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僕だ



 思い返せば、随分と色々な事があって、色んなやつに出会ってきたものだ。

 ただの戦闘員をやっていた俺が、ヒーローとしても働く事になるなんて、ちょっと前までは考え付きもしなかった。

 ヒーロー派遣会社、カラーズには世話になっている。社長こと白鳥澪子は人遣いがクソほど荒いが、どうにかこうにかやってこれているし、近頃は当たりも厳しくない。ようやく、俺に対する評価を改め始めたんだろう。つーか、そうでないと困る。スーツや武器の支給すらなく、生身でやってんだからなこっちは。

 最近は妙な連中も出てきたが。広島弁のしゃもじ女が隣に引っ越してきたり、スーツ狩りの警備会社であったり、ナントカ一家であったり……数えだすとキリがねえ。

 とにもかくにもと言った次第で、俺は今日も生きていられる。

「そういやさ、俺の知り合いが宗教にハマっちまってよ」

「おいやめろよ。その手の話は友達なくすぞおめえ」

「いやいやいやいや、そういうんじゃないから。ただ、なんかこう、人生を変えるような浄水器だったり暮らしを豊かにしてくれる炊飯器を売ってくれたりするらしくて」

「うわーーっ、なんかマルチ的なねずみのアレ的な臭いしてきたわ」

「もう今日から二番のことは無視しようぜ!」

 新興宗教なんてもんも出てくる始末、か。

「十三番、仕事だぜ」

「……おう」

 今宵の俺はヒーローではなく、戦闘員だ。エスメラルド部隊の数字付きとして出動する。



 今日の仕事は怪人の補佐だ。新人怪人を育成すると言う名目で手頃な施設に襲撃を仕掛けるという寸法である。今回狙うのは時計屋だ。この街の宝石店はヒーローが番をしている事が多く、新人には荷が重い。なので、一つグレードを下げて時計と言う訳だ。尤も、どんなボロっちい店にだってヒーローがいる事だってあるし、そもそもヒーローが店を営んでいるっていうパターンだってある。

「ヒョーッヒョッヒョッヒョウ! 今日の仕事は楽だったなあ!」

 ……ただ、ラッキーな日もある。扉ぶち破ってガラスケースぶっ壊すだけでいい日も、時にはある。今日は当たりだ。ヒーローには出会わなかったし、警備のやつらが来るまで時間がある。店中の品物全部盗んじまっても余裕があるだろう。

「お前らっ、好きなの持ってっていいぞう!」

「イエーーーーイ!」

「俺これにしよっかな」

「あ? 触んなや、俺が目ぇつけてたんだからよ」

「早いもん勝ちだろうがよ!?」

「ヒャッホー!」

 しこたま鞄に詰め込んで、俺たちはワゴンへと乗り込もうとした。が、車はぶっ壊されていた。ボンネットは凹んで、後部座席のドアは無残にもべっこんべっこんにされて剥がされてしまっている。ちょっと意味が分からないです。

 数字付きはおろか、ヒョウ型の怪人ですら慄いている。天国から地獄に突き落とされたような気分だ。何が起こったんだ。

「ヒョ、ヒョヒョ、だ、誰がやった? どこだっ、どこのどいつがやりやがった……!?」


「僕だ」


「ヒョ――――!?」

 黒い風が通り抜けた。そう思ったのと同時、怪人は吹き飛び、時計屋のガラス戸に叩きつけられている。……敵襲だ。ヒーローが現れたのだ。

「散開しろォォォォ――――!」

 誰かが叫ぶ。俺たち十三人は車を囲み、それを背にする形で四方を見回した。

「ちっきしょおおおお、なんだってんだよマジに! 最悪のタイミングで仕掛けてきやがって!」

「怪人よえええええええっ、あんな使えねえの久しぶりに見たぜ!」

「だから新人のお守りすんのはヤなんだ!」

 右か。左か。どこから。どこからきやがる? 新人とはいえ、ヒョウ型怪人の着ていたスーツは上物だ。なのに、なすすべもなく蹴り飛ばされた。経験不足ってのを考慮しても、流石にやば過ぎる一撃である。俺たち下っ端の安いスーツじゃ、中身まで抉られそうだ。

「……車、まだ動くんじゃねえのか?」

「おっ、おお、そうだ。逃げるぞ!」

 運転席の近くにいた八番が、勢いよく扉を開ける。次の瞬間、彼は遥か後方へと吹き飛んでいった。何が起こったのか確かめる暇はない。恐らく、襲撃者は車中に潜み、チャンスを窺っていたのだろう。俺たちは車から離れるも、そこからはもうどうしようもなかった。散らばった数字付きは一人、また一人と倒されていく。黒い風が吹いたと思った時には遅い。

