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生意気なお嬢さんだ



「はあ?」

『はあ、じゃないわ。仕事よ青井』

 朝飯を食っている最中に掛けてきやがって。

「どうしたの?」

「何でもない、食べてて良いぞ。……怪人か?」

『違うわ。依頼をしてきたのは元、ヒーロー派遣会社ヴィラルカウンターの社長よ』

 元? 今は違うのか?

『昨日、潰れてしまったらしいわ。仕事が出来なくなってしまったそうよ』

「何だそりゃ? 良く分からんぞ」

『焦っているみたいで、詳しく教えてくれなかったのよ』

「焦ってたって、だからさあ、何なんだ?」

 カラーズにはアレな奴からの依頼、仕事が殆どである。新興、弱小の派遣会社だから仕方ないっちゃあ仕方ないんだが、社長にはもう少しまともな仕事を選んでもらいたい。矢面に立つのは俺なんだから。

『依頼人は会社に残って後片付けをしていたのだけれど、得体の知れない連中に囲まれてしまったらしいのよ。そいつら、スーツをよこせと言っているみたいで、出入り口も固められてどうしようもない状況よ』

 ふーん。

『依頼人を建物から逃がすのが、今回の仕事』

「いや無理だろ」

 得体の知れない連中に囲まれてて、そいつを助けろだと? ふざけんな、もっとマシな派遣会社に頼めってんだ。

「警察か、別の派遣会社に依頼するよう掛け直せ」

『警察に助けを求められるほど、清廉な事をやっていたのではないんでしょう。それに、お金がないからウチに依頼をしてきたんだと思うわ』

「……相手は? 得体の知れない連中って何なんだよ?」

『さあ?』

「さあって! お前、そんな奴らん中に俺を放り込むつもりかよ!?」

『助けを求めている人がいるのは事実よ。とにかく、こっちに来なさい。様子を見に行きましょう。そうじゃなきゃ、大丈夫かどうかの判断だってつかないわ』

 嫌だね。そうやって現場に引っ張って、あとは野となれ山となれってのがいつものやり口じゃねえか。大丈夫とか適当な事言って、俺を突っ込ませる気だろう。

「持病の癪が……」

『小癪な言い訳を。良いから来なさいっ、悪いようにはしないから!』

 癇癪持ちめ。

「様子見るだけだぞ。やばいと思ったら逃げるからな」

『ええ、どうぞ。逃げられるものなら。……私だって、あなたを無駄に潰すつもりはないわ。青井、あなたの判断に任せるから』

「ん? あ、ああ、まあ、それなら良い」

 やけに素直だな。気味悪い。

 電話を切り、俺は朝飯の続きに取り掛かる。

「お仕事?」

「ああ。付いてくる気か?」

「あはっ、良いよね?」

 嫌と言っても付いてくる気、満々だった。

「絶対、車から出てくんなよ」

「お兄さんが危ない時は出て行っても良いよね」

「……でも、なるだけ戦うなよ」

 レンは頷き、にこにこと笑っている。こいつにっつーか、こんな子供に頼るのは、本当に嫌なんだけどなあ。力不足が情けない。こうやって、レンがへらへらとしていられるようなら、この街はもう少しだけ平和になるってのに。



 車中、俺は社長に疑問をぶつけてみた。

「ヒーロー派遣会社がさ、仕事出来なくなるってどういう時なんだ?」

「お金がなくなって首が回らなくなった時」

「その、ヴィラルカウンターだっけ? そこも、やっぱりそうなのか?」

 社長は窓の外を見つめている。同業者が潰れたのだ。カラーズだって、いつそうなるか分からない零細企業である。彼女にも思うところはあるのだろう。

「ヒーロー派遣会社は、ヒーローがいないと成り立たないわ。だから、私は、ヴィラルカウンターからはヒーローが消えてしまったんだと思う」

「それで潰れちまったのか?」

 小さく、本当に小さく、社長は頷いた。

 ……ヒーローがいなくなった理由、か。その社長が愛想尽かされちまったのかな。まあ、この仕事が終わる頃には、その理由だって分かるだろう。



 現場のビルには、確かに、得体の知れない奴らが整列していた。それも大勢。数は二十人程度といったところだろうか。全員が、深緑色の軍服みたいなのを着ている。

「……借金取りでしょうか?」

「それにしちゃあお行儀が良過ぎるな。ありゃ、もっとやばそうな感じに見えるぜ」

 軍服。軍隊。軍人。……得体の知れな――――アッ! アアッ!

