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やっちゃえ撃っちゃえぶっ殺しちゃえ



 ………………疲れた。

 飯を食って、朝から引きずり回された。急いだって店は開いてないっつーのに、レンめ。

 俺はデパートの屋上、クソガキどもの声を聞きながら、ベンチに座っていた。こうしていると、少し前、ここでオセロット君の着ぐるみを着て、怪人と戦ったのを思い出す。ついでに、ヒーローにボコられた事も。畜生、欝だ。

「あはっ、もう疲れちゃったの?」

「お前は疲れてないのか」

「うん、だって楽しいもん。はい、ジュースだよ」

「サンキュー」紙コップを受け取り、俺はそれを呷った。レンは隣に座り、両足をぶらぶらと揺らす。

「ゲームとか、してくか?」

「ううん、やらない」

 そういうところは安上がりで助かるけどよ。……ん?

「もしかして遠慮してんのか?」

「あは、してないよ? 僕ねえ、お兄さんにはいっぱい甘えたいなーって思ってるんだ」

「だから遠慮はしてないってか」

 レンは元気いっぱいに頷く。

「だったら良い。が、手加減はしてくれ」

「どーしよっかなー、なーんて。あはは、いこ、お兄さん。僕、新しい洋服は欲しいな」

 これから先、暑くなるだろうし、売り場には夏物も並んでいるだろう。俺も、何か買うか。



 屋上から階段を使い、下のフロアに行く。そこからエスカレータで五階の子供服売り場に向かう。

「新しいエプロンも欲しいなー」

「はいはい、買ってやるから。だから大人しくしてような」

 交差した。

 女子中学生らしき制服を着た、髪の短い女の子。燃えるような、赤い色のリボンをつけた少女と目が合う。

 俺たちは下へ。そいつは上へ。

 見送るしか出来ない。目を逸らす事を忘れて、ただ、見ていた。

「お兄さん?」

「……いや、何でも、ない」

 杖を持っていない。ドレスを着てもいない。

 だが、その少女の瞳には光が宿っていなかった。まるで、戦うのを選んだ、機械みたいに。



「あら? こちらは男の子向けですよ」

「え?」

 レンと一緒に服を選んでいると、店員のおばちゃんに話し掛けられた。

「お嬢さんなら、あちらの売り場のお洋服の方が、良くお似合いになると思いますよ」

 営業スマイルを向けられる。俺は何も言えなかった。

「あはは、本当?」

 おばちゃんはレンにもそのスマイルを差し向ける。それでは。彼女が去って行った後、俺は、レンにどう声を掛けようか迷った。

「お兄さんお兄さん、あっちのも見たいなー、僕」

「なんでやねん」

 レンは俺を引っ張っていく。その力には逆らえない。

「お前、女に間違われてんだぞ。プライドはないのか、プライドはっ」

「お嬢さんだって、あはは」

 何か知らんがめちゃくちゃ嬉しそう。しかし、俺としてはああいうエリアに足を踏み入れたくないのである。あそこは、ちょっと違う。いや、かなり違う。だからやめろっ、ええい離せ!



 レンが試着室で着替えている間、俺は天井を見つめる。

 思い出すのは、さっきの少女だ。制服を着た、女の子。平日の昼過ぎ、こんな時間に学生がいても良いものか? しかも、一人で。どう考えたって怪しいだろう。……いや、けど、俺は紫の『杖持ち』の仲間の顔を確認していない。あの少女を疑うのは早計じゃなかろうか。ただのサボりかもしれんし。もしかしたら、友達や家族なりと待ち合わせしてるのかもしれん。

 ただ、あの目が気になった。少女の瞳は、どうしたって昨夜の光景を思い起こさせる。機械みたいだと、江戸さんは評した。俺も、昨夜の少女から、そして、さっきの少女から、それに近いものを感じている。あんな、何もない目があるか。何も宿らない。何も映っていなさそうな、ビー玉と変わらんような……。

「お兄さん、お兄さん」

「着替えたか?」

「はいっ」試着室のカーテンが開く。涼しげな格好に着替えたレンが、くるくると回った。

「似合うかな?」

「あー、似合う似合う。それで良いか? 良いよな? じゃ、レジ行くぞ」

「えーっ、もうちょっと待ってよう。さっきのも似合うって言ったじゃんか。後ね、これにも一回着替えてみたいんだ。それからね……」

「いつまで掛かってんだよ。いつまで待たせるんだよ」

 いい加減、何もしないで立ちっぱなしってのも疲れてきた。

「あは、お兄さんも自分のを選べば良いじゃない」

「俺はさっき買ってきた」

「ええっ? 僕、どんなのか見てないんだけど」

 どうしてお前に見せなきゃならんのだ。

「お前もさっさと決めろよ。腹ぁ減ってきたし、そろそろ帰らないと」

 言い掛けたところで、俺の脳天に衝撃が走る。轟音と震動の後、思わず尻餅をついた。地震かと辺りを見回すが、どうもそうではないらしい。女性客や子供連れが悲鳴を上げている。耳を塞ぎたくなるのを堪えて、俺は短く叫ぶ。

