前へ次へ
62/137

行けたら行きます


 俺の前にはカップラーメンと缶詰が置かれている。今日の晩御飯である。何だか侘しい。今まで、良いものを食べてたんだなあと実感する。

「なあ、機嫌直せよ」

 レンはまずそうにカップ麺を啜っていた。

「悪かったって。いや、あんな事があったからさ、つい忘れてたんだよ」

「……伸びるよ、それ」

 くっ、家事を放棄されてしまっている。この野郎、さっきからずっと謝ってんだろうが。しかし強くは出られない。何故なら、レンをこれ以上怒らせると俺の命がなくなってしまうからである。

 とりあえず、麺を啜った。懐かしい味である。そういや、即席のもんは久しぶりだな。

「缶切りは?」

「何?」

「缶切りだよ、缶切り」

 レンは俺を睨んだ後、缶詰に手を伸ばす。何をするのかと思えば、素手で蓋をこじ開けやがった。

「これで良い?」

「あ、うん。大丈夫です」



 静かな夕食時だった。それにしても、物足りない。白米が食いたい。肉が食いたい。味噌汁が飲みたい。

「俺が悪かった」

 レンは既に布団を敷いて眠った振りをしている。当たり前だが、俺の分は敷いてくれなかった。

 一度上がった生活水準が落ちるのは耐え難い。温かい食事の魔力には、誰だって逆らえないのである。そうに違いない。

「お願いだから許してくれよ」

「ヤ」

 そろそろ組織にも行かなきゃならんというのに。

 もう良い。勝手に不機嫌になってろ。バーカ。

「仕事に行くけど、ちゃんと留守番してろよな」

「勝手に行けば良いじゃん」

 行くなと駄々をこねられるよりは楽かもしれん。不安は残るが、仕事は仕事。とりあえず、出かけるとしよう。



 活動可能な数字付きは、今のところ十一人。最初にやられた二人が復帰するまでは、大した仕事も出来ないだろう。

「帰って良し」

 組織に顔を出したのは良いが、俺以外の数字付きは殆ど来てなかった。江戸さんにも帰宅を許可され、俺は困ってしまう。正直、家に戻るのはかったるい。レンが起きてたら、不機嫌な奴の相手をしなくちゃならない。かと言って、仕事がないんじゃあな。

 どうする? 杖持ちについて話を聞くか? 情報はゼロじゃない。杖持ちは三人。スターアニスとデルフィニウム。彼女らが持つ、幼女の声を発する杖。そして、杖持ちを追いかける百鬼牡丹。もしかしたら、何か知ってる奴が組織にいるかもしれない。

「どうしたんだね、青井君」

「あの、杖持ちについて、何か分かりましたか?」

「ああ」と呟き、江戸さんは書類から目を離す。

「今日、街のデパートで破壊活動をしていたという話は聞いたよ。知っていたかな?」

「知りませんでした」

「今回の事で、杖持ちの標的が分からなくなったがね。スーツを着た者を狙っていると踏んでいたのだが、そのデパートにヒーローや戦闘員はいなかったようだ」

 そういや、そうだ。あの時、俺やレンはいたが、スーツを着ていなかった。杖持ちは、他の方法でヒーローたちを認識しているのかもしれないが。もしかして、あいつらの目的は百鬼さんだったのか? ……いや、それにしちゃ順序が逆だ。第一、あの杖は百鬼さんの出現を快く思っていなかった節がある。いかん。いかんぞ。ますます分からんくなった。

「目的を伴わない力と言うのは恐ろしいものだ。止まる理由も、止める手段も見当たらない。ただ、こちらも力を以って打ち破る事しか出来ないからね」

「ウチとしては、やっぱり様子見ですか」

「君たち数字付きには申し訳ないが、私はそうするべきだと思っている」

 可能なら、他の誰かが杖持ちを黙らせるか。あるいは、弱らせてくれるのを待つか。江戸さんは待つ事を選んでいる。俺みたいな下っ端と違って、彼は一部隊を束ねる器の持ち主なのだ。おいそれと、自らの戦力を削るような真似はしない。

