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複雑な家庭環境だーっ!?



 俺の住む街にはヒーローや怪人がたくさんいる。というか殆どそいつらばかりだ。俺たちには決まった休みというものがない。土日だって戦いだ。定休日なんて存在しない。ただ、スーツを脱げばヒーローだって怪人だって一人の人間である。腹だって減るし疲れるし、怪我にもなるし病気にもなる。テレビの中のヒーローは毎週のように戦っていたが、俺たちはテレビの中のヒーローでも怪人でもない。なので、一応、有給というものは存在する。今日はたまたま、カラーズも組織も、両方から有給が取れたので体を休める事にした。昼までだらだらと眠っていられる寸法だし、夜遅くまでだらだらと起きていられる。健康が資本の商売をしているが、たまにはいいだろう。

「お兄さんお兄さん、玉子焼きは甘い方がいいよね?」

 そのはずだったのだが。

 何故か、俺は早朝に(文字通り)叩き起こされて、お出かけの準備を始めさせられていた。俺をぶん殴って起こしたのはレンである。どうやら、彼はピクニックとやらに行きたいようで、随分と張り切っていた。

「おう。しょっぱいのは玉子焼きとは認めねえ」

「はーいっ。あ、おにぎりの中には何を入れて欲しい?」

「海苔の佃煮がいい」

 時刻は午前八時。俺は寝癖のついた頭をかきながら、朝食のトーストを齧っていた。

「ところでレン」

「なーに?」

「いなせは起こさなくていいのか?」

 だんっ、と、包丁がまな板の上で鈍い音を立てる。何事かと、俺はレンの方を見た。彼は笑顔を作ろうとしていたが、その顔は引きつっている。

「……今日はずっと寝ててもいいと思うよ」

 えー。この野郎。まさか、いなせをハブにするつもりなのか? というか恐らくその腹積もりだろう。

「いいわけねえだろ。いなせも連れてくからな。ほら、いなせ、朝だぞ。朝飯だぞー」

「だっ……! お、お兄さんは僕とそいつ、どっちが大事なのさ!」

「トチ狂ったようなこと言ってんじゃねえよ。いいか。青井家ではイジメは認められない」

「お兄さんのぎぜんしゃー」

 難しい言葉を使うんだなあ。ちょっと感心。まあ、それに、レンだって本気でいなせを仲間はずれにするつもりはないらしい。本人が気づいているかどうかはともかく、弁当はきちんと三人分の量を作っている。

 さて、ところでレンはどこまでピクニックに行きたいんだろうな。



 最近のいなせの朝は遅い。どうやら、彼女は社長から借りた小説にはまっているらしく、遅くまでそいつに熱中している為、朝食の時間に起きない事が多々あった。だらしない生活リズムとなっている。これは許せん。

「……まだ八時じゃないか」と、いなせは目覚まし時計をじっと見つめている。

「もう八時だ。中学ん時は、それくらいの時間には準備してたんだろ」

「中学は近かったから、そうでもない」

「ああ言えばこう言うな!」

「うるさいよ」

 言いながら、いなせはトーストに手を伸ばした。それは俺のだバカ野郎。彼女の手をぺしんと叩き、カロリーを死守する。

「パンくらい自分で焼け」

「仕方ない。おい、あたしの分も頼む」

「自分でやってよ。僕、忙しいから」

 我が家の台所を司るレンさんはから揚げと睨めっこしていた。いなせは仕方なさそうに立ち上がり、トースターに食パンを突っ込む。

「ところで、今日はどうしたんだい? ピクニックにでも行くなんて言わないだろうね」

「いや、そのつもりだけど」

「……正気かい?」

 そこまで言うかなー。

「いなせ、拒否権はないと思え」

「気が乗らないね。……そこの子供はともかく、あたしはもう、ピクニックなんかで喜ぶような歳じゃあないんだよ」

 俺だってそうだよ。だいいち、平日に子供『二人』を連れて歩くのはリスキーである。それに、レンといなせは、一応、大手を振ってお外を歩けるようなやつらではないのだ。ただ、折角休みをもらったんだし、こいつらだって、ずっと家に閉じこもっていては気分がこう、落ち込むだろう。

「出かけるといっても、近くの公園だろ。どうせなら、もっと違うところに行きたい」

 まあ、いなせは思春期の少女だしな。仮とはいえ、家族と一緒に出かけるのは抵抗があるのかもしれない。

「違うところって、たとえばどこだよ」

「工場。最近、テレビでやってるじゃないか。お菓子や、パンの工場見学」

「ああ、そういやそうだな。お前、ああいうの好きなの?」

「面白そうな機械が見られそうだからね」

 さすが科学者、銀川さんの孫娘である。そういうところは血が繋がってると思わされるな。



 準備が出来たので、俺たち三人は出かける事にした。レンは、自然公園に行きたいと言い出していた。まあ、あそこなら平日だって家族連れもいるだろうし、悪目立ちはすまい。まだ残暑は厳しい盛りだが、徒歩で行くにしても、ちょうどいい距離といえる。