「レンっ」レンは試着室の中から、じっと天井を見上げていた。

「上で何かあったんだ」

「何? 上?」

 つられて、俺も天井に目を遣るが、何が起こったのかなんて分からない。そうしている間にも、エスカレータには大勢の買い物客が押し寄せていた。何かから、逃げてきているように見える。この階にいた連中も、エスカレータや階段に向かって走り出していた。

「……訳が分からんが、俺たちも逃げよう」

「服が……」気持ちは分かるが、レジにゃ誰も立っていない。この騒ぎだ。店員だって逃げ出したに違いない。

「良いから行くぞっ……って、ああ、お前、元の服に着替えろって!」

 レンは不満げな様子だったが、手早く着替えて、試着室から飛び出してくる。

「僕これに決めたっ」

「言ってる場合か!」

「あはは、じゃあもうもらっていこうよ」

「駄目だ駄目だ! そういう、火事場泥棒みたいな真似は許さん!」

 しかし、この期に及んで、レンは頑として動かない。ぷいっと顔を背け、その場に座り込もうとする。そうこうしている間にも、叫び声は遠くなっていく。上階にいた奴らも、殆どが逃げていったんだろう。このフロアに残っているのは俺たちだけになったかもしれないってのに。

「いい加減に……!」

「だって! 外に出れたのは久しぶりだったのに!」

「おまっ、その言い方だと俺が閉じ込めてるみたいじゃねえか!」

「そうじゃない! 勝手に外へ行くなって言ってさ!」

 そうじゃねえだろ! お前がグロシュラたちに追われてるから匿ってんじゃねえか! そこんところを分かってない奴だなこいつはよ! こんな時にガタガタ抜かしやがってクソガキが。

「……それ、幾らだ。見せてみろ」

 レンが抱えている服を引ったくり、値札を確認する。俺は持っていた袋にその服を入れた。

「泥棒するんじゃん」

「しねえよ」似たような事はするが、仕方あるまい。俺はレンの手を掴み、無理矢理に立ち上がらせようとする。が、びくともしない。

「馬鹿力っ、立て! 行くぞ。買ってやるから、早くしろ」

 そう言うと、レンは飛び跳ねるようにして体を起こした。

「本当!? 本当に良いのっ?」

「マジだからまとわりついてくんなって。ほら、お前がこの袋持ってろ」

 俺はレジの方に歩いていき、財布を取り出す。……本当に、断腸の思いとはこの事か。五臓六腑がずたずたに引き裂かれているみたいに酷く痛んでいる。

「ぐっ、がっ、畜生。釣りはいらねえよ!」

 だん、と。カウンターに一万円札を叩きつけてやった。

 こうなったら、社長にたかろう。もとを正せば、あいつらがごちゃごちゃ言ったのがアレなんだし、助けてもらおう。給料アップを要求する。

「これで文句ねえだろ。行くぞ」

「ありがとうっ! お兄さん素敵!」

 ええい、子供ながらに現金な奴だ。まあ、これで俺たちも避難出来る。一体、何が起こっているってんだ。

 階段の方に向かうと、上方から爆発音が聞こえてくる。一度足を止め、天井を見上げた。

 考えるまでもなかったのだろう。やっぱり、あの女の子だ。彼女が、何かをしたんだ。そうとしか思えない。このまま階段を下り、外に出て、家に帰ってしまえば良い。そうだろ。そうに違いない。

「……レン、先に外まで行ってろ」

「お兄さんは? お兄さんはどうするの?」

 危険なのは分かってる。だが、俺たちを襲った相手の正体を確かめたかった。戦おう。そんな無茶は言わない。少し、見るだけだ。こんな機会は滅多にない。

「やっぱり、釣りをもらってくる」

「あははは、かっこわるーい」

「そういう訳だから、良い子にして待っててくれな」

 レンはこっちを見上げている。心ん中まで見通すように、じっと。

「言うとおりにするから、すぐに戻ってきてね」

「あいよ」

「絶対だよ!」

 レンは階段を下り、振り返りかけたが、結局、そのまま駆け下りていった。



 一つ上のフロア、六階はおもちゃ売り場だった。

 だった。

 商品は粉々になって吹き飛ばされている。床にはロボットの足や、レンや九重の好きそうなぬいぐるみが中身を撒き散らしている。数枚のトレーディングカードが舞い、落ちていく。壊れ、散らばる。砕けて、舞う。ガキのおもちゃがこれ以上ないってくらいにぐちゃぐちゃになっている。気持ちの悪い光景だった。癇癪を起こしたクソガキのおもちゃ箱のような世界が、眼前に広がっている。

