第17話「討伐班候補生-4」
「ふぅ」
穂乃さんが降参の意を表したところで俺は右目に集めていた力を放散させ、瞑っていた左目を開けて彼女に背を向けて演習場の外に出るために歩き出そうとする。
『丁度良い。我の能力についてこの際だから一通り説明しておこう。さっき氷に変えた火球をもって外に出るぞ』
「(分かった)」
が、その前にイースから指示が飛んで来たのでそれに従って先程の練習試合中に凍らせた火球の破片を一掴み分回収しておく。
それにしてもだ。
「「「……」」」
「(歓声も何も無しとはな……)」
『まあ、人間レベルの力ではないからな。当然と言えば当然だ』
俺は演習場の外から中を眺めている候補生たちの顔を見る。
その顔に浮かび、俺に向けられる視線にこもっているのは大半が恐怖……いや、畏怖の感情の方が近いか。とにかく俺の実力に対して今まで疑念を抱いていた連中のそう言った思いは完全に失せたらしい。
となればこの練習試合における俺が果たすべき目的は果たせたと考えていいか。
「(ところでだ。俺の気のせいじゃないよな?)」
『うむ。我も感じているから間違いない』
ただ、大半と言ったように畏怖以外の視線をこちらに向けている者も少なからず存在している。
その感情が具体的に何なのかは出元がいまいちはっきりしないから分かりづらいが、値踏みするような物もあれば、冷静にこちらを観察しているような物、それから……うん。これだけは出元はともかく種別だけは何故かはっきりと分かるな。
「(獣欲系のねっとりとした視線が間違いなくあるよな……)」
『有るな。あれだけの力を見せられてまだ向けてくるとは……呆れや関心を通り越していっそ清々しさや恐怖を覚えるな』
「(だな)」
俺は量はかなり減ったが、逆に一人あたりの濃さが増した様子のある視線を感じ取りつつも、人混みを掻き分けると座れるところを見つけて座ると金網の中に視線を向ける。
どうやら、金網の中ではいち早く復帰した鈴鳴教官を筆頭にして次の試合の準備が行われているようだ。
「(で、説明はいつやってくれるんだ?)」
『そうだな……とりあえず視線は金網の中に向けておけ、自分と他の人間の間にどれだけの差が有るのかを理解しておくのは得にはなっても損にはならん。回収しておいた氷についてはアキラが融けてもいいと思わなければ融けないはずだしな』
「(分かった)」
俺はイースの言葉に納得を示すと、金網の中で行われている練習試合に目を向けることにした。
さて、学び取れるものが有ればしっかりと学び取っておかないとな。今の俺はイースの力の恩恵に預かっているだけなのだから。
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「いやはや、末恐ろしいですなぁ……」
「神を丸ごと一柱取り込んでいると言うのがまさかこれほどとはな……」
治安維持機構の一室。
そこでは大多知ユヅルとその上司の男性が窓から演習場の中を覗き見しつつ話し合いをしていた。
「確か演習場の周囲を囲っている金網には神力による干渉も物理的な干渉も防ぐ仕掛けが施されてたはずですよね」
「ついでに言えばその仕掛けによって、中に居る人間が訓練中万が一にも重傷以上の傷を負わないようにもなっている」
「金網、一部ですけど凍りついたんじゃなくて氷になってますよねぇ。もし彼女が本気で力を使っていたならどうなっていたと思います?」
「わざわざ言わんでも君なら想像がついているだろう?」
「まあ、そうなんですけどね」
「「……」」
二人は無言で視線を交わし合い、お互いが脳裏で思い描いている光景が一致している事をその視線で察する。
彼ら二人が思い描いていた光景、それはアキラが全力で先程の凍結……ではなく氷化能力を行使した場合、演習場を守る仕掛けは全て氷に変えられて崩壊するという光景であった。
そして同時に思い浮かべるのは、先程の氷化能力が人間に直撃していた場合の光景。
その場合にどうなるのかは彼らの想像に過ぎないが、両者とも自身の想像から大きく外れた光景になるとは思っていない。
アキラが見せた力と言うのはそれだけのものなのである。
「何と言いますかスサノオ様から貧乏くじを押し付けられた気分ですねぇ。私も貴方も」
「だが、きちんと制御できれば儂ら治安維持機構の大きな助けになることは間違いないし、彼女に力を与えている神が常に近くに居ると言う事はいざという時にその神に乞えば止めてもらえる可能性もある。要は関わり方次第だ。恐れるなとは言わんが、過度に恐れていては何も出来ん」
「まあ、それは確かにそうですね」
上司の言葉にユヅルは肩を竦ませつつ理解したしたと言うジェスチャーをする。
「ただまあ、情報統制の方はしっかりとやっておきましょう。治安維持機構内部には皆無ですが、外には世間の常識に疎い方も時折居ますので」
「まったく、他に誰も聞いていないから良いような台詞を……。だがそうだな。彼女には出来る限り『迷宮』にだけ関わって貰った方が此方としても彼女としてもいいだろうし、彼女の詳細について知る人間の数は限った方がいいだろう。だが、彼女の生活を考えれば統制しすぎるのも問題だな」
「となると?」
「目標は一見近そうに見えて、実際に何か事をしでかそうとすればその距離に怖気づいて何も出来なくなるような距離だな。こうすれば突発的な物に関しては流石に彼女個人でどうにかして貰うしかないが、計画的なものの大半は防げるはずだし、彼女の生活に対する便宜も図り易い」
「まるで
「かもしれんな。では、早速動き出すとしよう」
「ですね」
そして大多知たち治安維持機構諜報班……別名、治安維持機構の裏方たちは動き出した。
尤も彼らの仕事がアキラたち表の人員に伝わる事が有るかどうかは分からないが。
普通の人間視点だと現状では化け物扱いです。
一部強者はその力故に惹かれまくっていますが。