マングースってハブを食べないんですよ
「もうっ、お兄さんに引っ付くのはやめなよ!」
「あたしの勝手じゃないか。それに、嫌ならマサヨシだってそう言うだろ。何も言わないってことは、いいってことだよ」
俺には、我慢ならないものが幾つかある。嫌いなものと言い換えてもいい。
「そんなこと言うんだったら、今日は晩ごはん抜きだからね」
「勝手にしなよ。別に、一食食べなくたって死にはしないからね」
「じゃあ明日の朝ごはんもお昼ごはんも抜き!」
「それは困る」
一つは、小うるさいガキだ。
一つは、生意気なガキだ。
もう一つは、親の言うことを聞かないガキだ。
「おい、テレビが聞こえねえから静かにしろって」
「決闘だ! 今日こそぶっ飛ばすから!」
「何度やっても同じだよ。あんたみたいに馬鹿正直に突っ込まれても、あたしが勝つだけだからね。申し訳ないくらいだ」
「うるせえって言ってんだ」
テレビのボリュームを上げる。レンといなせは負けじと声を張り上げる。俺は更にボリュームを上げたが、お隣さんが騒音に耐えかねて壁を叩いてきた。何度も何度も。というか、しまいにはインターホンが鳴り響く始末である。
テレビの音と、ガキどもの声と、隣人の叫びとで、
「うるせえええええええええええええええええええええええええって言ってんだろうがああああああああああああああああああああああ!」
俺の喉から血が出てきた。
翌朝、俺はレンといなせを置いて家を出た。やつらはしきりに着いて来ようとしたが、おしおきである。留守番と称して、部屋中の掃除を命じておいた。俺が仕事から帰ってくるまでにぴっかぴかに仕上げておけと凄んだので、帰ってきた時にはマリア様でもゴロゴロしたくなるくらいぴっかぴかになっているだろう。
「お、よう、赤丸じゃねえか」
てくてくと歩いていると、前方に色気のない女を発見した。彼女はリクルートスーツを着ており、今日もまたヒーロー派遣会社の面接を受けるのだろう。大変だなあ。
「なんじゃ、われか。おはよう」
「おう。まあ、がんばれよ」
「あ、は、はい」
……?
「なんか、今日は大人しいな、お前」
俺がそう言うと、赤丸は僅かにたじろいだ。
「き、昨日は悪かった。あがいに怒るとは思わんくて」
「ああ、怒鳴ったことな。いや、別に気にすんなよ。うちのチビどもが悪いんだ。人の話を全然きかねえからよ」
「ふうん。なんかあったん? ちょっとゆうてみぃ。話くらいなら……」
「それがさあ!」
俺はここ最近のレンといなせにどんだけ手こずらされているかを語った。結構喋った。小一時間くらいは話しただろうか。なんだか、途中で赤丸は腕時計を見て死にそうな顔をしていたが、話が終わりに近づくにつれ、悟ったような表情になっていた。まるで、ウンコを我慢していたが漏らしてしまった時のような感じである。
「うちの就職が……」
「まあ、話はこんなところだ。いやー、なんかすっきりしたぜ。ありがとうな」
「……はあ、ほーかほーか。なんか、子育てって大変やのう。そないに怒ってもつまらんとは思うけどな」
「言っても聞かないから強く言うしかねえんだよ。ぶん殴って躾けるのも無理だしな」
改造人間には肉体的に逆らえん。
「というか、俺はガキん時、全然殴られなかったからよ。殴って言うこと聞かせるのは抵抗あるんだよな」
「うちはバリバリ殴られてたけどな」
ああ、だからこんなに乱暴なやつに育ったのか。
「なんじゃその目は。ゲボ吐かすぞわれ」
「すまんすまん。ああ、ところでさ、時間は大丈夫なのか?」
「…………うん。もう、いい」
何故か、赤丸は遠い目をしていた。どうしたんだろう。まあ、触らぬ赤丸に祟りなしだ。さっさとカラーズに行くとしよう。
カラーズに着くと、社長と九重が不思議そうに俺の顔を見つめてきた。
「なんだよ。俺の顔になんかついてんのか?」
「あなたの顔には何もついていないわ。いつも通りの格好悪い顔よ。けれど、二人はどうしたのかしら」
「……二人? ああ、あいつらか。今日は留守番だよ。つーか、仕事場にガキを連れてくるってのはどうなんだ?」
「別に私は構わないけれど?」
「……今日は、新しいぬいぐるみを持ってきたんですけど。無駄になっちゃいました」
ここは託児所か。
「ちっ、九重。てめえがレンを甘やかすから、あいつが調子に乗るんだぞ」
「え、ええっ。そ、そんな……」
こいつらが甘やかすから付け上がるんだ。せめて俺だけは厳しくしてやろう。
「で、今日の仕事ってのは?」
「いつもとは少し違うのだけれど、一応、スーツを着たやつを懲らしめるのが目的、かしら」
「……それって、いつもと何か違うのか?」
「不良少年の集まりがあって、彼らに対する苦情が酷いのよ」
不良少年……たむろってるガキどもをボコボコにすりゃあいいのか。やった、楽そうじゃん。
