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ボクたちはスーツに頼ったりしない



「……俺は行くぞ」

「ええ、仕事でしょう? いってらっしゃい」

 社長に手を振られる。

「お兄さん、頑張ってきてね」

「……ファイトです」

 九重とレンも手を振ってくる。

 こいつら、本当にここで張り込みを続ける気か?

「何かあったら電話掛けて来いよな」

「分かっているわ。あなたこそ、仕事とやらが終わったら戻ってきなさいよ」

 はいはい。

 俺はタクシーを出て歩き始める。……タクシーは、例のコンビニが見える道路に停められていた。あいつら、何だかんだでガキだからな。レンはちょっとしたお泊り感覚でいそうだから、すぐに寝ちまうだろう。社長もガキだし、一回寝たら中々起きないし。九重だけじゃあ、何かあっても頼りない。

 ……はいはい。



 組織に着くと、仕事があるのかどうかをすぐに確かめた。

「ないんだな? 本当に、マジで! 帰っても大丈夫なんだな!?」

「さ、さあ? 大丈夫じゃねえの?」

「よしっ」

「何? 何かあんのお前?」



 終電ぎりぎりで駅前に帰ってくる。ケータイを気にしながら、俺はタクシーに戻ってきた。運転席の窓を軽くノックすると、九重が小さく笑って、そこを開ける。何か、めちゃくちゃ疲れているみたいだった。

「……お帰りなさい。早かったんですね」

「まあな」ちょっと心配だったからなんて、口が裂けても言いたくない。

 車の中を覗きこむと、案の定、ガキ二人が寝息を立てていた。

「……さっき、お休みになったところです」

「何かあったか?」

 九重は緩々と首を横に振る。

「そうか。お前も寝てて良いぞ。俺が見とくから」

「大丈夫です。起きてられますよ」

 気を遣わなくても良いのに。

「じゃ、何か買ってくる」

「……え、コンビニで、ですか」

 俺は二軒のコンビニを見比べる。

「ちょっと遠出してくる。何か、欲しいものはあるか?」

「じゃあ、あの、お茶を」

「それだけ?」

「太っちゃいますから」九重は照れくさそうに笑った。

 女子高生かお前は。そんなん気にしなくても良いだろ。どうせ元からなよなよしてて細いんだし。



 この辺にはコンビニがたくさんある。ついさっき気付いた事なのだが、びっくりだ。一軒で充分じゃねえの? まあ、こういう時は助かるけど。

「おう、戻ったぜ」助手席に座り、ビニール袋からお茶のペットボトルを取り出す。

「……ありがとうございます」

「これもやるから食えよ」

 俺は肉まんを手渡そうとした。が、九重は驚くばかりで受け取ろうとしない。

「あ、あの……」頼んでないってか?

「お前は、細い」

「へっ?」

 ペットボトルを取り落とし、それを拾おうとした九重はハンドルに頭をぶつける。蓋を開けてなくて良かったな。

「もっと肉を食え。そんで肉を付けろ」

「……は、はあ」困った顔で肉まんを受け取られる。

「俺もこれ食ったら寝ようかな」

「えっ? ね、寝ちゃうんですか?」

 だってさー、眠いもん。第一、強盗なんか都合良く出てきやしねえって。

「……あ、トラックが」

 九重は例のコンビニの前に停まった軽トラックを指差した。

「空似だよ、空似。あんなトラック、どこにだってあるっつーの」

「でも、荷台に大きい人が。あの、ツナギとか着てますけど」

「そ、空似だろ、空似。どっかの現場から……」

「こんな時間にですか?」

 うっ、うるさい! 一々口答えするな!

「……しかも三人組です」

「嘘だろ」うっ、うわあゴーグルまでどんぴしゃり!

 えっ、これ行くの? 行かなきゃ駄目なの?

「社長を起こさないと……」

「まっ、待て。まだ起こすな」

「どうしてですか」

 九重は疑い深そうに俺を見る。

「はっはっは、俺一人で充分だからだよ」

 今社長を起こせば何を言われるか、俺には分かっている。ここでやり過ごすのだ。九重が何を言おうとも、強盗を見過ごすのである。

「……信じて良いんですか」

「何だお前。お前、その目付きは何だ。俺を信じていないって言うのか?」

「信じてます」うっ。普通に言い切られてしまった。

「青井さん、文句ばかり言いますけど、仕事はする人ですもんね。そういうところは、かっこいいと思います」

 ばっ、や、やめろ! 俺を褒めるな! 尊敬の眼差しっぽいのをこっちに向けるなああああ!