「お兄さん、顔色が悪いよ? 大丈夫?」

 そういや、奴ら、スーツをよこせとか言ってたんだっけ。そんでもって、軍服だろ。どうしてもっと早く気付かなかったんだ。あいつら、昨夜十二番が言ってたスーツ狩りの連中じゃねえか! 畜生、マジでそんなのが存在してたのかよ!

「あ、依頼人から電話。……窓からタクシーが見えたから、連絡を入れてきたのね」

「出ないのか?」

「早く助けてくれ、でしょう。言われなくても分かっているわ。さあ、青井」

「さあ、じゃねえよ! 嫌だ! いきたくない! 俺の判断はこうだ! ノーだ!」

 絶対に嫌だ! 嫌過ぎる! スーツ着てなかろうが、向かっていったら関係なくボコられて脱がされるに決まってる!

「……数、多いですよね」

「そうだろ! そう思うよな!?」

 もっと言ってやれ九重。

「でも、青井さんなら大丈夫ですよね」

「喋るな」

「え、ええっ?」

 俺に過剰な期待をするのはよせ。つーか、普通のヒーローだって囲まれてしばかれりゃあ身包み剥がされちまうんだぞ。俺に何が出来る。

「俺の判断に任せるって言ったろうが」

「でも」

「でもじゃねえぞ甘ちゃん。無理な仕事は受けるな。そりゃ、こういう依頼しか回ってこないのは認めるけどさ、それにしたって限度がある。良いか? お前は俺をヒーローだの何だの言うけどよ、こっちはスーツだってないんだぜ。ただの人間だっつーの。殴られりゃ痛いし刺されりゃ死ぬぞ」

 社長は俯いて押し黙る。そうだ。そうやって反省しろ。お願いだから。

「様子見続行だ。あんな奴らが固まってんだ。他のヒーローだって嗅ぎ付けてやってくるだろ。今のところ、手を出すつもりもないみたいだし、話はそっからだ。とにかく、俺は、動かないからな」

「……分かったわ」よしよし、助かった。



 助かった?

 タクシーの中から軍服着こんだ奴らの様子を観察していると、向こうの方からえげつない奴がやってくる。でかいしゃもじを持った、露出度の高いスーツを着た女である。うん。赤丸夜明だった。……あのアマ、一体、何をしてるんだ?

 もしかして、赤丸が面接を受けようとしていたヒーロー派遣会社って、ここなのか? 潰れてたとか言ってたし、もしかしなくてもそうなんじゃないのか? うわ。うーわ。なんつー、最悪な。どうしよう。嫌な予感しかしない。赤丸め、どうしてスーツなんか着てのこのこと姿を見せやがったんだ。

 とりあえず、窓を開ける。

 赤丸の姿を認めたらしい軍服の集団は、彼女に視線を遣った。

「止まれ。貴様、何者だ」

「何じゃお前ら。お前らこそここに何の用じゃ、ああ?」

「我らの邪魔をするつもりか、ならば……」

「やるってんなら相手になったるわ」

 って、ぎゃああああ、もう始まりそう! 早い、早いよ! どうしてああも喧嘩っ早いんだ、あいつは!

「アッテンション!」

 鶴の一声とはこの事か。ぎゃあぎゃあと喚き散していた軍服集団が整列する。その先頭には、灰色の軍服を着た女がいた。一人だけ服の色が違う。アレか、指揮官みたいなもんか?

「騒ぐな雛ども。貴様らは何だ? 答えてみろ」

「はっ! 我々はセンチネル警備保障の……」

「口を開くなうじ虫が!」

「あっ、ありがとうございますっ」

 灰色の服を着、腰にサーベルらしきものを提げている女が、目の前の男を鞭で打つ。

 鞭で、打つ。何あれ? 何それ。

「新兵どもが戦場の空気に酔い、熱に浮かされるのは勝手だ。だが、和を乱すな。良いかブタども!」

「サー、イエッサー!」

「私を馬鹿にしているのか! 声出せクズども!」

「サァァァァイエッサァァァァ!」

 俺たちの目は、灰色の女に釘付けだった。いや、すげえな、あれ。

「……何じゃ、われ。いなげな奴やのう」

「貴様、ヒーローか?」

 赤丸は問われて、笑った。

「生意気なお嬢さんだ。……私はセンチネル警備保障の灰空愛理(はいぞら あいり)だ。貴様がスーツを着用する限り、私は貴様のスーツを狙う。今すぐに脱ぎ、跪け。その綺麗な顔には傷をつけないでおいてやる。早くしろ。私がこの世で我慢ならないのは、貴様のようなウスノロだ」

