第2話「始まりの迷宮-1」
「おい起きろ!起きろって!」
「ぐっ……此処は……」
「『迷宮』の中のようだ」
「ああなるほど……」
俺が目を覚ますと目の前にベイタの顔が有り、その後ろには金属製の壁と用途不明のパイプのような物が有った。
そしてベイタの言葉で俺は手のような物によって『迷宮』の中に引き摺り込まれた事を思い出す。
「出口は?」
「この部屋には『迷宮』の奥に通じているであろう水密扉が有るだけだな」
そう言ってベイタが指さした先には手回しハンドルが付けられたこれまた金属製で重厚感のある扉が設置されていた。
ただ、扉の先からはとても嫌な気配がしている。間違いなく元の空間には通じていないだろう。
「連絡は……」
「運が良ければついているかもしれないが、ついていないと思って行動すべきだと思う」
「だよなぁ」
そしてベイタに一筋の希望をかけて引き摺り込まれる直前にやろうとした連絡が成功しているかを聞くが結果は芳しくないようだ。
「とりあえずこの部屋は大丈夫なんだよな?」
「現状では、な」
「現状では……か」
「俺としてはいくつかの確認事項を確認したら出口を探しに行くべきだと思う」
「かもな……」
俺はベイタの言葉に賛同すると治安維持機構に務める者として教えられる『迷宮』に関する情報を確認し始める。
曰く、
・『迷宮』内部は複雑に入り組んでいる
・『迷宮』は入った際にランダムな場所に飛ばされる(同時に入れば同じ場所に出る)
・『迷宮』から脱出するには『迷宮』の何処かにある出口を探し出す事
・『迷宮』内には人間を襲うモンスターが居る
・『迷宮』最深部にはモンスターたちのボスが居て、こいつを倒せば『迷宮』は消える
らしい。
「で、実際の所モンスターってどれぐらい強いんだろうな?俺もベイタも実物を見た事が無いから分からないよな」
「わざわざ討伐隊が組まれることや、討伐班が専用の装備を使っている事を考えれば俺たちが持っているような人間相手の装備でどうこう出来るとは思えないけどな」
で、情報を確認したのは良いが、俺もベイタも見回り班の人間だからな……。
モンスターが実際にはどういうものかは分からないし、戦えるかどうかも分からない。
ただ、ベイタが言う様に今の俺たちの手持ちの装備が人間の犯罪者向けの装備……取り押さえるための棒とそれぞれが得意とする武器(俺がスリング、ベイタがナックル)である事を考えると戦わない方がいいのは間違いないだろう。
しかもベイタは比較的体格が良い方だが、俺は普通の男よりもむしろ小柄な方だからなぁ……授かっている力の強さも考えると万が一にも勝ち目はない気がする。
「とりあえずの方針は出口を探す事を優先、モンスターに遭遇したら逃げるって事で」
「異議無し」
そして方針を定めた俺とベイタはハンドルを回して水密扉を開けると『迷宮』の探索を始める事にした。
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「ああそうだ思い出した……それで探索を始めたらその直後に人の形をしたモンスターに襲われて、逃げている間にベイタと逸れちまったんだよな……」
それから一時間ほど後、俺は柱の陰で呼吸を整えていた。当然ながら出口は見つかっていない。
そして出口を探している間、俺は何度かモンスターに遭遇していたがその度に全力で逃走することによって難を逃れていた。
「ベイタはどうなってるんだろうな……生きていると良いんだが……」
俺は周囲の警戒をしつつ通路を進んでいく。
俺が今までに遭遇したモンスターは三種類。
最初に出会った両腕が剣になった人型のモンスター、小さな翼付きの目玉型のモンスター、さっき追いかけられた四足動物型のモンスターだ。
そしてこれらのモンスターに遭遇した結果として、ある意味最初に決めた方針通りではあるが、俺は既にモンスターを倒すと言う選択肢はほぼ捨てていた。
何故なら先程の四足動物型のモンスターは勿論の事、人型のモンスターですら明らかに俺以上の戦闘能力を有していたからだ。
加えて小さな目玉型モンスターもこちらを発見した途端に大きな声で鳴いて他のモンスターを呼び寄せるので、遠距離から一撃で倒せない限りは隠れてやり過ごすしかなかった。
本当にどうしようもない。
「右よし……左よし……」
俺は通路の左右を見て安全を確認してから、正面に見えた水密扉のハンドルを急いで回し、回し終わって開けると軽く中を確認してから部屋の中に滑り込み、水密扉を軽く閉めておく。
「広いな……」
部屋の中は少し広めのホールのようになっており、一辺が1mちょっとあるコンテナのような黒い立方体の物体が乱雑に幾つも置かれていた。
何と言うかホールと言うよりは倉庫と言った方がいいかもしれない。
そしてホールの奥には別の何処かに繋がる通路が伸びていた。
俺は少し身を屈めると、立方体の影からその通路の様子を窺って見る。
「ん?」
通路の先には俺が今隠れている立方体と同じような素材で作られた扉のような物が有った。
そしてその扉の前には全身から矢じりが生えた巨大な蛙の様なモンスターと……
「っつ!?」
俺と同じ制服を着て、見覚えのあるブーツをはき、見覚えのある体格で、手には金属製のナックルを装着した頭部が無い死体が有った。
「うっ……」
俺は立方体の影に隠れると、声を殺し、胃の底からこみあげて来るものを抑え込みながら今見たものを頭では理解しようとしつつ、同時に今見たものを心の中で必死に否定しようとしていた。
そして何度も何度もその死体を見返して理解する。
ベイタは死んだのだと。
本作は多分人死にが多めです。いつもの事ですね。