 おもちゃ箱の中央には、杖を持った少女が立っていた。

 真っ赤なドレスに身を包み、右手にはメタリックな杖を持っている。その杖の先端には、八つの角を持つ、星形のようなエンブレムがくっついていた。俺たちを襲った奴が持ってるものとは違うが、同じタイプのものと言っても良い。やはり、彼女がそうなのだ。

 物陰から少女を観察していると、どうにも、分からない。動かないまま、虚ろな瞳を床に向けているだけなのだ。悔いている、そういった様子ではない。

 何なんだ? 目的は。理由は。何を狙って、こんな事をしたんだ。

「リリー」

『なーに? 次は下をこっぱみじんにしちゃおうか?』

「命令?」

『ちがうよーう! でも、やっちゃっても良いんじゃない?』

 杖の方が人間味があるってのは、どういうこった。しかも、やけに物騒な事を可愛い声で抜かしやがる。

 あの杖、どういう仕組みで動いてんだ? 持ち主と会話も出来ているし、プログラムにしちゃあ人間臭過ぎる。……爺さんが知ったら、何て言うかな。どうしよう。あのジジイがあんなもんを作り出したら。流石に嫌だ。

『あーっ!』

 杖が大声を上げる(我ながら、何か変な言い方だ)。

『大変だよスターアニスっ、大変大変!』

 少女はゆっくりと顔を上げる。

『熱源反応感知! あっちに誰かいるよ!』

 は?

「了解」

『やっちゃえ撃っちゃえぶっ殺しちゃえ! ダイナマイトエクスプロージョンを使っちゃえ!』

「了解」

 少女が杖をこっちに向けた。ん? え? こっち? 俺じゃあ、ない、よな?

 杖の先端、八角形の星がスライドしていく。ぽっかりと開いた穴からは、何かが覗いている。

『あの男の人をぶっ殺せー!』

 うわあ! 俺だ!?

 逃げ出そうとして背を向けると、音が迫ってきた。火薬の臭いが鼻をかすめていく。瞬間、背中が燃えたように感じられた。熱を受け、俺は床に転がる。

『追撃だよスターアニス!』

「了解」

「あっちいい! くっそ嘘だろォ!」

 服は燃えてなかったが、背中がめちゃくちゃ熱い。真っ赤に燃えるものが見えて、俺は四つん這いで逃げ出す。

「うおおおおおおおおっ!?」

 壁に火球が激突する。破裂し、霧散していくそれは少女の持つ杖から放たれたものだろう。

 いかん、やばい。全く、殆ど何も分からないまま逃げ出す事になりそうだ。が、死ぬよりマシだ。焼かれるなんてすんげえ嫌だ。どうせやられるなら一思いに、楽に殺して欲しい。

『逃がしちゃ駄目だよ!』

 足音が聞こえてくる。ここに来たのを後悔する。一刻も早く逃げ去りたいが、エスカレータや階段に向かうのはまずい。そこは見え過ぎる。逃げるより先に攻撃を受けちまう。火の球ぶつけられたらひとたまりもない。物陰から物陰に身を隠し、隙を窺いながら逃げまくる。

『きゃはははははははっ、やっちゃえスターアニス! 標的は戦意は喪失してるよ! どんどんやっちゃえ!』

 煽る杖。ふざけくさってボケが。

「了解」了解じゃねえだろ!

 火の玉がフロア中を飛び回っている。しかも狙いは的確だ。少しでも足を止めりゃあ、次の瞬間に俺は火だるまになっちまうだろう。少女はエスカレーターと階段が見える位置に陣取っている。駄目だ。ちょっと休憩。

『あーっ、あいつ仲間を呼んでる!』 何だって? 仲間? もしかして、誰かが来てるのか? ……レンだ。そうに違いない。あの馬鹿、大人しくしてろって言ったのに。お尻ペンペンだな。

 少女がエスカレータに杖を向ける。影が見えた。レンじゃない。彼にしては背が高過ぎるのだ。

『スターアニス、先制攻撃だよ!』

「了解」

「なっ、おいちょっと!」

 もしかしたら、事情を知らない客かもしれないし、スーツを着てない警備員かもしれないんだぞ!

 が、少女は俺の声になんか耳を貸さない。火球が放たれる。俺は思わず目を瞑った。しかし、いつまで経っても、熱さに苦しむ呻きや叫び声は聞こえてこない。恐る恐る目を開けると、

「あら、また会ったわね」

「な……? あんたは」

「何、その口の利き方は」

 あの、主婦が立っていた。

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