第18話「討伐班候補生-5」
金網の向こうでは田鹿さんの妹が巨大なハンマーをその細腕からは想像できない怪力で振るい、対する田鹿さんは巨大な盾を使ってその一撃を防ぐ。
そして周囲には大きな金属音が響き渡る。
お互いにどう見ても純粋な身体能力だけで扱えるサイズの装備ではないので、筋力に関係する何かしらの神の力を使っているのだろう。
ついでに言えば装備の方にも何かしらの力が働いているかもしれない。音の大きさからして何の強化もしていない装備だと壊れるだろうし。
「ただまあ、使っている力の量は俺と比較するとだいぶ少ない感じだな」
『まあ、契約していると言っても我とアキラがしている契約とは段階が大きく違うからな。神の力と言っても神自身からしてみれば極々一部だろうし』
「まあ、力の与え過ぎで自身の存在が維持できなくなったりしたら、そっちの方が大問題だしなぁ」
『そう言う事だな』
二人の試合を眺めながら俺が呟いた感想にイースが何でもないように返す。
ただまあ、力の多寡だけで戦いの決着が決まる事は無いから、実際に戦いになった時俺とあの二人どっちの方が役に立つかは相手次第と言う事になりそうだけど。
「…………」
「ん?」
『どうした?』
「(いや、何となく今嫌な気配が……)」
『我は特に何も感じなかったが?』
と、ここで妹さんの方から俺に向かって視線を向け、その瞬間に俺は具体的にはどういうものなのか分からないが何か嫌なものを感じ取る。
が、イースは特に何も感じなかったようなので俺は自身の気のせいだったのかと思っておく。
うーん。何も無ければいいんだが……。
「(いずれにしてもやはりと言うべきか基本的なスペックは俺の方が圧倒的に上みたいだな)」
『神一柱分の力をそのまま扱えるアキラとそれ以外の人間を比べるのがそもそもどうかと思うがな』
そしてそんな事を思いつつもつつがなく実技訓練は進んでいき、他の候補生がそれぞれ自身の契約している神の力を利用して戦っている姿を見て俺は自分がどれだけ人間離れした存在と化しているかを改めて認識していく。
比べるのなら普通の人間が剣や弓で戦うのなら、俺は大砲を使って戦っている感じだ。
『尤も強い分だけ我の力の扱い方はしっかりと学んでもらわなければ困るがな。力は所詮道具。その性能を正しく引き出せるかどうかは使う者次第であり、おまけに使い方を誤れば自分も含めて傷つける必要が無い者も傷つけるのだからな』
「(言われなくても分かってるよ)」
『ならいい。では、具体的な説明といこうか』
そう言ってイースは俺に先程の氷を出すように言い、俺はイースの言葉に従って氷を取り出す。
『人差し指の爪に力を込めろ』
「(爪?うおっ!?)」
『やはり我そっくりに伸びたな』
俺は周囲の目が俺に向けられていないのを確認してから、右手人差し指の爪の先に力を集め始める。
すると、力を込めた爪が長く伸び、その先も鋭く尖ってナイフのようになる。
俺は試しに触ってみるが、この感じなら普通に武器として使えるかもしれない。
うん。流石にこれ以上騒ぎになるのはゴメンだったからな。きちんと周囲を警戒していて正解だった。見た目には小さな変化ではあるけれど、普通の人間の爪は神の力があってもここまでの変化は起きないだろうし。
「(で、爪が伸びて硬くなるだけなのか?これだけでも武器として使えそうではあるけど)」
『勿論武器としても使えるが、我の爪と同じならもう一つ役割がある。試しにさっき拾った氷を突いてみろ』
「(へぇ、これは面白いな)」
『うむ。出来たな』
俺は氷に伸びた爪で触れる。
すると爪が触れた箇所から繋がって一体化している氷は一気に砕け散って行き、その後直ぐに融けて水になった上に水蒸気に変化して跡形もなくなる。
どうやらイースの爪には、触れた氷を分解する力が込められているらしい。
と言う事は右目の氷化能力と組み合わせて凍らせることさえ出来れば確実に相手を殺傷する手段の一つになるわけか。
『次は左目だな。右目を瞑った状態で力を込めろ』
「(了解っと)」
俺は右目を瞑り、左目に力を込めていく。
さて、右目が氷化能力で、爪がそれを砕く能力となると……
『では、アキラから多少離れた地面に残った氷を投げてからその氷に向かって力を解放しろ』
「(分かった)」
左目の能力はどうやら俺の想像通りらしい。
そんなわけで俺は砕いていなかった氷を人が居ない場所に投げ、周りに引火するような物が無い事を確認してから左目の力を開放する。
『うむ。左目も問題ないな』
「(みたいだな)」
左目の力が解放された瞬間、氷が一瞬氷になる前の姿……穂乃さんの放っていた火球に変化し、その後すぐに何も無かったかのように消え去る。
「(左目の力は右目の力の解除って事でいいのか?)」
『正解だ』
俺の言葉にイースが肯定の意を返す。
左目の力は右目の氷化能力で凍らせたものを元に戻す力。
故に火球が変化していた氷はその力が解除されて元の炎に戻ったのだろう。
ただ、解除直後に火が消えたのは力の供給が既に途絶えていた上に周囲に可燃物が無かったからだろうな。きちんと周囲に何も無い事を確認しておいてよかったな。うん。
「(で、他にはどういう力が有るんだ?)」
『今説明してもいいが……どうやら時間切れのようだ』
「全員集まれ!」
イースの言葉に俺が顔を上げると、金網の中で鈴鳴教官が俺を含めた候補生たちを集めているようだった。どうやら実技訓練の時間は終わりらしい。
そして俺はわざわざ遅れて目立つ必要も無いので、素直に集合する為に動き始めた。
イースの残りの力については……まあ、また時間が有る時に聞いておくか。
右目は氷化、左目はそれの解除、爪は氷砕の能力が有ります。
要は凍らせた後に元に戻すか、砕いて殺すかの選択が出来るわけですね。
07/16誤字訂正