 俺はコンビニの前まで来ていた。九重の目に耐えられなかったのである。何だあのきらきらした瞳は。人間のものとは思えん。

「くそっ、こいつらのせいだ」

 軽トラックのタイヤを蹴飛ばす。こいつらが来なけりゃ、そもそもあんな真似しなけりゃ、俺が危ない目に遭う必要はなかったのである。ムカつくから、ちょっと悪戯してやろう。



 気が晴れた後、俺はコンビニに足を踏み入れた。店員も、客もいない。あの三人組はどこだ? 仲良くトイレに行く訳ないだろうし……バックルームか? どうする? 突っ込むのか? けど、不法侵入にならね? つーか、全然知らん人がいたら俺すげえ怪しいじゃん。問答無用で通報じゃん。だがしかし、ここで怖気づいて何もしなかったら社長に怒られる。

「……トイレと間違えたって事にしよう」うん、そうしよう。大丈夫。そうに違いない。

 扉に近づいた時、声が聞こえてきた。野太い男の声である。何か、怒鳴っているような、とにかく剣呑な感じだ。耳を済ませば、他にも子供特有の高い声と、若い男の声が聞こえてくる。そして、あの店長の焦ったような声。四つの声が聞こえてくる。

 俺はゆっくりと、気付かれないように扉を開いた。ほんの少し。ちょびっとだけ。

 隙間から見えたのは、ロープでぐるぐる巻きにされた店長の可哀想な姿である。彼は大男に足蹴にされていた。

 ツナギに、ゴーグル。

 あの、三人組だ。奴ら、何をしているんだ?

「バラされたくなかったら、分かってんだろうなあ?」

「かっ、金か? 金ならあっちのコンビニの方に……」

「違うって」小さい奴が店長に向かって、何かを突きつける。

「ボクたちは、あんたから欲しいのさ。向かいの店からは色々ともらっちゃったからね」

 抜かしやがる。

「ほら、言うんだ。俺たちと組んでたのをバラされたくなかったら、な」

 ……三流だ。あまりにも三流過ぎる。

 これで、話の流れが掴めてきたぞ。

「あーあ、指が疲れてきたなー。撃っちゃおうかなー」

「わっ、分かった! 分かったから!」

 どうやら、ここの店長はマジでこの三人組とグルだったみたいだな。どうやってこいつらと知り合ったのか、それとも、こいつらからこの店長に擦り寄っていったのかは知らないが。

 ともかく、あの襲撃は、ここの店長が、この三人組に頼んでたらしい。ひでえ話だ。

 そして、店長は脅迫されている。アホだ。こんな欲の皮突っ張らせたような連中と組もうとするからだ。悪人はどこまでいっても悪なのである。少しでも信用しちゃあおしまいなんだ。

 あのちっこいのが持ってるのは、銃だな。すげえ、超こええ。俺ぁ今生身だし、間近で見たらやべえな、ありゃ。

 だけど、こっちにゃグローブがある。バッグもある。……でも飛び道具には無力っぽい。やっぱスーツがねえと。

「じゃ、早くお金出してよ?」

「がはは、出せ出せ」

「こんな状態じゃあ出すに出せませんよっ」

 馬鹿だな。今の内に警察呼ぶか?

 と、でっかくもない。ちっこくもない、真ん中くらいの奴が移動し始める。どこに行ったかと思った瞬間、何か、ちっこいのがこっちを見たような気がした。

「……ん」

 つーか、見てる? えっ、バレ、てる?

「兄ちゃん!」

「おうよっ!」

「しまった防カメかよっ」とんだちょんぼだ。俺は背を向けて逃げ出そうとする。が、一発の銃声が俺の足を止めた。

「あんた、どこのどいつ?」

 ちっこい奴が敵意満々にみなぎらせた声を放つ。俺は振り向き、グローブを装着した右腕に力を込めた。

 かなり、まずい。モロ顔出ししてるし。誰かモザイクかけて。ギリギリのでも良いから。

「あのう、トイレはどこですか?」

「あー、そーゆーのはもう遅いと思うんだけどなー」

「がっはっは! 潰せ潰せ、それでしまいだろうが」

 でっかいのとちっこいのが前に出る。

「……お前ら、何者だ?」

「だから、分からない奴。あんたから答えなよ」

 銃口を向けられてしまった。

「ヒーローだ」口からでまかせではない。

 三人組は顔を見合わせ、意地悪そうに笑む。

「あーあーあー、そうかよ。好きなだけ笑えよ」

 くそっ、この反応は分かってたけどムカつくな。

「あんた、ヒーローのくせにボクたちの事を知らないの? それってモグリじゃん」

「はあ?」

「冥土の土産に教えといてあげるよ。ボクたちはハリマ一家、この街にその名を轟かす強盗団さ」

「はあ?」

 ちっこいのは地団駄を踏んだ。

「はあ、じゃない! ハーリーマー! ハリマ一家! 何だよお前!」

「いや、そんなん知らねえし」

「スーツも着てないヒーローが生意気なんだ!」

「うっ、うわっ」商品棚に身を滑らせる。次の瞬間、幾つもの発砲音が鳴り響いた。身を低くして震えていると、足音が遠ざかっていくのが聞こえる。……あれ?