 俺は、江戸さんじゃあない。彼のように賢くない。

「また何か分かったら教えてください」

「そのつもりだ。君も、何か掴んだら教えて欲しい」

「分かりました」

 やはり、江戸さんに話を聞くのはよしておこう。それよりも、俺みたいな下っ端か、こう、ふわふわしたような奴から話を聞く方が良さそうだ。



 俺以外にこの組織でふわふわしてる奴は山ほどいる。だが、杖持ちについて知っている、と言う条件を加えると、その数はぐんと減るだろう。更に言えば、俺が気安く声を掛けられる人間ってのもいないのである。

「よう爺さん、生きてっか」故に、爺さんだ。

 いつもながら、何をやっているか良く分からん部屋である。こんなたくさんのパソコン、何に使うって言うんだ。一つで充分だろ。

 爺さんは何か食っていた。晩飯にしては遅い時間だが、彼は不規則な生活をしているので、気にする事もないんだろう。何を食ってるのかと思えば、錠剤である。小さな瓶からそいつを取り出し、口の中にざらざらと放り込んでいた。

「ビタミン剤か何かか? 健康が気になるなら、もっとマシな生活を送っちゃあどうだよ」

「ふん、悪の組織の戦闘員が説く事か」違いない。

「またエスメラルド部隊は仕事がないのか?」

 まあな。また、とは聞き捨てならねえが。

「エスメラルドのところは部下に甘いきらいがある。戦闘員なんぞ、所詮使い捨てじゃ。そこを分かっておらん」

「爺さんには分かんねえだろうよ。それより、ちょっと話でもしようぜ」

「青井。お前と話しても実りは得られん。時間を空費するだけで終わる」

 つれない事言うなよー。

「喋る杖って知ってるか?」

「杖が喋る? どういうシロモンじゃ、そいつは」

 俺は、百鬼さんや杖持ちの得物について爺さんに話して聞かせた。最初こそ馬鹿にしていたような態度だった彼だが、次第に興味が湧いてきたらしい。何かをメモしたりし始める。

「杖持ちか。そいつらの得物というのは、本当に喋るのか? ただ、音を発するだけではないのか?」

「いいや。ありゃあ違う。自分の意志みたいなのを持ってるように見えたぜ」

「音声によって戦闘をサポートする武器か」

 考え込むように眉根を寄せ、爺さんは唸った。

「ない事もない。じゃが、そこまで滑らかに、お前程度とは言え『生きているようだ』と認識させるほどのものは聞いた事がない」

 一言余計だ。

「しかも子供の声で、だと? 悪趣味極まるな。わしでも思いつかんわ。思いついたとして、実際に作ろうとは思わん」

「まあな。中々、気持ちの悪いもんがあった」

「やはり天才とナントカは紙一重じゃな」

 うんうんと、一人納得したように頷く爺さん。まさか、自分もそこに入れてるんじゃないだろうな。

「心当たりはねえか? そういうのを作ってた奴とかさ」

「そんな奴がおれば、どこかの組織が欲しがる筈じゃがな。生憎と、わしには何も……」

「……じゃあ、百鬼って名前に聞き覚えはないか?」

「百鬼? もぎ、もぎ……」

 爺さんはボケちまったみたく、同じ言葉を繰り返す。俺は少しだけ不安になった。

「百鬼、草助(そうすけ)

「何だって?」

「ああ、思い出した。おった、おったわ。間違いない。ふん、なるほど、奴なら出来るだろうな」

 俺にも分かるように説明してくれよ。百鬼草助ってのは誰なんだ?

「変態じゃよ」何?

「その点はわしと似通っておる。百鬼は、趣味でスーツを作っていたんじゃ」

「趣味、だあ? そんな奴がどこに」

 言い掛けて、俺は爺さんを見る。そんな奴がここにもいたんだった。

「確か、一度だけ見た事がある。数年前、ウチの技術部に売り込みに来ていた男がおった。通り掛かったわしも審査する為に呼ばれてな。百鬼は、趣味で作ったスーツと武器を持参して追い返されたんじゃ」