「ほら、お前らはこれを被れ」

「わぷっ、えへへ、ありがと」

「……自分で被れるよ、こんなもの」

 半袖半ズボンのレンには麦藁帽子を被せ、ジャージのいなせにはキャップを被せる。変装用だが、日射病になられても困るからな。

 それじゃあ行こうかと部屋から出た時、ちょうど、隣に住んでるやつも外に出てきた。赤丸である。今日の彼女は、いつものラフな、シャツとホットパンツという格好であった。

「よう、今日はシューカツしねえの?」

「ぐ、あ、青井。そうじゃ、今日は休みじゃ」

「夏休みループさせてるような身分で何を言ってんだ。年中休みじゃん、お前」

 赤丸は無言で拳を握った。

「……それよか、なんか、楽しそうにしとんのう。坊ちゃんと嬢ちゃん連れて、どっか行くんか?」

「うん、ピクニックに!」

 レンは赤丸みたいなゴリラ女にも物怖じしないで答える。

「ほー。ほーかほーか。へへへー、うちもよしてえや」

「えーっと、ど、どうしよっか、お兄さん」

「うーん? お前が決めろよ」

 どうせ赤丸だって適当に言ったんだし、空気読んで帰るだろ。

「僕は、別にいいよ? でも、お姉さんの分のお弁当、足りるかなあ」

「あー、その辺のコンビニでこうてくから、ええよ。でも、ちいとは分けてな?」

「しようがないなあ」

「……え? お前、マジでついてくるつもりなの?」

 尋ねると、赤丸は本気できょとんとしていた。うわ、こいつやばい。冗談の類が一切通じない女だ! 飲み会だったら、こいつの横には座りたくないランキング不動の一位である。

「あかんの?」

 もはや、この女に常識とか良識とか、そういったものを期待するのはアホでしかないと思われた。いなせはいなせで、何か溜め息吐いてるし、しかも俺の事を軽蔑するような目で見てくるし。

「仕方ねえな。お前が荷物持てよ」

「えらそうに言うな!」



 何の因果か罰ゲームか。俺たちは赤丸を加えた四人で、自然公園までの道を歩いていた。ちょっともう、初っ端から予定が狂ったような気がしないでもない。

「あづー。なあ、お茶飲んでもええ?」

 赤丸はバスケットから水筒を取り出して、ぷらぷらと揺らした。ここが砂漠だったら、こいつとは一緒に遭難したくない王座百回防衛の逸材である。

「自分の汗でも舐めてろよ。リサイクル出来て超エコロジーじゃん。……いなせ。歩きながら本を読むな。こけるぞ」

「こけない」

 まあ、だろうな。いなせはしっかり者だから。しかし、危ない事に変わりはない。

「ほー、その表紙。どっかで見たと思ったら、それって、ベッタベタに甘いやつじゃのう」

「は? 何、その本食えるの?」

「ヤギか、われは。ちゃうちゃう。恋愛小説じゃ。うちも、ちょっと前に読んでたからな」

「へー、お前って字ぃ読めるんだ」

「お弁当で手が塞がってなかったら殺してるとこやぞ」

 サンキューお弁当、助かったぜ! ……しかし、恋愛小説ねえ。赤丸がそんなもん読んでる事にびっくりで、いなせがそれを読んでるという事に更にびっくりで、その本を貸したのが社長だというのだからもはや笑える。

「……なんだいマサヨシ、その顔は」

「いや、お前も女の子なんだなあ、と」

 いなせは無言で本を閉じ、それをポケットの中に入れた。

「うわ、気ぃつけえ嬢ちゃん。青井が『お前を女として見ている』言うとるで」

「言うてねえよ。安心しろいなせ。俺はもっと、メリハリのあるボディの女としか付き合わねえ!」

 宣言してみる。

「バカ」

 馬鹿にされた。



 道中、赤丸が食料と飲料を買いたいと言うので、俺たちはコンビニに寄る事にした。思ってたよりも外は暑かったし、涼むにはいいタイミングだった。しかし、そのコンビニに行ったのは、言ってしまえば運が悪かった。