「どんとこいだ。なんだ。どこぞのコンビニの前でたむろってんのか。そいつらを退かせばいいのか?」
「不良といっても、スーツを持っているのよ。だから、警察だって簡単には動いてくれないの」
「最近のガキは金持ってやがんなあ。いや、そういや、大概ヤンキーのグループには金持ちがいたっけ」
「……もしかして、青井さんって不良だったんですか?」
九重がじっと見つめてくる。どことなく不安げな視線だった。不良といえば、今も昔も変わらない事をしてるんだけどな。
「まあ、友達が悪いやつって感じだったんだよ。たまに巻き込まれてただけだ」
「で、でも、喧嘩とかしたり、校舎の裏で煙草吸ったりしてたんでしょ」
「喧嘩はしてたけど、煙草なんか今も吸ってねえよ」
下っ端は体力勝負である。ニコチンには頼らない。アルコールには依存しまくりだが。
「蛇の道は蛇ってやつね。だったら話は早いわ。ヒーローとしてはどうかと思うけれど、過去を詮索するのはやめておきましょう」
社長は、ぱんと手を叩き、外出の準備を始めた。
「とにかく、その目障りなガキどもをぶちのめせばいいんだな」
「……乱暴なんですから」
目には目をである。不良少年ごとき敵ではない。所詮は素人だしな。スーツを持ってても何とも思わねえぜ。
「それで、どんなやつらなんだ?」
「十人にも満たないけれど、自分たちのことをヒュドラとか名乗っているらしいわね。シャッターなんかに落書きしたり、道行く人に喧嘩を吹っかけているそうよ」
灰色の青春だな。ガキは勉強していい学校に行って、いい会社に入って親孝行してりゃあいいんだよ。
「目印みてえなもんはないのか。不良少年なら、この辺にだってうじゃうじゃいるぞ」
「ヘビ型のスーツを着ているらしいわね」
「ふーん。全員が着てんのかな」
「さあ、どうかしら」
……やばいな。全員がスーツ持ちなら話は違ってくるぞ。このクソ社長はそういうのを確認しないで依頼を受けやがるからな。まずい。アレだけ大見得切っといてボコボコにされんのは恥ずかし過ぎる。
「あら、青井。少し顔色が悪いわよ」
「そうか? いつも通りのイケメンだろ」
「頭が悪いのはいつも通りだけど。いつにもましてブサイクに見えるわよ」
ほっとけチンチクリン。……タクシーはヒュドラの溜まり場らしきところへグングン進んでいく。
「あ、ちょっと腹が痛くなってきた。九重さん、停めてもらえるかな?」
「ちょっと、もう着くのよ。後にしなさい」
「ふざけんなっ、戦闘中に漏らしたらどうすんだよ! つーかここでするぞ!」
「……青井さん」
「なんだ。既に俺の準備は万端だぞ」
九重はミラー越しに俺を見た。存外に鋭い眼光であった。
「……そんなことしたら、絶対に許しませんから」
「…………い、いやだなあ。冗談に決まってるじゃないか九重くん。大の大人が大を漏らすわけないじゃないか」
「最低ね」
まさか、九重にビビるとは思わなかった。車の事となると人が変わるな、こいつも。
あっという間にヒュドラの溜まり場である、地下のビリヤード場へとついてしまった。不良どもは学校をサボり、ここでダラダラと遊んでいるらしい。
「なあ、こういうのって学校の先生の仕事じゃねえの?」
「そうね。でも、依頼人はその学校の先生よ。匙を投げたのね、きっと」
マジかよ。許すまじ公務員。俺はてめえらに税金払ってんだぞ。てめえんとこのガキくらい面倒みろやボケが。と、自分のところのガキに振り回されてる俺が言ってみる。
「さあ、行くのよ青井」
「……未成年だろ、相手って。子供に手を上げるのはどうかと思うんだよなあ。ほら、俺って博愛主義だからよ」
「いいのよ別に。はみ出し者にはそれなりの報いを受けてもらうわ。だいたい、そいつらのせいで嫌な思いをしている人もいるのよ。殺すんじゃないのだから、気にしないでガッとやりなさい。ガッと」
しかし、気が乗らん。いや、嘘。かなり怖気付いている。
「はい、これ」と、社長は適当そうに何かを手渡してきた。いつもの変装グッズだろう。こういうのに凝るんだったら、もっとまともなところに金を使って欲しいもんだ。
「なにこれ」
「見たら分かるでしょ」
いや分からん。俺にはこれが、ぬいぐるみにしか見えん。そんでもって、黒子がつけるような頭巾だ。
「それを被って、そのぬいぐるみを手にはめてみなさい。……そうそう、そんな感じよ」
なんだこれ。黒子がぬいぐるみを手に……なんか、すげえ昔にテレビかなんかで見たな、こういうの。
「……青井さん。そのぬいぐるみは世にも珍しいマングースなんです」
「ふふふ、ヒュドラといえばヘビの怪物よ。そしてヘビの天敵といえばマングース。完璧ね」
「いや、アレってハブだろ。ヘビ全般ってわけじゃねえだろ」
つーか、凝れよ! もっと趣向を凝らしてくれよ! 安直過ぎねえか最近!
