様!」
「分かりました」
「分かった。重々気を付けてくれよ」
俺は『迷宮』の中に残ると言う結論を下し、出口に背を向けて小部屋を後にした。
ただしかしだ。建前上情報収集や伝達のために残ると言ったが、俺個人の本音としては……
「アキラお姉様?」
「?」
「いや、何でも無い」
まだまだ暴れ足りないと言った方が正しいのかもしれない。
俺は内心で舌なめずりをしつつもそう思った。
雑魚相手じゃ、戦闘シーンにもなりません。