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第15話「討伐班候補生-2」

「はぁ……」

 午前の座学が終わって昼休みに入った為、俺は食堂でお茶を飲んで一息ついていた。

 うん、座学の時間は本当に大変だった。

 考えてみれば討伐班って治安維持機構の花形だけあって肉体面だけでなく知識面も大切らしいから、当然と言えば当然なんだけど俺の頭だと知恵熱でどうにかなりそうだった。

 イースが終始耳元で答えを囁いて教えてくれていたから表面上は何の問題も無く終れたけど。


『溜め息はオススメせんぞ。アキラ』

「(それは分かってるんだけどな……あの視線は……)」

『まあ、その気持ちは分からんでもないが』

 俺は一週間訓練してできるようになった頭の中でイースに向けて言葉を発すると言う行為をしながら、周囲から俺に向けられている視線の中身を感じ取る。

 うん。俺の顔に向けられている視線はまだいい。新入りである俺の顔を覚えようとしていたり、単純に見惚れていたり、理由は分からないが俺の顔色を窺っているような感じだから。それなら当然だと思うし、そう思えば気にならない。


『本当に男と言うのは分かり易い生き物だな』

「(俺も中身は男なんだけどな)」

 遠くでは最初に名前を教え合った田鹿さんが同じ顔の妹さんに、あからさまに貴族と言った感じのお嬢様数人と言葉を交わしつつ時折こちらに視線を向けてくる。

 詳しい内容は分からないが、まあ気にする事ではないだろう。

 でだ、お嬢様方から向けられる嫉妬の視線もまだ理解できる。

 スサノオ様から推薦されて入ってきた上にこの見た目だ。見た目や家の地位でちやほやされていた人間にとっては目の上のたんこぶみたいなものだろうから。


『明らかに胸と腰と尻に目を向けられているな』

「(ああ、そうだな……)」

 田鹿さんたちのグループから目を外すと、戦闘を行うと言う討伐班の性格上やはり男の方が比率として多い。

 そしてその視線の一部は……イースの言うとおり明らかに俺の身体のごく一部の範囲に向けられていた。正直に言って性欲肉欲が入り混じったその視線はかなり気持ち悪い。

 と言うか本人たちとしてはチラチラと見ている事から考えるにバレていないと思っているのだろうが、俺が元男だからなのか、それとももともと女がそう言うのに聡いのかは分からないが、とにかくバレバレである。

 だから余計に気持ち悪い。

 これならいっそ正面からガン見された方が幾分は気持ちが楽……じゃないか。


「はぁ……」

『まあ頑張れ、直接触ろうとした奴が居る時は教えるからな』

 で、その結果がこの溜め息である。

 とりあえず午後からは実技訓練だそうなので、今みたいな不躾な視線を向ける余裕も、感じ取る余裕もきっとなくなるだろう。

 と言うか無くなってほしい。割と本気で。



■■■■■



「はぁ……アキラお姉様は溜め息一つとっても絵になるなぁ……」

「トキさん……失礼を承知で聞きますけど貴方の妹は前からこうでしたの?正直に言って……」

「それ以上は言わないで。私も困惑しているの」

 私とソラ、それに私のライバルを自称するジャポテラスでも有数である貴族のお嬢様……穂乃オオリさんにその取り巻きは食堂の同じテーブルについて軽く話をしながら昼食を取っていた。

 話題に上がるのは当然新入りであるアキラ・ホワイトアイスさんについてであり、席が隣になった事も有って午前中の講義で分かったことについて私が主体で話す事となった……のだけども話している内に何故かソラが暴走をし始めてこの様である。

 正直姉の私にとっては頭が痛い事この上ない。一体何がソラの琴線に触れたのやら……同性愛の気は無かったはずなんだけど。

 まあ、この際ソラの事は放置しましょう。今は穂乃さんとの話を優先するべきだし。


「それにしても彼女はやはり謎が多いですわね」

「ええ、グレイシアンと言う都市なんて聞いた事は有りませんし、トキさんの情報が確かならタカマガハラにも行ったことが有る事になりますが、その経緯が分かりません」

「タカマガハラに行ったことが有るのならスサノオ様とご面識が有るのは納得できますけど、タカマガハラに入れるほど尊い方がどうして討伐班に来たのかが理解できません」

 穂乃さんは取り巻きのお嬢様と私から聞き出した情報を元に相談を進めている。

 けれど、私が知った程度の情報ははっきり言ってそれほど価値は無いと思うし、この程度の情報では彼女の人となりを知るには明らかに情報量が足りていないだろう。

 本当は今彼女の周囲に誰かが居れば、その誰かを皮切りに近づいて情報を得られるのかもしれないけど、余りにも美人過ぎる上に妙な牽制を男女問わずお互いにやっているせいで誰も近づけないようだからしょうがない。