「前のダンボールのが手が込んでたな」
「やはり既製品には勝てないものなのよ」
「……もういい喋るな。頭が痛くなってきた」
とにかく、顔を隠すにはこれをつけるっきゃねえ。ついでだ。マングースも装着して行こう。こけおどしにはなるかもしれねえし。
ビリヤード場は薄暗かった。どうやら、照明が壊されているみたいだな。カウンターには店主らしき若い男がいる。……そして、スーツを着たままビリヤードに興じているやつらが五人もいやがった。マジでいやがった。さっきから店主がちらちらとこっちを見ているが、ヒュドラのお仲間だと勘違いしたのか、俺に声をかけてくる事はなかった。
どうするか。まあ、言って聞くようなもんでもないしな。あれくらいの年頃ってのは、とかく反抗しがちだ。何にでもノーと言いたがる時期である。いいや。痛い思いすんのはヤダし、こっちから仕掛けちまおう。
「……あ? なんだてめ……いでええええっ!?」
とりあえず、一番近くにいたスーツを殴っといた。残った四人は構えるが、なっちゃいないな。やはり中身は素人同然である。めんこを爆発させてやると、四人全員が悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「くそっ、なんだこいつ!」
「わっけわかんねえ! なんだよ!? ヒーローかっ」
「でもこいつこんなふざけたナリで……!」
俺だって好きでこんな格好してんじゃねえよ。
「おらあっ、学校にも行かず人様に迷惑かけてんのはてめえらか!」
でんでん太鼓をぶん回す。ビリヤード台ががんがん壊れて、後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。
「悪い子にはおしおきだ!」
「ぎゃあーっ、やめろやめろって!」
「問答無用だ!」
顔面をスッパーンと殴り抜く。後方へと吹っ飛んだガキはジュークボックスに激突した。
「ちくしょーっ、やりやがったなコラぁ!」
「ぶっ殺してやる!」
「やってみろやゴルルァ!」
背後から飛びついてきたやつを蹴り飛ばして、マウント取ってボコボコに殴りまくる。
「てめえどう考えてもやり過ぎだろうが!?」
「常識ってもん考えろや!」
てめえらに言われたくねえよ。それに、こいつらのスーツはなかなかの代物だ。ガキのおもちゃにしては良すぎる。
「だらあーっ!」
残った二人は釘バットを装備していた。
「なんだそれ。夜なべして作ったのか? あ? ちょっといいなそれ、俺に貸してみろや」
「ふっざけんなクソが!」
バットを無茶苦茶に振り回されるが、俺にはグローブがある。空振りしたバットを軽く殴ると、半分に砕けてしまった。ついでに、武器を失って逃げようとしたやつの背中をぶん殴る。そいつはカウンターまでぶっ飛んでいった。
「あとはてめえだけだなあ。ひっひ、ちょっと楽しくなってきやがったぜ! おらっ、バットってのはこう使うんだよ!」
「ぎゃーっ、お前ほんとにヒーローかよ!?」
「おらっ、おらっ!」
俺は釘バットを最後に残った一人から奪い取って、逃げ回るそいつを追いかけ回してバットをぶん回す。なんか、店の中がめちゃくちゃになってきたけど、よく分からんから気にしない事にした。
「もうっ、もう許してくれ! もうスーツ脱ぐしっ、学校にも行くからさあ!」
「嘘つけっ、てめえら口だけは達者なんだよ! 俺にそっくりだ!」
とりあえず、ビリヤード場にいた五人はスーツを脱がされ、警察に補導されて行った。残ったのはぐちゃぐちゃになった店だけである。……やり過ぎた。が、そこの店主だってヒュドラの悪行を見て見ぬ振りしていたんだ。
「俺は悪くない」
「いきなり何を言い出すの。まあ、子供相手にしては随分と暴れたものね。あなた、ストレスを溜め込むタイプなのかしら」
かもしれん。
「まあ、これに懲りてちったあマシな人間になるだろ。マングースがどうだったかは知らねえけど、あいつらにとっちゃ、俺が天敵だったわけだな」
「……ところで青井さん。実は、マングースってハブを食べないんですよ。天敵にはならないんです」
えっ、そうなのか?
「ハブを駆除するためにマングースを輸入したのはいいんですが、マングースはハブを襲わず、他の動物を餌にしちゃうんです。それで、結局マングースも駆除の対象になってるんですよ」
「へえ、なんか、かわいそうな話だな」
「……何の話をしているのかしらね」
人間なんてろくな事をしないって話だ。空回りながら進歩する生き物である。
「それより、ヒュドラはまだ全滅していないのよね。まだ、何人か残ってるはずよ」
「げっ、そうなんか」
「今日のところはこの辺りでいいでしょう。仲間が捕まったんだし、しばらくは大人しくしてくれるんじゃない?」
どうせならそいつら全員足を洗ってくれりゃあいいんだが。さて、どうなるかな。