 俺はプレーリードッグよろしく頭を上げる。ハリマ一家とか名乗った三人組は、軽トラックに乗り込もうとしていた。

「あははははっ、バーカ!」

「ちきしょう!」

 店の外に出ると、九重がタクシーから降りてくるのが見える。邪魔だからあっち行ってろ!

 軽トラックの荷台にはでけえ男が乗っている。エンジンはとっくに掛かっていて、車は発進した。

「じゃあねヒーローさん!」 爆発音が四つ、続けて響く。うっ、撃たれた! 撃たれたぞ! 俺は思わず耳を塞ぎ、その場に蹲る。

 しかし、撃たれたのは俺ではなく、奴らだった。更に言うと、撃たれたのではなく爆発したのである。軽トラの、前輪と後輪が。

「なっ、何!? 何これ!? 兄ちゃん、兄ちゃんやばいよ!」

「がははははっ」

 あっ、そうだ。そういや、タイヤんところにめんこを仕掛けておいたんだったっけ。自分でやったもんにビビってどうするよ。

「爆発だよ兄ちゃん!?」

「落ち着け。兄ちゃんが見てきてやっから」

 こうなりゃヤケだ。走れ!

「がっ!?」

 俺は荷台に跳び上がり、大男の頭部をそのままの勢いで蹴り飛ばす。飛び降りて、運転席から出てきたところの男の腹に左腕でパンチを入れる。苦しそうに呻いちゃいるが容赦しねえ。このまま右のグローブで殴り飛ばしてやらあ!

「やめろォっ」

「なあああっ!?」

 車の中からピストルを向けられる。俺は男を蹴り飛ばして、荷台の方に回った。

「がははははっ、やるじゃねえか!」

 荷台の上から、巨漢が拳を振り回す。俺は立ち止まり、方向転換する。

「へっ?」

 ちっこい奴は、倒れた男を起き上がらせようとしていた。俺はちっこい奴の襟を掴み、無理矢理引きずって引っ張り上げる。

「いったあああ!? はっ、離せ! 離せったら!」

「動くなよ、てめえら。動いたらこいつぶっ飛ばすぞ」

「へん、バーカ! スーツもないのに何を……お?」

 でっかいのと、真ん中くらいの男がこっちに視線を向けた。俺はちっこいのを持ったまま、軽トラックのフロントガラスの前に立ち、右腕のグローブで思い切り、そこを殴りつけた。ヒーローのスーツよりも柔らかいんだ。こんなもん、壊せない訳がない。

「はっ、はあああああああああ!?」

 放射線状にひびの入ったガラスを見て、ちっこいのは悲鳴を上げた。

「非常識だあああああああ!」

「てめえらに言われたくねえよ! 昼間からピストルやらバズーカぶっ放しやがって、死人が出るぞ」

「出ないっつーの! ボクたちは殺しとか、そーゆーのやらない主義なんだ! お宝だけをばーっと奪っていくスマートな強盗なんだ!」

 強盗にスマートもクソもあるか。

「何でも良いよ。おら、そこの二人。突っ立ってねえで跪けよ」

「にっ、兄ちゃん……」

「心配しなくても良いって。てめえらまとめてブタ箱行きだ」

 感謝しろ。俺以外のヒーローだったら問答無用で顔の形が変わるまでボコられるぞ。

「くそぉ! 何なんだよお前! スーツも着てないくせにっ」

 ちっこいのは両腕を振り回し、宙でじたばたともがく。鬱陶しいので頭を軽く叩いておく。

「残念だったな。しっかし、てめえらこそスーツ着てるくせに弱過ぎるぞ」

「バッカじゃないの? スーツなんて邪道さ」何?

「ボクたちはスーツに頼ったりしない。スマートな強盗だから!」

 へ? じゃあ、何? これってただのツナギなのか?

「変な顔してるけど、あんただってスーツ着てないじゃんか。変なヒーローだけど、そこは認めてあげても良いかな」

 ……あっぶねえ。思いっきりグローブで殴るところだった。

「ふーん。あっそ。ここのえー、ケーサツ呼べ、ケーサツ」

「……あっ、はい」九重はタクシーに戻っていく。さーて、意外と楽に済んだな。

「あーっもう! 離せってば変態! 痴漢!」

「黙れクソガキが」尻を叩くと、ちっこいのはぎゃあと悲鳴を上げた。

 そして、

「こっの……!」

「あ?」

 振り子みたいに体を揺らして、足を後ろに突き出してくる。俺の腹に、野郎の踵がぶち当たった。

「あ、あ……」俺はちっこいのを落としてしまう。つーかそれどころじゃない。は、腹の中身が出てきそう。

「バーカっ、覚えてろ!」

 頭を踏んづけられる。

「青井さん!?」

「い、いだい、いだいよう……」

 痛い。痛い痛い痛いっ、痛くて痛い! ごろごろと地面を転がっていると、路地裏に向かって逃げていくハリマ一家が見えた。

「こ、殺してやらあ、あのクソガキが……!」

「おっ、落ち着いてください」

 しかしあいつら、スーツもないのにとんでもねえ逃げ足である。

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