「ぐっ……おおおおおっ?」

 背中に強い衝撃を受け、俺は地面に突っ伏した。意識がある分、苦しくて苦しくて仕方がない。中途半端なスーツの性能を恨みつつ、俺は、襲撃者の正体を確かめようと視線を上げた。

 そこにいたのは、ただ一人この場に立っていたのは、真っ黒なマントを纏った、若い男である。俺たちよりも随分と年下に見える。恐らくはまだ、十代だろう。高校生くらいにも見えて、こっちとしてはプライドがずたずたである。驚いたのは、彼がジーンズを履いており、マスクもつけず、素顔を露出していると言う事だった。……つまるところこのクソガキは、スーツを着ていないのである。俺たち戦闘員は、ただの、一般人にしてやられたのだ。

「……うそ、だろ……?」

 俺たちを叩きのめした少年は、這い蹲る戦闘員どもを見回し、全くの無表情で告げる。

「スーツをいただく」と。そう言ったのだ。

 まさか、センチネル警備保障の連中か? だが、少年は軍服を着ていない。何か、違うような気がした。だいいち、この状況でそんなの気にしてる場合じゃねえ。スーツ盗られてたまるもんか。保険なんか効いてねえ! 破損、紛失した場合はなあ! 全額こっちで負担しなきゃならねえんだぞ!

「やらせるかああああ!」

「うおおおおおっ、給料日までまだ遠い!」

「ぶっ殺せ!」

 倒れていたはずの同僚たちが立ち上がり、少年に立ち向かう。皆、気持ちは同じなのだ。

「ヒョヒョヒョヒョっ、今だっ、全員乗れ!」

 役立たずだった怪人が、いつの間にか運転席を陣取っている。既にエンジンはかかっているらしく、数字付きは車に乗り込み始めた。

「……何? 待てっ」

「誰が待つか!」

「死んでろクソガキが!」

 逃げに関してなら、俺たち悪の組織は一流である。少年は追いすがろうとするも、スーツなしでは追いつけまい。ひとまず、助かった。



「なんだったんだ、さっきのやつ」

「スーツ、着てなかったよな?」

「けどむちゃくちゃ強いし早かったんだけど」

「新手のヒーローってやつだな。……俺、あのしゃもじを思い出しちまった」

 スーツを着ないヒーロー、か。まさか、俺以外にもそんな奇特なやつがいるとは。スーツをよこせとか言ってたみたいだし、案外、すげえ貧乏な派遣会社に雇われているのかもな。ボッコボコにやられたが、さっきのガキには妙な共感を覚えてしまう俺だった。



 翌日、俺は痛む背中を摩りつつ、お子様二人を連れてカラーズへと向かっていた。会社に着き、ソファに座る際、俺は思わず顔をしかめてしまう。

「……やってくるなり何よ。そんなにここに来るのが嫌だったのかしら」

 相変わらず社長のお言葉は冷たかった。ついでに視線も冷え冷えである。

「ちっげえよ。背中ぶつけてんだよ。すげえいてえんだよ」

「あら、そうなの。言っておくけど、プライベートでの怪我までは責任負わないから。その点は気をつけておきなさい」

「あーあーあーあー、そうかよ、お優しいこった。で? 今日は俺に何をさせようってんだ?」

「何よ、その態度は」

 しばし、睨み合う。

「……今日の青井さんは機嫌が悪いね」

「うん。僕がね、背中なでてあげようとしても、絶対にいやだって言うんだ。変だと思うよね?」

 うるせえな。

「まあ、いいわ。せいぜいこき使ってあげるから。……依頼よ。怪人が出没して『いる』わ」

「現在進行形?」

「ええ、アイエヌジーよ。怪人が一人、宝石店に立てこもっているのよ。ついさっき、そこの関係者が助けてくれと頼んできたの。……ものすごい安値で」

 宝石扱ってるくせにケチな話だ。だからこそ社長は渋ってるんだろうし、そもそも、他のヒーロー派遣会社にも依頼をしているに違いない。カラーズなんて胡散臭いところは最後の砦っつーか、店のやつにとっては藁にも縋る思いだったのだろう。

「受けようぜ。せっかくの仕事なんだしよ」

「乗り気ね。珍しいじゃない」

 背中は痛いが働くのにはやぶさかじゃない。何にせよ、生きるのには金が要る。

「まあな。とりあえず、見に行ってみようぜ。動くかどうかはそこで決めればいいんだしよ。あ、レンといなせは留守番な」

「なんでーっ!? 僕も行きたい行きたい行きたいーっ」

「だめ」だと、俺はじっとレンを睨んだ。

 前回は塾への潜入と言う事でいなせにも協力してもらったが、彼女がまだ追われている事を忘れてはならない。それを言うなら、レンだってグロシュラたちに狙われているんだ。一人だけ置いてくのはかわいそうだと思った、俺なりの優しさである。寛大な処置に咽び泣け。

