前へ次へ
100/245

第100話「磁石の迷宮-5」

「行くぞ!」

「っつ!?」

 私の視界からクラスの姿が掻き消え、私は慌てて未来予知能力を発動します。

 そして次の瞬間には私に向かって両手を突き出すような体勢を取って私の横に現れ、同時にその両手が私の腹を食い破る未来を私は感じ取ります。


「くっ!?」

「ほうっ……」

 故に私はその未来を感じ取った瞬間に茉波さんが盾に仕込んだ仕掛けを発動し、軽量化された盾の一枚によってクラスの手が私の体に触れる直前にその手を弾くことに成功します。

 クラスは感心したような笑みを浮かべますが、私としてはただひたすらに危なかったとしか思えません。

 これが『マリス』。

 これが『(ミリタリー)』と呼ばれる全ての『迷宮』の主が人間の死体から生前の記憶と経験を残したまま作った特別なモンスターの実力ですか。

 なるほど確かにモンスターの身体能力と人間としての知識と経験の組み合わせと言うのは厄介な事この上ないですね……。


「二枚盾……か。なるほど、貴様は守る事に長けた戦士であると同時に、他の有象無象と違って拙者たちに対する対策も考えて来ていると言う事か」

「よくお分かりで……」

 クラスは私から距離を取ると、大盾特有の防御範囲を犠牲とする代わりに防御能力と対応能力を高めた二枚の小盾を持った私を見てそう言います。

 この二枚の小盾が茉波さんが私の盾に仕込んでくれた仕掛けであり、状況に応じて両手で持つ一枚の大盾を分割し、片手で扱える小さな盾二枚にすることが出来ます。

 それにしても洞察力までしっかりあって本当にやりづらいですね……。


「トキさんだけではありませんわよ!」

「そう言えばそうであったな」

 穂乃さんが様々な角度から無数の火球をクラスに向かって放ちます。

 が、クラスは穂乃さんの攻撃を見てつまらなさそうな顔をしつつ、火球が存在しない方向に向かって跳ぶことで攻撃から逃れようとします。


「シナツヒコ様!」

「むっ、これは!?」

 しかし、そうやってクラスが宙に飛んだ瞬間、その表情は驚きの色で塗りかえられます。

 何故なら今の穂乃さんの攻撃に在った隙は、風見さんによって予め空中に仕込まれていた見えない空気の刃によって実は埋められており、自分から刃の大群に突っ込んでしまったクラスの身体は浅くではありますが切り刻まれていきます。

 ただ、その傷から人間なら出てくるはずの赤いものは出てきません。

 やはり見かけは人間であっても、中身は完全にモンスターと言う事なのでしょう。

 ならばその身が土くれに変えるまで遠慮なく攻めるとしましょう。


「全員分かってますね!此処が攻めどころです!」

「タクハタチ様!」

「なるほどな……」

「行くよ!タヂカラオ様!」

 クラスが着地する直前に布縫さんの障壁がクラスの体を縛り上げ始め、前に出した片足を動かすのもやっとな状況にします。

 そこにソラが最大限に筋力を強化した状態でハンマーを振り上げて突撃を仕掛けます。

 仕留められる。誰もがそう思いました。


「いいだろう」

「っつ!?ソラさん駄目です!」

「そこは駄目でやんす!」

「へっ……?」

 けれど、ソラがハンマーを振り下ろすその直前、クラスは前に出した足を後ろに退き、穂乃さんと三理君の警告が部屋中に響く中でソラは直前までクラスの足が有ったその場所を踏みます。

 そして次の瞬間……


「!?」

「ソラ!?」

「くっ……どうなっていますの……」

 部屋中に爆音が響き、ソラの身体が爆発による炎と煙に呑まれ、クラスが布縫さんの妨害から逃れて私たち全員から距離を取ったところで両腕を左右に大きく広げます。


「いやはや、戦いを少しでも長く楽しむために手加減をしてやろうなどと考えていて申し訳なかった。貴様等ほどの実力者に手加減なぞ無粋の極みであった。故にここからはお互い戦いに生きる者として……全力を尽くそうではないか!」

「くっ……」

 そして告げられた言葉は今までは本気を出していなかったと言う普通なら負け惜しみとしか聞こえない言葉。

 けれど間違えようがありません。

 本当に目の前に居るこの男……クラスは今まで手を抜いていたのでしょう。

 現に『マリス』はそれぞれが何かしらの特殊な能力を有しているのに、今の今までそれを使っていなかったのですから。


「では……」

「なめる……」

「ん?」

「なああぁぁ!!」

「なっ、がっ!?」

 クラスは再び私たちに攻撃を仕掛けようと、足に力を込め始めます。

 が、その直前に先程の爆発の煙の中から声が聞こえ始め、その直後にソラの叫び声と同時に前触れも無くクラスの身体がまるで見えない何かに殴られたかのように、くの字になって壁まで飛ばされていきます。

 そして壁に叩きつけられたところで、ゆっくりと腹を抑えながらクラスは立ち上がります。


「ソラ!?」

「ふう……危うく死ぬところだったかな。と言うか新技がなかったら確実に死んでたから!」

「ぐっ……拙者の地雷が直撃したはずなのに死なぬとは……一体どんな小細工を……」

 やがて煙が晴れると現れたのは、身に付けている装備品の一部が焦げ、多少の手傷を負ってはいるものの間違いなく五体満足であるソラでした。

 どうやったのかは分かりませんが、どうやらクラスの攻撃に耐えた上に、離れた場所に居たはずのクラスを殴りつけたようですね。

 まったく……いつの間にそんな能力を身に付けていたのやら……。

 いずれにしても一つ確かな事としては、


「全員、改めて集中しなさい。決して勝てず、傷つけられない相手で無い事は今証明されたのですから!」

「トキ姉ちゃんの言うとおり!だから皆アタシに続く形で行くよ!」

「分かりましたわ!」

「「了解!」」

「くくくっ……だがいい!いいぞ!俄然面白くなってきた!戦いとはこうでないとな!」

 このクラスと言う男には十分つけ入る隙が有り、傷つける事は勿論、多少の希望的観測も入りますが倒す事も可能であると言う事実です。

 そして私たちはソラを先頭として、今度はこちらから目の前の男に攻撃を仕掛け始めました。

記念すべき百話目で、なおかつ『マリス』との戦闘であるにも関わらず不在の主人公って……

前へ次へ目次