 灰空愛理と名乗ったショートヘアの女は、まだ若い。赤丸をお嬢さんだなんて呼んじゃいるが、自分だって同じくらいの年齢だろう。遠目なのではっきりしないが、顔立ちもはっきりしている。気の強そうなつり目は、たまらない奴にはたまらないのだろう。俺はご勘弁願いたいが。鞭も、サーベルも、罵声を浴びせられるのも嫌だ。

「……センチネル警備保障なんて、聞いた事がありません」

「私もよ。ヒーロー派遣会社でもないみたいだし」

「本当、まるで軍隊だな、ありゃ」

「あはは、楽しそう。ねえねえお兄さん、僕も混ざってきていーい?」 だーめ。

 警備会社の人間があんな格好ってのはどうかと思う。いや、それよりも、あいつらはどうしてスーツを狙っているんだ。

「貴様らは、悪だ」

「何じゃと?」

 サーベルを抜いた灰空が、己の得物を赤丸に突きつける。

「スーツは街の平和を乱すものであり、それを着る貴様らも平和を乱すものだ」

「うちはヒーローじゃ。悪党と一緒に……」

「木っ端の戦闘員も怪人も、貴様らヒーローと何が違う? スーツを着て、力を振るうだけだ。不必要だと思わないのか? 貴様の脳には何が詰まっている。ウジか? それとも生ごみか?」

 社長も九重も、反論したそうな顔をしている。だが、違わない。根本的には違わないのだ。灰空とやらの言う通りである。俺たちは、同じモノなんだ。

「我々センチネル警備保障は、街の平和を守る為にここにいる。スーツがなければ、ヒーローも悪も関係あるまい。余計な揉め事は起こらなくなる。それが分からんのか?」

 極論だ。分からないでもないが、この街からスーツをなくすなんて、そりゃあ無理だろう。何人のヒーローが、どれだけの組織がここに存在すると思ってんだ。そいつら全部を敵に回すなんて、アホだ。アホ極まりない。

「ヒーローだと? 貴様らは悪だ。貴様らも悪だ。大人しくしていろ、ブタ娘。すぐに終わらせてやる」

「ほー、ああ、ほーね」

 赤丸はしゃもじを構え、灰空を睨み返した。

「ぶっ殺す」

「両親の愛情が足りなかったようだな、貴様。じっくり可愛がってやれ!」

「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」

 灰空が下がり、別の軍服どもが赤丸を取り囲む。

「ねえ、青井。まずいんじゃないの?」

「聞かなくても見りゃあ分かる。ありゃまずい」

 しようがない。あの赤丸がいるんだし、少し手助けしてやるか。

 奴ら、スーツを嫌っているらしいからな、口だけは達者で戦闘力は大した事がないと見た。めんこを使うのは勿体ねえから、太鼓で驚かしてやろう。地面を少し抉ってやりゃあビビって退散しちまうだろう。

「出てくる。お前ら、レンをこっから出すなよ」

「えー? 僕も行きたーい!」

「……わがまま言っちゃ駄目だよ、レン君。ほら、社長が遊んでくれるって」

「え? 私?」

 ひゃはは、ざまあみろ。

「……仕方ないわね。ああ、青井。これを持っていきなさい」

「ん」紙袋を手渡される。中を見ると、カラフルな三角帽とシャンプーハットみたいなのと……何だ、これは。

「今日は道化師でいってみたわ。どう?」

 ああ、なるほど。この赤くて丸いのはピエロの鼻だった訳ね。はあはあはあ、なるほど、帽子を被って、えりをつけて、鼻をつけて、鏡で確認すると、オッケー確かにピエロだ。超いかしてる。最高にご機嫌じゃん。

「てめえ、こんなのつけなくたって、俺はとっくにピエロみたいなもんじゃねえか。馬鹿にしてんのか」

「あなたに似合うのは、クラウンよりもピエロよね、やっぱり」うるせえボケ、血ぃついた風船飛ばすぞコラ。

「わーっ、お兄さん面白い! 風船ちょうだい、風船!」

 畜生が。毎度恒例だが、この変装は今までで、ある意味一番俺に似合ってやがる。

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