「トキさん。貴方は彼女が契約している相手については何か御存じで?」

「いえ、何……」

「アキラお姉様が契約している神様ならたぶん動物系だと思うよ」

 穂乃さんの質問に何も知らないと答えようとしたところで、口の端から涎を垂らしながらうっとりとしていたソラが唐突に正気に戻って言葉を発し、その言葉に同じテーブルについている全員がソラの顔を見る。


「それはどういう……」

「アキラお姉様の肩の辺りに八本足の白い蜥蜴が見えているんだよね。他の人たちには見えていないようだし、多分アレはアキラお姉様が契約している神の分体じゃないかな?」

「分体!?でも、見えませんわよ!?」

「ぶ、分体が個人に憑く事だなんてまず有り得ませんわよ。な、何かの間違いでは無くて?」

「…………」

「と、言われても今もアキラお姉様の肩にしっかりと居て、周囲の男子に警戒の目を送っているみたいだけど?」

 ソラの言葉に取り巻きのお嬢様が驚きつつもソラを問い詰めるが、飄々とした様子でソラはそれに受け答えする。

 まあ、気持ちは分からないでもないかな。

 神の分体……それが本当なら彼女はやはり神々の側の存在と見るべきだろうし。

 だって、教本を見る限りでは分体を作り出せるのは神々の中でも上位の存在だけだと言うし、それが集団や組織に憑くのならともかく個人に憑くなんて言うのはそれこそ国開きの神話とか、そう言うレベルのお話になるのだから。


「トキさん。一つ確認しておきますが貴方の妹はそう言う方向の神との契約はしていますの?」

「ええ、確か簡単な遠視や霊視の力を与える神とは契約していたはずよ。具体的に何処の神様なのかまでは契約の内容上話せないと言っていたけど、その力は確かね。何度か使っているのを見た事が有るから」

「となれば、この情報を虚偽のものだと断じるのは短慮ですわね」

 私の言葉に穂乃さんは貴族特有の端麗な顔を多少歪ませつつ頭を悩ませ始める。

 それにしても八本足の白い蜥蜴……ジャポテラスじゃなくてグレイシアンに所属している神だとしたら情報は恐らく何処を探しても無いでしょうね。

 神の名前とその力の具体的な内容や由来は何処の都市でも最重要機密らしいから。


「それにしても本気でやるの?」

 私は今更ながらに彼女に確認を取る。

 これは彼女のやろうとしている事は捉え方によってはスサノオ様の顔に泥を塗る行為でもあるのだから、中途半端な気持ちなら辞めさせておいた方がいいだろうと考えての事だ。

 が、どうやら私の考えは余計な気遣いだったらしい。

 穂乃さんは一度笑うと胸を張って堂々とこう言い放ったから。


「ええ、治安維持機構討伐班候補生第一部隊のトップとして、彼女の実力が如何ほどのものであるかは知っておかなければいけません。そしてもしも彼女の実力が取るに足らないものであれば、例えスサノオ様から天罰が下ろうとも私の全力をもって討伐班から彼女を追いだします。討伐班は実力の無い者が居て良いような場所ではありませんから」

 此処まで言い切られたのなら、私が何を言っても意味は無いだろう。


「さて、そろそろ時間ですし一足早く私たちは演習室に向かっていますわ。では御機嫌よう」

「御機嫌よう」

 そして穂乃さんは取り巻きを連れて去って行った。


「じゃ、トキ姉ちゃん。アタシたちもそろそろ」

「そうね。行きましょうか」

 やがて予鈴が鳴り、私たちも食堂を去った。

 さて、今日の実技訓練は大きく荒れるでしょうね。

基本的にイースの姿は見えません

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