「ああ、あたしは構わないよ。そこのうるさいの。マサヨシの言うことが聞けないって言うのかい?」

「だっ、だって……」

 レンはいなせにもじっと見つめられてたじろいでいる。

「ふう。マサヨシ、いい子と悪い子、どっちが好き?」

「へ? あ、ああ、そりゃ、もちろんいい子に決まってるけど」

「言うことを聞けないのは悪い子ってわけだね。マサヨシは悪い子が嫌いってわけだ」

「うううううううう……」

 流石はいなせだ。レンの扱いにかけては既に俺を超えている。

 結局、レンは折れるしかなかった。すまないとも思うが、まあ、ここで仲良く待ってて欲しい。

「……分かった。お兄さん、早く帰ってきてね」

「オッケオッケ」

「気をつけてね。ぜったい、怪我とかしたら嫌だからね?」

「俺だって怪我なんかごめんだ。心配すんなって」

 一度折れれば、レンは素直になってくれる。ひとまずは安心といったところか。これでようやく、現場に向かえそうだな。



 現場へと向かう車中で、

「いい子ね」

 社長はぽつりと言った。レンの事か、はたまたいなせの事を指していたのかは分からない。あえて問うまい。

「大人しくしてくれりゃあいいんだけどな」

「ふふ、そうね」何笑ってやがる。

「……ところで青井。あなた、神様を信じる方かしら?」

 神様?

「時と場合によりけりだな。いいことが起きれば信じるし、そうでないなら信じない。あんたは?」

「あなたらしい考えね。私もそうよ、似たようなものかしら。けれど、神様という存在を、心の底から信じるような人もいるの。アタ教って、聞き覚えはない?」

「いや、ねえな。なんだそりゃ。宗教か?」

「ええ。この街で、最近出来たモノなの。新興のそれだけど、順調に信者の数を増やしているらしいわ」

 はあ。宗教、ねえ。俺は神様なんかいてもいなくてもどっちでも構わないけど、世界には『いなくちゃ困る』ってやつらもいる。

「別にいいんじゃねえの? 信じるものは救われるんだし」

「人に迷惑をかけなければの話よ。その、アタ教の信者なんだけれど、色々と問題を起こしてるらしいわ」

「バックに神様がついてりゃなんだってやるだろうよ。なあ社長、そういった輩にはな、近づかないのが一番だぜ」

 アタ教か。結構、過激らしい。

「……まあ、分からんでもない。こんな仕事してるんだからさ、神様の一つや二つは信じたくもなるってもんだぜ」

「いつか、アタ教に関しての仕事が来るかもしれないわね」

「そういうのは俺が死んでからにして欲しいね」

 信者って事は、要は一般人だ。スーツを着ていない連中の相手をするのはめんどくさくて仕方がないからな。



 宝石店にはヒトデ型のスーツを着た怪人がいた。野郎は店の中で散々暴れていたらしく、店内はぐちゃぐちゃだ。立てこもっているらしいが、警察なんかに一切の要求をしていない事から、ただの馬鹿だと思われた。どうせ行き当たりばったりでやらかしちまったんだろう。

「パトカーが囲んでるけど、怪人には手を出せないみたいだな」

「一応、ヒーローも何人かいるわね」

 ただ、店には人質がいる。迂闊に突っ込んでも、一般人が死ぬだけだ。

「……やっぱり、様子見するんですか?」

「だな。仕掛けるにしても、他のヒーローの動き見て、連携を考えねえと。それか、おいしいところ持ってけるように隙を窺う」

「いいわね」

 社長は薄く笑う。

「実にヒーローよ。さあ、そんなあなたに今日の変装用のアイテムよ。九重」

 頷き、九重はダッシュボードからマスクを取り出した。それを、おずおずと俺に向けて差し出す。渡されたのは、プラスチック素材の、真っ白い、簡素なマスクだ。両目のところには穴が開いており、メッシュが入っていた。口元には幾つかの、小さな空気穴が開いている。

「ってこれ、どっかのホラー映画のやつじゃねえか!」

「行くのよステイサム」

「そっちのジェイソンじゃねえよ! くそっ、こんなのつけたってヒーローに見えねえじゃねえか!」

「……でも似合ってます」

「ちくしょう、鉈か斧でも持ってこいってんだ」

 そんなの持ってたら、ますますヒーローっぽくねえけど。と言うか普通に捕まりそうだけど。

「とにかく、行ってくる」

「ええ、気をつけていってらっしゃい」

「こふっ、こふー……おう、任せろ」

 しかし、マスクってのはホント呼吸がしづらいよな。

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