 赤丸がクソでかい弁当を二つ手に取った瞬間、俺は本棚に視線を逃がす。平日の昼間だというのに、若い男女が三人、立ち読みをしていた。嘆かわしいな、全く。

「へー、兄ちゃんさー、最近はこんなんが流行ってるんだって」

「俺、漫画は読まないからなあ。な、兄貴。兄貴?」

「………………」おっさんは真剣に漫画を読んでいる。

 セーラー服の女の子に、ホストっぽい男と、作業着のおっさんという妙な組み合わせだったが、なるほど、あの三人は兄妹だったのか。

「お兄さん、僕、先に行ってるね」

「ん、おう、分かった」

 レンは汗一つかいていない。彼は暑さ寒さには強いのだ。が、退屈には弱い。ここに用事がないので、ぼけーっと、外に出たのだろう。

「見てくる」

「ん、おう、頼んだ」

 いなせがレンの後を追いかける。なんだかんだで、あの二人は仲がいいのかもしれなかった。……しかし赤丸のやろう、さっさと買い物くらい済ませってんだ。

「……おっ、おい、お前! お前だ、そこのお前!」

 あー?

 振り向くと、さっきまで立ち読みしていた女の子が俺を指差していた。つーか、初対面の人間にお前って、何? どういう躾されてんだこいつ。

「こ、こんなところで何を……」

「買い物に決まってんだろ。つーか、なんだお前」

「あー、いきなりどうしたんだ茜。何を絡んでんだよ」

 ホストっぽい男が女の子を押し留めようとする。……なんか、こいつら、どっかで見たような気がするんだよな。

「ボクのことを忘れたってのか!?」

「な、なんだそれ。やめろ、誤解を招くだろうが」

 女の子は涙目になっていた。

「くそっ、舐めやがって。だからヒーローなんて嫌いなんだ」

「……ヒーロー? おい、なんでそんなこと知ってんだ」

「ま、まさか、本当にボクたちを……? い、いいよ! じゃあもう一度思い出させてやる!」

 ここ、コンビニなんだけど。なんで俺、こんなところで初対面のガキにキレられてんの?ほら、みんな見てるしやめてくれない?

 が、女の子はヒートアップし続ける。凄まじい身振り手振りを加えて、熱のこもった口調で俺に罵声を浴びせまくる。

「はあ、はあっ、ど、どうだ。ボクたちのことを思い出したかっ」

「知らん。誰だよ」

「ハリマ一家だあ! 忘れるな!」

 ハリマ……?

「あー、そういや、そんなのいたっけな。けど、カッコが違うじゃねえか。確か、やつらゴーグルとか付けてた気が」

「ボクたちだって休みはあるよ。ロボットじゃないんだからずーっと働けるわけないし。馬鹿なの?」

「……おう。さっきも言われたな」

「バーカ!」

「休みなんだろ? だったらいちいち話しかけてくんなや。お前らさ、俺も休みでよかったな。そうじゃなかったら、とっくの昔にボッコボコだぞ」

 ハリマ妹は、ぐうと呻いた。

「……つーか、学生だったのな、お前。その制服もどっかで見たことあんなあ。確か、いいとこのお嬢さま学校じゃなかったか?」

「おい茜。ばれてんぞ、やばいんじゃねえの?」

「兄ちゃんは黙ってて! あ、悪の組織に休日なんてないんだからっ。気に入らないヒーローがそこにいるんなら、ボクはっ」

「あのなあ。俺はお前らを見逃すし、見逃せって言ってんだ。わりいけど、相手にしてる時間が惜しいんだ」

 グローブは……やべえな、バスケットの底に入れたまんまだ。念の為に持ってきてたが、こんな事になるとは。

「ふん、ボクと取引しようっての?」

「なんでもいいよ、もう。外にガキを待たせてんだ。もう行くからな。絶対ついてくんなよ」

「……あ、あんた、子供がいるの?」

「ああ、ほら、外の二人だよ」

 俺は店外で突っ立っているレンといなせを指差した。

「なっ、なんで!? なんでヒーローが子供連れ回してんの!?」

「いや、どっちかというと俺が連れ回されてるんだけどな、ピクニックに」

「家族サービスだあああ! うわあっ、すげーっ! ちゃんとしたお父さんやってる!?」

「うるせえよっ。別に、俺とは血がつながってないし」

「複雑な家庭環境だーっ!?」

 見かねたハリマ次男が妹を叩き、作業着のおっさんこと長男と一緒に外へ出ようとする。

「悪いなあ。茜はテンパると叫ぶんだ。……いや、正直助かったと言っとく」

「お互いな」

 どうやら、次男は話の分かるやつらしい。妹はアタマおかしいし、長男は漫画しか読んでいなかったが。……とんでもなくうざいのと出会っちまったな。まあ、なんとかなった。ここで戦う事になってもつまらねえしな。

「なあ青井、こっちとこっちの弁当、どっちがええかなあ?」

 知るかっ。

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