第14話「討伐班候補生-1」
一週間、病室で治安維持機構の討伐班として必要な知識を詰め込みつつ、衣服作成のための身体測定や白氷アキラの遺失物として回収されてしまったスリングの代えとして新しいスリングを作る等の討伐班に入るための準備作業をこなしていた。
……。ええそうですとも。スサノオ様の指示で白氷アキラは巡回中に『迷宮』に遭遇、内部で行方不明になった事にされましたとも。生きているのは間違いないと俺の家族には伝えられたそうだが。
で、それに伴って俺は若干記憶喪失の部分が有る
いや、白氷アキラとアキラ・ホワイトアイスでは外見に存在する差異が大きすぎると言うか全くの別人だからこうしてしまった方が楽なのは分かるんだけどね。
なお、グレイシアンに関する知識は完全にイースからの受け売りで、それ以外の知識についても大抵はイースの方が詳しいか物覚えが良かった。流石は神に属するだけあってただの人間である俺よりも遥かに頭が良いらしい。
そんなわけで知識面で困った時はイースの知恵を借りるつもりである。
「此処がそうか……」
『さて、最初がどうなるかだな』
「だな」
そして今日、俺とイースはジャポテラス神療院を退院し、その足でアメノヤマの麓にある治安維持機構討伐班本部の一角、討伐班候補生への講義を行う場所であるスサノオ院と呼ばれる場所に来ていた。
外見としては15歳まで基本的な勉学を学ばされた学院によく似た感じであるが、漂ってくる空気は明るくも厳格で、ここが戦場にほど近い場所なのだと教えられる。
今日からおおよそ三週間ここで学んだ後に実際に『迷宮』へ潜り、モンスターと戦う様になるのだと思うと自然に俺の手に力がこもった。
『では、行こうか』
「おう」
俺とイースはそしてゆっくりと建物の中に入って行った。
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「おい聞いたか。今日から候補生に新入りが一人加わるらしいぞ」
「ああ聞いた。何でもスサノオ様の推薦だとか」
「今までこんな事は一度も無かったよな」
座学の講義を行う教室の中はいつもと比べて明らかに騒がしく、何処か浮き足立っていた。
浮き足立つその理由は、後一月後には正規の討伐班として認められる私たち討伐班候補生のグループに突然新入りが加わると言うもの。
「納得がいきませんわね……」
「ええ、私たちが必死になって訓練を積んでいるところに突然横やりが入ったような物ですわ」
「いったい、スサノオ様は何をお考えで……」
この事態に浮き足立つのは当然と言えば当然とも言えるだろう。
なにせ長いジャポテラスの治安維持機構の歴史上でも今まで一度たりとも無かった事なのだから。
「男なのか?女なのか?」
「ジャポテラスの生まれじゃないって話を聞いたぞ」
「もしかして、寮の近くに一週間で建てられたあの建物ってさ……」
尤も、だからと言ってこんな風に騒いで良い事にはならないのだけど。
実際、モンスターたちとの戦いで大事なのは冷静さを失わない事だと私たちは教えられているのだから、本来ならその教えに従って慌てずにその新入りが来るまで落ち着いて待つのが正しい行動だろう。
「ねえねえ、トキ姉ちゃんはどんな人が来ると思う?アタシとしては色白のそれこそギリシポリス人みたいな王子様系のイケメンが来ると思っているんだけど」
と、ここで私と瓜二つの顔をした少女が私なら絶対に浮かべない様な笑みを浮かべて私に話しかけてくる。
「興味ないわ。それよりも早く席についておきなさい。ソラ」
「もう、つれないなぁ。班員の構成上アタシたちが組むことになる可能性が高いんだよ?」
「それこそ知った事じゃないわね」
ただ瓜二つなのは当然とも言える。彼女の名前は田鹿ソラと言い、私こと田鹿トキの双子の妹だからだ。
尤も双子なのに……ううん、見た目がそっくりな双子だからこそ中身に関しては真逆の方向性を有することになったわけだけど。
「お前ら静かにして急いで席に着け!時間はとうに過ぎているんだぞ!」
「うわやばっ」
「教官が来たぞー」
「隠せ隠せ」
「あらら」
「ふぅ」
と、ここで教室の中に私たちの教官である鈴鳴クリ教官が戸を開けて入って来て、未だに騒いでいる人に対して注意をして片っ端から席に着かせる。
そして全員が席に着いたところで私たち全員の顔を一度見回してから口を開く。
「さて、既に大半の者は知っているようだが、今日から我々治安維持機構討伐班候補生第一部隊に新しいメンバーが加わる。入って来てくれ」
戸がゆっくりと開き、件のその人が教室の中に入ってくる。
「失礼します」
件の人物が女性としては低めの声を響かせ、雪のように白い髪をなびかせながら教室に入ってきたその瞬間、まるで時が止まったように教室全体の動きが無くなった。
新入りをいい意味で歓迎しようとしていた者も、悪い意味で歓迎しようとしていた者もその動きどころか瞬きすら忘れて教室に入ってきたその人物を一心不乱に注視していた。
そう。それほどにその人物はただ美しかった。
「アキラ・ホワイトアイスと言う。これからよろしく頼む」
白磁のような顔に浮かぶ桜色の唇を動かしてその人物……アキラ・ホワイトアイスはどちらかと言えば男性が使うような言葉に近い感じで自分の名前を告げ、軽く頭を下げる。
「君の席はあそこだ」
「分かった」
彼女がこちらにやって来て、何事も無く自分の席として指定された席に着く。
その動作は気品に溢れており、性別問わず見た者全てを傅かせる様な力に満ち溢れていた。
正に人外の美。そう称するに相応しいと私は感じた。
「……」
「ポカーン」
私は妹の顔を見る。
完璧に何かを落とされたような顔をしていた。
他の者も大抵はそうで、残りはごく僅かに何か渋そうな顔や我関せずと言った顔の人間が居るだけだった。
「初めまして。アキラ・ホワイトアイスだ。これからよろしく頼む」
「田鹿トキです。これからよろしくお願いしますね」
ただ、彼女の左右の目の色が違う事が分かるほどにまで距離が近づく少し前に私は気づいていた。
彼女の顔は一週間前のタカマガハラへ行く人物の護衛を兼ねた訓練で見た護衛対象の顔と同じだと。
だから理解した。彼女は
「では、今日の座学を始める」
そして、私と彼女……アキラさんが少し屈んで握手を交わしたところで、鈴鳴教官の声に従って午前の座学が始まった。
内心ではかなり緊張しているアキラちゃんです。
07/12誤字訂正