第25話「木琴の迷宮-2」
「あー、『箱』が有ります。でも罠の有無は不明」
「本当ね」
休憩を終えた俺たちは、向かいの部屋の扉を開けて中の様子を確認する。
部屋の中は通路と同じく木目調の床に金属筒の壁だが、中央には一辺が30cm程の黒い立方体状の物体がゆっくりと回転しながら浮かんでいた。
「アレが『箱』か……確か中には素材が入っているんだっけ?」
「はい。さっき回収した土くれと同じように神様の力で加工するのに有用な物体が入っているそうです」
この物体の通称は『箱』と言い、人が手をかざすと開けて中に入っている物を取り出す事が出来るそうだ。
で、肝心の中に入っている物についてはモンスターを倒して回収できる土くれとはまた別の系統に属するような物体が入っているらしい。使い道自体は変わらないそうだが。
なお、どうしてこんな物が『迷宮』内に存在しているかは不明だそうで、一説には『迷宮』が組み換わる際に出るバグのようなものでは無いかとも言われているそうだ。
「回収出来るならしておきたいかな……トキさん。盾越しに『箱』を開ける事って可能?」
「試した事がないので何とも」
「うーん。扉を開けたままにして直ぐに逃げられる状況で試してみる?トキ姉ちゃん」
「そうね。今後の為にもやれるかどうかは調べておいた方がいいかも。ちょっと試してみますね二人とも」
「トキさん気を付けて」
「気を付けてねトキ姉ちゃん」
ソラさんが部屋の入り口で左右に伸びる通路の先から敵が来ないかを注意し、俺が見守る中でトキさんが盾を構えたまま『箱』に接近する。
「……」
トキさんが構える盾の向こう側でカチリと言う何かが外れる音がする。
そしてトキさんが盾の端から顔と手を出して何かを回収すると、こちらに向かってゆっくりと戻ってくる。
で、安全のためにも先程の小部屋に三人揃って再び移動しておく。
「どうやら回収できるようです」
「お疲れ様。それは良い情報だな」
「へー、本当にちょっと違うんだね」
トキさんが自分の手の内にある赤いゼリーの様な質感を持った直方体を見せる。
どうやらこれが『箱』の中に在った物体らしい。
『レッドゼリーキュボイドか。質もそこそこ良さそうだな』
「あっ、イースさん」
「あれ?『迷宮』の中で姿を顕せるんですか?」
「『我とアキラの契約は特別だからな』だそうだ」
と、ここで俺の中からイースが顔を出して『箱』から回収した物体の名称を教えてくれたので、イースの声が聞こえない二人にも教えておく。
具体的な用途についてはイースの専門外なので分からないそうだが、名称や質が分かるだけでも『迷宮』内では貴重な情報だろう。
と言うわけで回収した物体を無くさないように専用のポーチにしまったところで探索を再開する。
ちなみに『迷宮』内はあの軍服女の領域であるため、よほど力が有る神でもきちんとした肉体を得ていなければ基本的にはその姿を顕現させることは出来ないらしい。にも関わらずイースが姿を顕せるのは俺がイースを取り込んでいるからだろう。
一応、存在が消えかねないのを覚悟の上で力を振り絞れば肉体が無くても一時的に姿を顕す事も可能らしいが。
「と、そこにまた鳴子床です。気を付けてくださいね」
「了解っと」
と、探索を再開した所で再び鳴子付きの床に遭遇したので、他の道を探す余裕も無いので鳴子部分を避けて俺たちは先に進んでいき、扉を見つける度にその先を改めていく。
「それにしても随分と鳴子床が多いな」
「この『迷宮』の特徴なのかもしれませんね」
「かもなぁ……」
「そう言えばアキラお姉様は他の『迷宮』に一度だけ入ったことが有るそうですけど、その『迷宮』はどういうのだったのですか?」
「あの時は床から壁、天井、柱に至るまで全部が金属製だったかな」
「へぇ……」
通路を走っていてソラさんから注意される鳴子床の数に俺は思わず愚痴をこぼすが、トキさんの言葉に俺はそういうものかとも思う。
いずれにしても鳴子床を踏めば敵に発見・攻撃される可能性が高まるので避ける事には変わりないのだが。
『コココンコン♪』
「「!?」」
「敵性存在がこちらに接近してきます!」
と、ここで突然遠くの方から木琴を叩くような軽快な音と戦闘によるものと思しき破壊音が響きだし、俺とトキさんが身構えると同時にソラさんが敵が近づいてくるのを伝える。
「今の音は!?」
「恐らく鳴子床の音だと思います!」
「つまり私たち以外の誰かが踏んだわけですね」
「そして、それで呼び寄せられた奴らの進路上に俺たちが居ると……ついてない」
「ブラッシャアアアァァァ!」
そして俺たちが戦闘態勢を整えた所で、木琴の音がしたのとは別の方向から俺が初めて『迷宮』に入った時にも見た四足獣型のモンスターが奇妙な鳴き声を上げながらその姿を現し、俺たちを獲物として見定め、何時でも飛び出せるように体勢を整える。
このモンスターは確か頭に生えている牙の並び方からブラシとか言う名前で呼ばれていたかな。
で、赤い結晶が有るのは尾の先端で、成人男性並みの体高が有るその体格に鋭い牙とスピードを組み合わせた一撃は並の金属なら容易に削り取るだったか。
とりあえず確かなのは『迷宮』内に居るモンスターの中でもヤバい方に分類されると言う実力と、こうなったら逃げるのではなく倒した方がいいと言う事実だな。
「二人とも覚悟を決めろよ……」
俺は左目を瞑り、ゆっくりと右手に持ったスリングを回し始める。
「分かっていますって」
「はい」
ソラさんとトキさんの二人も装備と肉体を強化して戦いに備える。
そして俺たちが体勢を整えるを待っていたわけでは無いだろうが、ブラシは数度右前脚で地面を擦ると……
「ブラッシャアアァァ!」
奇怪な鳴き声を上げ、首を大きく振りかぶりながらこちらに向かって突進し始めた。
「ブラッシャアアァァ!」
再登場です。
いや、別個体なんですけどね。