 追い返された? いや、でも、どこの組織だって欲しがるとか言ってたじゃん。

「変態だと言ったろう。百鬼が持ってきたスーツは、ヒーローのそれだった。しかも、子供向けのものよ。可愛らしいドレスでな。は、悪の組織の誰が着ると言うんじゃ」

 数年前に、あのスーツが完成していたのか。しかも、ウチに持ってきてたらしい。

「杖は? 杖はどうなんだよ?」

「喋っておったよ。ただ、お前の言うものとは違う。機械的で、無機質な声だった。とてもじゃないが、生きているようには思えんかったな」

 これは、アレか。もしかして、繋がり掛けてるのか? 百鬼なんて苗字、滅多にねえだろ。あの主婦と、その発明者、関わりがあるに違いない。

「その百鬼草助って、歳は幾つだった?」

「若くはない。が、わしよりも若い。そうさな、四十か、その手前といった風に見えたな」

 兄。弟。父。いや、多分、違うような気がした。百鬼草助は、きっと、あの人の……。

「お前たちの言う杖持ちと百鬼草助が関係あるのか?」

「ああ、十中八九な」

 杖は大方、草助って野郎が作ったもんだろう。百鬼さんがあいつらを追い掛けてる理由ははっきりしないが、少しは見えた。あるいは、協力者なのかもしれない。あの少女たちは、草助の作ったであろう杖を持っている。だが、彼の敵か味方かまでは分からない。……あれ? 分からない事が増えてねえか?

「爺さん、百鬼草助の居場所は?」

「知るか。だが、ありふれた名前ではなかろう。自分で調べてみい」

 と言うか、初めからそうしてりゃあ爺さんに嫌味を言われる事もなかったのでは。馬鹿、俺。



 百鬼牡丹。百鬼草助。

 両者の繋がりを調べる。うん、調べるぞ。けど、どうすりゃ良いんだ? 第一、何から調べれば良い。えーと、どこで調べりゃ分かるんだ。誰に聞けばオッケーなんだ? 駄目だ。さっぱりだ。こういうのはプロに頼もう。

 とりあえず、一度家に帰ろう。まだ電車は動いてるし。……家には鬼がいるが。ま、まあ、眠ってくれてるのを祈ろう。



 電車に乗ってがたんごとん。駅前に着いたは良いが、すぐには帰りたくなかった。もうちょっとぶらぶらしていたい。幸い、力は有り余っているんだ。夜の町並み的な。隠れ家的なバー的なところに行くのも良いかもしれん。そうだ。あのマスターの店に行くというのはどうだろう。しかし、俺は財布の中身を思い出し、愕然としてしまった。おしっこ漏らしそうになった。家計として、レンに金を預けていたのである。いや、そりゃ全額じゃないよ。俺だってあいつを百パー信じてねえもん。だから八割くらいしか渡してないっつーの。そらそうだろ。

「イダテン丸におごってもらおう」

 思い立ったが吉日だ。ケータイを取り出し、イダテン丸の番号に掛ける。まだ日付が変わったところだし、起きてるだろ。

『…………何か』

「あ、俺。今、暇?」

『いえ、私は今漫画を読むのに忙しいのです。知っていますか青井殿。月明かりの下で読む漫画というのは』

「目が悪くなるぞ。漫画読んでるって事は暇って事だよな。ちょっと駅前まで出てきてくれよ。そんで酒を呑もう」

『…………行けたら行きます』

 小学生みたいな便利な断り方すんなや!

「頼む。今、家に帰りたくない気分なんだよ。金は返すから、今晩はよろしく頼む」

『…………そういう事でしたか。しかし、私はアルコールと相性が悪いのです』

「じゃあ、俺が飲んでるのを見ているだけでも良い」

『青井殿にはご恩がありますが、そのような物言いでは……』

「ごめん。ちょっと調子に乗ってた」

 でもさー、頼れそうなのはお前しかいないんだよー。数字付きはどうせ呼んでも来ないしー、下っ端の戦闘員の同僚は、誰かのおごりだと分かるまで電話にすら出ないんだよー。

「それから、頼みたい事もあるんだ」

『…………分かりました。すぐに参ります。しばしお待ちを』

「悪いな」

 酒を飲めるし、イダテン丸には百鬼について調べてもらおう。忍者だし。俺よりはプロっぽい。

前へ次へ目次